弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

追い出し部屋の慰謝料

1.追い出し部屋

 会社が自己都合退職に追い込みたい従業員を、他の従業員と隔離した部屋に押し込むことがあります。俗に、「追い出し部屋」と呼ばれるものです。追い出し部屋に押し込められた従業員は、業務指示を与えられなかったり、延々と単純作業をさせられたり、転職活動に従事することを指示されたりします。

 当たり前といえば当たり前のことですが、追い出し部屋に従業員を押し込めることは、社会通念上許容される限度を逸脱した退職勧奨であるとして、不法行為を構成すると判断されることが少なくありません。

 それでは、追い出し部屋に押し込まれたことによる慰謝料は、どの程度になるのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判令2.9.28労働判例ジャーナル105-1 明治機械事件は、追い出し部屋に押し込まれたことによる慰謝料水準を知るうえでも参考になります。

2.明治機械事件

 本件は延長された試用期間中に解雇(本採用拒否)された労働者が原告となって、試用期間延長の無効・解雇無効を主張し、勤務先に対し、労働契約上の地位の確認等を請求した事件です

 原告の方が被告会社に雇われたのは、平成30年4月1日です。3か月の試用期間の経過後、試用期間を延長されたうえ、同年7月1日から、いわゆる「追い出し部屋」に入れられました。

 より具体的に言うと、裁判所は、次のような事実を認定しています。

「被告は、原告について、平成30年7月1日以降、原告を総務部総務採用課付として、総務部の隣の会議室(37.88平方メートル・・・。以下『本件会議室』ということがある。)に原告の席を設けて原告のみ利用することとし、その旨原告に命じた。」

 ここで原告は簿記の勉強を毎日自主的に行いましたが、被告会社は一度簿記の小テストを実施したほか、簿記の教育や指導を一切行いませんでした。

 また、平成30年7月23日、経営管理部次長cと役員dは、原告に対し、次のような面談を実施しました。

「c及びdは、平成30年7月23日、原告との面談を実施し、原告に対し、cが退職勧奨に応じる意思がないかを尋ね、原告から『辞めようっていう気持ちには…ならないですね』として上記意思がない旨回答されると、cが、『総務部付けの人間で、総務の仕事とか庶務の仕事をやらす気なんて全然ないからね』、『7月から…何を勉強して、何を…身に付けて…何を報告してくるかっていうのをずっと見てた…その中で…タイムカード一つとってもさあ、研修のときに教わってるのにさあ、お、教わってない、聞いたことがないって言ってさあ、嘘ばっかり言ってさあ、何でそういうこと言うんだよ』と述べ、原告から『いや、嘘はついてないです』と言われると、『だって、皆が習ってて、一緒に習ってて、なんでじゃあ、君だけができないんだよ』と述べ、原告から『タイムカードをきちっと僕はつけたつもりです。30分にきっちりと会社を出たっていうふうに僕は思ってないです』と反論されると、『違うでしょ、やり方、操作そのものの修正とかさあ、ねえ、他の8人がきちっとできてさあ、何であなただけができないんだよ』などと述べて原告が前記・・・の指導に沿わない勤務表を提出したことについて問題である旨指摘し、原告から『申し訳ありません』と謝罪されると、許すことが難しいという気持ちから・・・『謝って済む問題じゃねえだろ。嘘ついてんだぞ、おまえ』、『おまえ一人ができてないんだよ』、『fさんからは、おまえは嘘つきだって、言われてるよ』、『研修中だって言ったろ。声出して、ね、うなってるって。周りがみんな避けてるって』、『だからあなたのもっていく部署はないって言ってんだ。受入れがないんだ。太陽光だってそうだよ。受けたくないって言ってんだよ。だからもっていくところがないから辞めてくれないですかって言ってるわけだ』と述べ、原告から『辞めたくないので、それはお断りします…辞めて欲しいというようであれば、僕に対して解雇にしてください。僕は退職勧奨に応じる気はありません。申し訳ありません』と言われると、解雇の場合に原告の履歴書の記載が変わるなどとして繰り返し退職勧奨に応じるように求め、原告は、応じない旨回答した。これに対し、dは、原告に対し、『君自身が、ほんとにこの会社へ来てさ、役に立ってるか』、『解雇っていうのは、本当に君の人生に、ある意味、まだ23、4だろ。いわゆるあなたの経歴に汚点が付くんだって』、『生産性のないやつに給料くれよって言われてるうち、僕らは、与えられないでしょ、君の給料分、他の社員たちに与えた方がより効率的だよね』、『毎日の朝8時45分から5時30分って苦痛じゃない。俺なら苦痛だけどね。…ドアが閉まって、あそこで一人でもの考えろって言ってるわけだ。よく大手の企業であるだろ、たくさん、退職勧奨にもってくために、な、40代、50代のおっさんでも使えないやつは、そこにぼーんと入れられちゃうんだよ、推進室って名前で。そこで毎日、日経新聞読んどけと…そこへ行かされたら精神的におかしくなっちゃうんだから…それで辞めてかされちゃうんだよ…それを耐えてんのは大したもんだよ』などと言った。なお、原告は、上記面談の際、秘密裏に録音した・・・。」

