弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員医師(市立病院医師)の雇止めで期待権侵害が認められた例

1.公務員と雇止め

 有期労働契約は、契約期間の満了により終了するのが原則です。

 しかし、有期労働契約が反復更新されて実質的に期間の定めのない契約と同視できるようになっている場合や、労働者が契約期間の満了時に契約更新に向けた合理的期待を有している場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性がなければ、使用者は労働者からの契約更新の申込みを拒むことができません(労働契約法19条)。 

 この雇止めに関する法規制は、国家公務員や地方公務員に適用されることはありません。国家公務員や地方公務員に対しては、労働契約法の適用が除外されているからです(労働契約法22条1項)。国家公務員や地方公務員にも労働契約法19条を適用(類推適用)すべきであるとの主張は、これまで労働者側から何度となく試みられてきましたが、こうした考え方に裁判所は否定的であり、通常、地位確認請求が認められることはありません。

 それでは、公務員の方は、再任用されることに合理的期待を有していたとしても、一切救済を求めることはできないのでしょうか?

 この問題に対し、裁判所は、期待権侵害に基づく慰謝料を認容することで一定の救済を図っています。しかし、期待権侵害が認められるためのハードルは高く、これを認めた裁判例は少数に留まっています。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、再任用を拒否された公務員の期待権侵害を理由とする慰謝料請求を認容した裁判例が掲載されていました。松山地判令3.7.1労働判例ジャーナル116-36 宇和島市事件です。

2.宇和島市事件

 本件で被告になったのは、市立宇和島病院を運営する公共団体です。

 原告になったのは、平成26年6月1日以降、被告の非常勤嘱託医師として勤務していた腎臓内科を専門とする医師の方です。原告と被告との勤務関係は、

平成26年6月1日~平成27年3月31日

の初度目の契約の後、

平成27年4月1日~平成28年3月31日

平成28年4月1日~平成29年3月31日

平成29年4月1日~平成30年3月31日

平成30年4月1日~平成31年3月31日

と4回に渡り更新を重ねました。

 しかし、平成31年4月以降、被告が原告を任用することはありませんでした。これに対し、地位確認や損害賠償を求めて原告が被告を提訴したのが本件です。

 裁判所は、地位確認請求は棄却しましたが、次のとおり述べて、損害賠償請求は認容しました。

(裁判所の判断)

「地方公共団体の任用期間の定めのある職員は、任用期間の満了後に再び任用される権利若しくは任用を要求する権利又は再び任用されることを期待する法的利益を有するということはできないものの、任用予定期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる特別の事情がある場合には、そのような期待を抱いたことによる損害につき、国賠法に基づく賠償を認める余地があると解するのが相当である(最高裁平成6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号819頁参照)。」

「そして、前記認定事実のとおり、原告は、平成26年6月から平成31年3月までの間、毎年4月に合計4回にわたって再任用されていたこと、上記再任用の際の手続は、いずれも事前の意思確認等もなく、辞令書と雇用通知書が原告に交付されるだけの形式的なものであったこと、原告は医師として任用され、本件病院における唯一の腎臓内科の専門医として診療業務に従事しており、原告以外の本件病院の医師が診察等を代替するのは困難であったこと、原告は、平成31年3月26日付け雇用期間満了通知書を受け取るまで、同年4月以降、任用が更新されないことについて知らされておらず、実際、同年4月以降の診察の予約も取っていたことなどの事実が認められることに鑑みると、任命権者である病院事業管理者において原告に対して任期満了後も任用を継続することを確約したり、保障したという事情がないことを踏まえても、原告において、平成31年4月1日以降も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる特別の事情があったと認めるのが相当である。

「この点、被告は、原告には任用当初から不適切な行為が見られたこと、常勤の腎臓内科医の確保につながる動きがなかったこと、他の医師と比較して原告の採算性は低かったことなどから、腎臓内科診療業務を縮小する必要があり、原告の任用を終了したことについて合理的な理由があったなどと主張する。」

「しかし、そもそも、任用を終了したことに合理的な理由があったとしても、直ちに、原告において任用が継続されると期待することが無理からぬものではないとはいえない。そして、本件においては、原告が任用当初から再任用を妨げるような不適切な行為を行っていたと認めるに足りる的確な証拠はないし、不適切な行為について原告に対して注意や指導が行われたり、そのような行為が再任用に当たって問題とされうることが原告に伝えられていたともうかがわれない。さらに、原告の再任用に当たって、常勤の腎臓内科医の確保や採算性といった観点から検討されることが原告に伝えられていたとは認められないし、原告がそのような事実を認識していたともうかがわれない。

「以上によれば、被告の指摘する諸事情は、上記結論を左右するものとは認められない。」

「以上のとおり、被告は、原告が、平成31年4月1日以降も継続して任用されるとの期待を抱いたことによる損害について、国賠法上の責任を負うと認められるところ、原告に雇用期間満了通知書が送付された時期及び経緯、原告の報酬等の額等を総合考慮すると、原告に60万円の慰謝料を認めるのが相当である。」

3.地位確認に比べ経済的なメリットは見劣りするが・・・

 現状、理不尽な再任用拒否に一矢報いるにあたり、期待権侵害を超える法律構成は見出すことが困難です。

 確かに、地位確認に比べれば、期待権侵害で認容される慰謝料は、微々たるものでしかありません。しかし、裁判をする意義は、損得だけにあるわけではありません。

 理不尽な理由で雇止めにあったこと自体が納得できない、そうした方は、期待権侵害を理由に損害賠償を請求できないかを検討してみても良いかも知れません。