弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

追い出し部屋への配転の慰謝料

1.追い出し部屋への配転

 従業員に退職を促すことを目的として設けられたとみられる部署を称して「追い出し部屋」と言われることがあります。社会問題化すると共に、従業員を一人別室に離隔するといった極端なケースは、あまり見られなくなってきたように思われます。

 しかし、こうした極端なケースも、依然として、なくなってはいなかったようです。近時公刊された判例集に、追い出し部屋への配転に不法行為性が認められた裁判例が掲載されていました。札幌地判令3.7.16医療法人社団弘恵会(配転)事件です。

 追い出し部屋であることの認定方法や、違法な配転による慰謝料水準を知るうえで参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.医療法人社団弘恵会(配転)事件

 本件で被告になったのは、医療法人社団です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、デイケア部で介護職員として勤務していた方です。この方が、

介護施設3階(入所部門)への配転命令は無効であるとして、同階で勤務する雇用契約上の義務がないことの確認、

いわゆる「追い出し部屋」での勤務を指示されるなどのパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償の支払い、

労務の受領拒絶を理由とする未払賃金の支払

を求めて被告を提訴したのが本件です。

 本件で原告が追い出し部屋への配転として問題にしたのは、平成30年12月28日に行われた「H課」への配転命令(第1配転命令)です。H課は、それまで存在していなかった部署で、被告の運営する乙山医院から徒歩1分ほどの距離の場所にあるアパート内の居室に所在しており、この部屋には部屋の内側に向けられた監視カメラが合計3台設置されていました。

 こうした部署への配転命令の当否について、裁判所は、次のとおり判示し、その権利濫用性を認めました。また、第1配転命令を中心とする被告の不法行為に対し、100万円の慰謝料の発生を認めました。

(裁判所の判断)

「第1配転命令は、デイケア部門の休止に伴って、原告を同部門から他部署に異動させることとなったものであり・・・その端緒自体は特段不合理なものというわけではない。」

「しかし、第1配転命令による原告の異動先は『H課』というところであり、この『H課』は第1配転命令の時点までは存在しておらず、原告が初めての配属職員となる部署というのである。しかも、被告は『H課』の事務室を本件施設その他被告の施設内には設けずに、わざわざアパートの内の居室(本件居室)を新たに賃借し、これをもって事務室とした上、本件居室内に合計3台もの監視カメラを設置し、しかもそのカメラを部屋の内側に向けていたところである。」

「そして、被告は原告のみをこのような本件居室で勤務させたものであって、この本件居室で勤務する職員は原告以外にはおらず、月子理事が1日に1回訪れる程度であり、その滞在時間も多くて15分程度にすぎなかったというのである。しかも、被告は、このような環境での勤務を原告に命じたにもかかわらず、当初は原告に特段の業務の指示をしなかったのであり、その後も、原告に対し、雑誌『M』等の要約や、本件施設で使用するパンフレットの作成など、あえて本件居室で行う必要があるとはおよそ考え難いような業務のみをさせていたものである。」

「このような本件居室の状況及び原告の業務内容に鑑みれば、被告は、原告を本件施設から隔離し、監視カメラの設置された異様な環境で孤立させ、あえてそのような場で行う必要がないような業務を行わせることで、原告に精神的苦痛を与え、あるいは原告を退職に追い込むといった、不当な動機・目的によって第1配転命令を行ったのではないかと推認せざるを得ない。」

「この点につき被告は、①本件施設内にはスペースがなかったため、やむを得ず本件施設外のアパートの居室を賃借した、②『H課』は月子理事やB法人事務長を補佐する部署であるため、乙山医院の近くに本件居室を置くことには合理性があった。③カメラの設置は防犯目的や防火目的であったなどと主張する。」

「しかし、上記①についえは、原告が『H課』で行っていた業務は雑誌等の要約やパンフレットの作成にすぎず、事務机とパソコンさえあれば十分に可能なものであった上、証拠・・・によれば、本件施設の1階の事務室には使用されていない事務机が複数あり、4階の会議室の奥にもスペースがあったと認められるのであって、原告の執務机すら設ける余地がなかったとは考え難い。そもそも、原告は、平成31年1月7日から本件居室に異動するまでの1か月半ほどは、休止していたデイケア部門のデイケアステーションで業務を行っていたところ同所にはパソコンが設置された執務机があり、原告はそこでパソコンの練習などもして過ごしていたというのであって・・・本件施設内にスペースがなかったとの被告の主張には、疑問を差し挟まざるを得ない。」

「上記②についても、B法人事務長が本件居室を訪れたのは初日だけであって、原告に対して具体的な補佐業務を指示したようにはうかがわれない。また、月子理事についてみても、雑誌等の要約やパンフレットの作成業務を超えて、何らかの補佐業務を指示したようにはうかがわれない上、そもそも月子理事は本件各施設その他の施設を1日1回は訪れていたというのであって・・・、単に本件施設内に『H課』を設ければ足りたのではないかと思われるところである。」

「上記③についても、防犯目的であるとすれば、カメラがいずれも部屋の内側に向けて設置されていることは明らかに不自然であるし、原告のみが勤務し、被告の機密書類や重要な財産等が存在していたとも考え難い本件居室に、10万円を超えるような費用をかけて防犯目的のカメラを設置するというのも、不自然というほかない。防火目的については、なぜカメラの設置が防火の役割を果たすのか全く明らかではなく、被告自身、本件訴訟の前にはこのような説明をしていなかったのであって・・・、このような主張がされること自体、不当な目的でカメラを設置したことをうかがわせる。」

「したがって、被告の上記主張は、いずれも採用することができない。」

「以上によれば、第1配転命令は、不当な動機・目的によって行われたものと認められるものであって、権利の濫用に該当し、無効となる。」

(中略)

「被告は原告に対して複数の不法行為を行っていたものであり、中でも第1配転命令は、原告に精神的苦痛を与え、あるいは原告を退職に追い込むといった、不当な動機・目的によって行われたものといわざるを得ない。そして、第1配転命令に基づく本件居室での業務は異様なものというほかなく、これによる精神的な苦痛は相当であったと考えられ、その結果、原告は精神疾患を発症し、休業を余儀なくされたものである。」

「以上のことに加え、本件で認められる事情を総合的に考慮すると、原告の精神的な苦痛に対する慰謝料は、100万円をもって相当と認める。」

3.到底許容されない追い出し部屋

 精神疾患を発症したことや、他の不法行為も理由にはなっているものの、裁判所は100万円と比較的高額の慰謝料の発生を認め、厳しい姿勢を示しました。

 本件のような露骨な追い出し部屋は、到底許容されることではありません。お困りの方は、お近くの弁護士に相談してみることをお勧めします。もちろん、私で相談に乗らせて頂くことも可能です。