 こうしたやりとりを経た後、被告会社は平成30年8月30日付けで原告を解雇しました。

 原告は、試用期間延長や解雇の効力を争うとともに、上述のような退職勧奨は社会通念上相当と認められる限度を超える違法なものであり、不法行為を構成するとして、被告会社に対して慰謝料を請求しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示し、退職勧奨の違法性を認め、50万円の慰謝料の発生を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成30年7月1日以降(ただし、同日は日曜日のため実質的には翌2日〔月曜日〕以降。以下同じ。)、本件会議室で一人自習することを主な業務とされていて、太陽光発電事業部が原告の配属について消極的意見を報告したこと・・・を踏まえて原告の配属先を再検討する場合に次の配属先に異動させるまでの一時的・暫定的な短期間の執務場所として本件会議室が利用されたというなら格別、前記・・・のとおり、平成30年7月23日、dが、原告に対し、原告が本件会議室において午前8時45分から午後5時30分まで一人で簿記の学習等をしていることについて『苦痛じゃない。俺なら苦痛だけどね。』、『退職勧奨にもっていくために…それを耐えてんのは大したもんだよ。』などと発言していて、d及びcが、平成30年7月1日以降、原告が精神的苦痛に耐えられないで退職を申し出ることを期待して本件会議室で主に自習させることを継続させていたと認めざるを得ず、退職勧奨に応じさせる目的で処遇したというほかない。そして、前記・・・のとおり、c及びdが、退職勧奨に応じない旨明確に述べた原告に対し、前記・・・の指示に従わない勤務表を提出した問題を指摘し、原告から謝罪された上、そもそも原告の提出した勤務表に関する被告の対応に・・・問題があるにもかかわらず原告が全面的に悪いことを前提として『謝って済む問題じゃねえだろ。嘘ついてんだぞ、おまえ。』、『おまえは嘘つきだって、言われてるよ。』などと繰り返し非難し、原告が『生産性のないやつ』でその『給料分、他の社員たちに与えた方がより効率的』などと侮辱的表現を用いて退職勧奨している。そうすると、原告に精神的苦痛を与えて退職勧奨に応じさせる目的で本件会議室に一人配置して主に自習させ続けた処遇及び平成30年7月23日のd及びcの退職勧奨に係る言動は、その手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しているといえ、原告の人格権を侵害する違法行為というほかなく、不法行為に当たる。そして、上記処遇及び平成30年7月23日の退職勧奨に係る言動が被告の事業の執行について行われたことは明らかであるから、被告は、使用者責任を負う。」

(中略)

「そして、慰謝料額については、原告の当時の年齢、本件会議室での実質的処遇が入社3か月経過後からの約2か月間であること(解雇の意思表示後は就労義務免除・・・、その他、本件訴訟に顕れた一切の事情を勘案すると、50万円が相当であると認められ、弁護士費用については、5万円が相当であると認められる。

3.あまり伸びないハラスメントの慰謝料

 稀に例外はありますが、本邦の裁判所はハラスメントの慰謝料を抑制的に判断する傾向があります。本件も多分に漏れず、50万円の限度でしか慰謝料を認めませんでした。

 しかし、本件のdの発言からも分かるとおり、追い出し部屋を利用した違法な退職勧奨が行われる事例は後を絶ちません。こうした実情に照らすと、裁判所は、もう少し慰謝料額を高額にすることを考えても良いように思います。