弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワーハラスメントに係る事実確認のために提供した資料に対するコントロール

1.パワーハラスメントを防止するための雇用管理上講ずべき措置

 労働施策総合推進法30条の2第1項は、

事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

と規定しています。

 この「雇用管理上必要な措置」として、事業主には、

「職場におけるパワーハラスメントに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として」

「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」

が求められています(令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 厚生労働省の指針では、

「相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること。」

が、

「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認していると認められる例」

として掲げられています。

 しかし、それ以上に、相談者から提供を受けた資料の扱い方について、何か具体的な指針が定められているわけではありません。

 それでは、パワハラを申告した相談者は、事業主に対して提供した資料に対し、何らかのコントロールを及ぼすことはできないのでしょうか?

 パワハラを問題として取り上げてもらうにあたっては、証拠となる資料に基づいて申告することが効果的です。しかし、パワハラを主張、立証するための資料には、日々の出来事を記載した日記など、プライバシー性の高いものも少なくありません。こうした資料は、一旦提出してしまったら、相談者の意向とは無関係に自由に使われてしまうことを受忍しなければならないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。京都地判令3.5.27 労働経済判例速報2462-15 労働判例ジャーナル116-42 京丹後市事件です。

2.京丹後市事件

 本件の被告は地方公共団体である京丹後市です。

 原告になったのは、保育士・幼稚園教諭として被告に任用されていた方です。

 鬱病での病気休職中、原告の父又は母は、被告に対し、原告がC園長から受けたパワハラの証拠であるとして、原告の日記の写しを提出しました(本件日記)。

 被告は、本件日記を受領した後、パワハラの事実調査のため、本件日記のコピーを複数作成し、関係する職員らに閲覧させました。また、被告は、C園長に対し、本件日記のコピーを交付して書き込みをさせました。しかし、本件日記をこのように扱うことについて、被告は原告から個別の同意を取得してはいませんでした。

 本件では、被告職員が、加害者とされたC園長に対し、本件日記のコピーを交付して書き込みをさせ、その後これを保管させていた行為が原告のプライバシーを侵害するのではないかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示して、被告の行為の違法性を認定しました。

(裁判所の判断)

「P次長及びM課長は、平成27年8月12日、C園長に対し、本件日記のコピーを交付し、その上で書き込みをさせ、その後これを保管させたことが認められる。そして、上記5で判示したとおり、原告は、被告におけるパワハラの調査目的のため、必要性・相当性の認められる範囲内において、本件日記が利用されることを許容していたと解されるところ、M課長らのC園長に対する上記行為は、被告におけるパワハラの調査の一環として行われたものではある。」

「しかしながら、本件日記には、原告がパワハラであると主張している事実関係に加えて、原告の心情等に係る記載もあるなど、原告の重大なプライバシーに係る事項が記載されているところ、C園長は、原告がパワハラの加害者であると主張している人物であるから、C園長に本件日記の内容が開示されれば、原告のプライバシーが侵害されることはもとより、いくらパワハラの調査のために提出されたものであっても、被害者であると主張する原告の立場からすれば、心情的に、C園長には本件日記の内容をそのままの状態では知られたくないと考えるのが通常であると思われる。また、C園長に原告が主張している事実関係を確認してもらう必要があったとしても、本件日記のコピーをそのまま渡すのではなく、事実関係のみを抽出して作成した書面を交付するなど、他の方法によっても、C園長に事実関係を確認することは十分可能であったと思われ、C園長に本件日記のコピーそのものを交付する必要性は低かったといえる。

以上によれば、パワハラの調査目的のためであるからといって、C園長に対して本件日記のコピーそのものを交付して書き込みをさせ、それを保管させることは、原告のプライバシーに係る情報の適切な管理に係る合理的な期待を裏切るもので、必要性・相当性の認められる範囲を超えており、原告が上記行為を許容していたと評価することはできない。

したがって、被告職員が、C園長に対し、原告の承諾を得ることなく、本件日記のコピーを交付して書き込みをさせ、それを保管させた行為は、原告のプライバシーを侵害するものとして、国家賠償法上違法である。

3.本人から提出を受けていたとしても、個別同意なく交付するのは不適切であろう

 本件は父母から日記の提供を受けていたという点に特徴があります。

 しかし、仮に本人から本件日記の提出を受けていたとしても、何のことわりもなく加害者と主張する人に日記を見せていたとすれば、やはりプライバシー侵害・不法行為が成立していたのではないかと思われます。

 ハラスメントの調査は、適切な方法で行われなければ、それ自体が労働者を職場に居辛くさせる効果を持ちかねません。調査方法に対し、労働者側で一定のコントロールを及ぼすことは、これからの課題になって行くのではないかと思われます。本裁判例は提出資料の使い方に配慮を求める根拠となるものとして、実務上参考になります。