弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラや機密情報漏洩をして懲戒処分を受けた人物であるというメールの送信が名誉毀損等を構成するとされた例

1.メールによる不名誉な事実の伝達

 現代では、噂話がメールを使って行われることがあります。職場内の誰がハラスメントをしただとか、誰が不祥事で懲戒処分になっただとか、そういった不名誉な事実が本人の知らないところでやりとりされていることは少なくありません。

 こうした不名誉な噂話をしている人に対し、損害賠償をすることはできないのでしょうか?

 悪口が言われているのだからできて当たり前だと思われる方がいるかも知れません。

 しかし、事はそう単純ではありません。不法行為としての名誉毀損が成立するためには、人の社会的評価を下げる事実が摘示されているだけでは足りず、それが公然となされている必要があります。不名誉なことではあっても、特定少数人が話題にするだけでは、社会的評価の低下には結びつかないので、損害があったとは認められにくいからです。

 この公然性に関しては、「伝播性の理論」という考え方があります。これは、特定少数人に話したにすぎない場合であっても、不特定多数の人に伝播する可能性がある限りは、公然性の要件は充足されるとする考え方です。伝播性の理論の歴史は古く、昭和33年には刑法上の名誉毀損との関係で、

「公然たるには必ずしも事実摘示をした場所に現在した人員の衆多であることを要せず、二、三人に対して事実を告知した場合でも他の多数人に伝播すべき事情があれば公然という」

との判断が出されました(鯵ヶ沢簡判昭33.2.24LLI/DB判例秘書登載)。

 この鯵ヶ沢簡裁の判断に対しては、控訴、上告がなされましたが、公然性ありとする結論は高裁でも最高裁でも維持されました(最一小判昭34.5.7刑集13-5-641参照)。

 伝播性の理論が通用するとなると、公然性の要件は、殆ど問題にならないようにも思われます。

 しかし、伝播性の理論を適用することには慎重な見解が多いうえ、上記最高裁判例も「噂が村中相当にひろまった状況」であるとの事実審(仙台高秋田支判昭33.10.29)の判断を前提としています。

 そのため、伝播性の理論が適用される事案は限定的ですし、メールのような特定の個人間でのやりとりに関して不法行為(名誉毀損)の成立が認められる例はそ、それほど多くはありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、メールの送信行為に名誉毀損が認め荒れた裁判例が掲載されていまいした。昨日もご紹介した、名古屋地判令4.12.6労働判例ジャーナル132-60 公益財団法人神戸医療産業都市推進機構事件です。

2.公益財団法人医療産業都市推進センタ-事件  

 本件で被告になったのは、神戸医療産業都市の推進に係る企画立案等の事業を行っている公益財団法人(被告財団)と、その理事兼職員の方(被告c)です。

 原告になったのは、被告財団の理事であるとともに、被告財団が設置する「医療イノベーション推進センター」(TRI)のセンター長を務めていた方です。令和2年6月30日に理事を退任・センター長を辞職しました。

 しかし、被告財団は、原告の在職中に非違行為があったとして、令和2年7月30日、理事会において懲戒処分相当と決定したことを通知するとともに、自主返納として減給相当額2万2943円を被告財団に支払うことを依頼する文書を送付しました。

 ここで問題視された「処分相当理由」は、次の二点です。

『昨年度、外部の人物に対し、被告財団の内部情報や被告財団に対する誹謗中傷等を含むメールを複数回送信した。」(本件理由〔1〕)」

「ハラスメントに関する経営企画部による調査に不当に干渉した。」(本件理由〔2〕)

 本件では、退職により懲戒権を失っているにもかかわらず、「懲戒処分『相当』」なる名目で給与の自主返納を求める措置の適否が問題になりました。

 また、被告cは、

「令和3年1月12日、21世紀メディカル研究所の代表であるgらに宛て、日経バイオテク副編集長のhをccとして本件メールを送信」

しました。そして、

「本件メールには、原告は職員に対するパワハラや組織の機密情報漏洩など被告財団の利益を損ねたという理由で被告財団の懲罰委員会で認定され“懲戒処分”を受けた人物である旨が記載されていた」

と認定されています。

 今回、注目するのは、この被告cに対する損害賠償請求についての判示です。

 裁判所は、次のとおり述べて、名誉毀損等の成立を認めました。

(裁判所の判断)

「被告cは、株式会社21世紀メディカル研究所から、原告がパネルディスカッションの座長を務めるコロナ感染対策に関するオンラインシンポジウムへの参加案内が送信され、これに対する返信として、原告は職員に対するパワハラや機密情報漏洩をして被告財団の利益を損ね、そのことで懲戒処分を受けた人物であって、原告と交流があるという理由で案内を送付することは無神経であり、今後は、案内を送付しないよう求める旨の本件メールを返信したことが認められる。」

「そして、本件メールのうち、原告は職員に対するパワハラや機密情報漏洩をして被告財団の利益を損ね、そのことで懲戒処分を受けた人物であるとの表現は、原告の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。また、本件メールは、不正確ではあるものの原告が本件懲戒処分相当を受けた事実を基にした内容であって、原告のプライバシーを侵害するものといえる。

「被告らは、本件メールは伝播可能性がないから、名誉毀損には当たらない旨主張する。」

「しかし、本件メールの送信先は、21世紀メディカル研究所の代表や日経バイオテク副編集長らであり・・・、被告財団の外部の人物3名であるところ、同人らから別の者へその内容が伝播する可能性は否定できない。また、同人らは、医療分野に関する情報発信・情報交換を目的とする団体に所属しており・・・、本件メールが同人らに送信されたことそのことのみでも原告の研究発表にも影響が生じ得るものといえ、本件メールの送信は、原告の社会的評価を低下させるものとして名誉毀損に当たり、プライバシーを侵害するものと認められる。

「被告cは、原告の名誉を毀損するなどの意図はなく、本件懲戒処分相当がされたことが実名報道されていると誤解したためであるから不法行為には当たらない旨主張する。」

「しかし、上記のとおり、本件メールの内容は、原告の社会的評価を低下させるものであることは明らかであり、被告cに原告の名誉を毀損する意図がなかったかどうかは、不法行為の成否に影響しない。また、本件懲戒処分相当について実名報道されているとの誤解の下で本件懲戒処分相当の事実を摘示した場合であっても過失責任は否定できない上、本件メールは、原告自身が職員に対するパワハラを行って懲戒処分がされた旨を記載したものであり、不正確であるとともに原告の社会的評価をより低下させる内容である。」

「被告cの上記主張は、採用することができない。」

「以上によれば、本件メールの送信は不法行為に当たると認められ、被告cは、これによって原告に生じた損害について賠償義務を負う。」

3.名誉毀損の成立が認めら得れた

 冒頭で述べたとおり、特定少数人に対する情報の伝達であるメールの送信に関して、名誉毀損が認め荒れる範囲は限定的です。

 しかし、本件は、送信先の方の属性等を指摘したうえ、伝播性の理論にみられるような考え方を採用し、名誉毀損等の成立を認めました。

 自分の知らないところで同僚がメールで中傷していたことを知った本人が、損害賠償ほか何等かの法的責任を追及したいという相談は、実務上も少なくありません。そうした事件を処理するにあたり、本件の判時例は参考になります。