弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

イエスマンでないことを理由にクビにできるか?

1.仕事観の違い、質問・異論・意見の提出

 解雇やハラスメントに関する相談を受けていると、経営者との仕事観の違いや、質問・異論・意見の提出が、事件の端緒になっていることが珍しくありません。

 解雇の効力が問題となる事件について言うと、こうした価値観の違いに起因する摩擦が労働者側の問題行動を誘発してしまっている場合、その問題行動に解雇事由としての客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるのか否かが問題になります。

 しかし、労働者の中には、不穏当な行動に及ぶことなく、ただ経営者とは異なる観点からの質問・異論・意見をぶつけ続けているだけの方も相当数います。こうした不穏当な行動のない労働者に対しても、強引に解雇の踏み切る使用者は、決して少なくないように思われます。

 それでは、こうした「イエスマンでないこと」を理由とした解雇は認められるのでしょうか? 経営者と異なる仕事観を持つことや、質問・異論・意見を出すことは、会社の足を引っ張る行為として、解雇の正当性を基礎づける事実になってしまうのでしょうか?

 昨日紹介した、東京地判令2.3.4労働判例1225-5 社会福祉法人緑友会事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判示をしています。

2.社会福祉法人緑友会事件

 本件は、原告労働者が、被告使用者に対し、地位確認等を請求した事件です。

 本件で被告とされたのは、認可保育所等を経営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が経営する保育園(本件保育園)で保育士として働いていた方です。育児休業中に復職意思を伝えたところ、理事長との間で面談の機会が設けられ、

「実際問題とすると言葉で言えば解雇なんだけど・・・、園長が無理だって言ってるものを戻せとはいえない・・・、こういうことになってしまって大変申し訳なく思う・・・」

などと言われました。

 これが解雇の意思表示であるとして、その効力が争われたのが本件です。

 被告理事長が上記のような発言に及んだ背景には、原告の方と保育園長との間の軋轢がありました。被告は、要旨、

「原告の□□園長等に対する反抗的、批判的言動が、単に職場の人間関係を損なう域を超えて、職場環境を著しく悪化させ、被告の業務に支障を及ぼす行為であった」

と主張して、解雇の正当性を支えようとしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告の主張する原告の□□園長等に対する言動のうち、認定できるものは前記・・・の認定事実のとおりであり、原告が本件保育園の施設長である□□園長の保育方針や決定に対して質問や意見を述べたり、前年度の行事のやり方とは異なるやり方を提案することがあったことは認められるものの、□□園長の指示、提案に従わず、ことあるごとに批判的言動を繰り返し、最終的に決まった保育方針、保育過程に従う姿勢を示さなかったとは認められない。原告の言動が、意見の内容、時期、態様によっては、施設長であり、上司である□□園長に対するものとして、適切ではないと評価し得る部分がないとはいえないとしても、現場からの質問や意見に対しては、上司である□□園長や□□主任らが、必要に応じて回答や対応をし、不適切な言動については注意、指導をしていくことが考えられるのであって、質問や意見を出したことや、保育観が違うということをもって、解雇に相当するような問題行動であると評価することは困難である。

(中略)

「そうすると、本件で認定できる原告の言動等を前提とした場合、これらが就業規則24条7号の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があり、理事長が解雇を相当と認めたとき」に該当するとはいえないから、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認めることもできず、権利の濫用として、無効であると解される。」

「被告は、原告が□□園長らに対して、反抗的、批判的言動をとっていた旨主張し、証人園長もそれに沿う供述をするとともに陳述書・・・を提出している。□□園長の供述及び同人作成の陳述書は、原告が原告グループとされる保育士らとともに□□園長や□□主任に対する反抗的な態度をとり、A保育士やC保育士と事前にすり合わせて職員現況等調査に□□園長や□□主任に対する批判的な記載をするなどした旨供述するものであるが、原告本人、証人A及び証人Cはこれに反する供述をするとともに陳述書・・・を提出しているところ、原告が原告グループとされる保育士らとともに、意図的に園長らに対する反抗的、批判的態度をとっていたことを裏付ける証拠は認められず、質問や意見をされた側の主観的な受け止め方によるところも否定できないことからすると、証人□□の陳述書及び供述は、前記認定事実と整合する範囲においてのみ信用することができ、前記認定事実に反する部分は信用することができない。」

「また、被告は、本件解雇の有効性の検討に当たっては、園児の最善の利益を踏まえて検討すべきである旨主張するが、そもそも、原告の□□園長らに対する言動については、解雇理由に該当するようなものがあったということはできないことからすれば、被告の主張は前記認定を左右するものではない。

3.質問や意見を出したことや価値観(保育観)の違いは解雇事由にならないし、勝手に顧客利益を決めたうえで解雇することは許されない

 上述のとおり、裁判所は、現場からの質問や意見に適切に対応するのが管理職・上司の務めであり、質問や意見を出したことや、価値観(保育観)の違いをもって問題行動と評価することはできないと判示しました。

 また、質問や意見をされた側の主観的な思い込みを事実認定の資料とすることに慎重な姿勢を示し、問題行動もないのに、勝手に顧客(園児)利益を定義して労働者を追い出すことも、許されないと判示しました。

 当たり前のことではありますが、雇われるということは、経営者や上司と仕事観を同一にしなければならないことを意味するわけではありません。イエスマンになりきらなければ社会人失格というわけでもありません。疑問を持つこと、意見を述べること、異論を出すことは、それ自体決して非難されることでもありません。

 イエスマンではなかったとしても、不穏当な行動にさえ及ばなければ、そう簡単に解雇が認められることはありません。価値観や意見の違いを理由とする解雇されて納得できない方は、一度弁護士に相談してみると良いと思います。