弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「給料泥棒」「役立たず」「無能」「会社の寄生虫」などと言いながら退職を勧告された場合の慰謝料

1.退職勧奨の適法/違法の分水嶺

 退職勧奨については、

「基本的に労働者の自由な意思を尊重する態様で行われる必要があり、この点が守られている限り、使用者はこれを自由に行うことができる。・・・これに対し、使用者が労働者に対し執拗に辞職を求めるなど、労働者の自由な意思の形成を妨げ、その名誉感情など人格的利益を侵害する態様で退職勧奨が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為(民法709条)として損害賠償を請求することができる。

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕996頁参照)。

 ある程度の裁判例が集積されていることもあり、最近では、無茶な言動を伴う退職勧奨は減っているようには思います。しかし、近時公刊された判例集に、かなり酷い言動を伴う退職勧奨が行われた裁判例が掲載されていました。東京地判平30.7.10労働判例1298-82 システムディほか事件です。違法な退職勧奨の慰謝料の相場水準を知るうえで参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.システムディ事件

 本件で被告になったのは、

ソフトウェアの製造、販売等を目的とする株式会社(被告会社)と

被告会社の代表取締役会長兼社長(被告Y1)です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です(昭和38年生まれの男性)。

雇用契約に基づく賃金及び賞与を理由なく減額したことを理由とする賃金・賞与請求、

『上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求』、

被告Y1から人格を毀損する言動を受けたことを理由とする損害賠償請求、

休職期間満了後、労務提供の受領を拒絶されたことを理由とする賃金・賞与請求、

復職後の減額分の賃金・賞与請求、

有給休暇取得分の賃金の不払を理由とする賃金請求

を併合して訴えを提起しました。

 この裁判例では多数の注目すべき判断がされていますが、本日ご紹介させて頂くのは、

『上司らから退職強要を受けたことなどを理由とする損害賠償請求』、

との関係です。

 この請求権を基礎づける事情として、原告は、次のような主張をしました。

(原告の主張)

「被告会社は、原告に対し、本件雇用契約に基づき、退職を勧奨する場合には原告の自由な意思を尊重して社会通念上相当な態様で説得し、原告の人格的利益を不当に侵害したり原告に不利益な措置を講じたりして原告の自由な意思の形成を妨げることのないよう配慮するべき義務を負い、また、その使用者において原告の人格権を侵害する言動を行わずこれを保全するよう配慮するべき義務を負うのに、これを怠り、次のとおり、被告会社の使用人らにおいて上記義務に違反する言動をした。」

「(ア) 平成20年2月28日、被告会社の経営企画室長であった原告の上司であったA専務兼管理本部長(以下『A管理本部長』という。)は、原告に対し、被告会社京都本社専務室において、約30分にわたり、『経営企画室長失格で経営企画室業務にも失格だ。退職しろ。』と述べて繰り返し退職を迫った。」

「(イ) 同年3月3日、被告Y1は、原告に対し、被告会社会長室において面談をした際に、約2時間40分にわたり、原告が経営企画室長として不適当である旨述べ、また、退職するよう述べた。」

「(ウ) 同月17日、被告会社は、原告が退職勧奨に応じなかったことから、原告に対し、同年4月1日付けで被告会社東京支社ハロー事業部に転勤させるとの業務命令をした。」

「(エ) 同年4月以降、被告会社は、原告の賃金につき、能力給を1か月8万円から3万円に、役職手当を5万円から0円にそれぞれ減額した。」

「(オ) 平成21年11月25日、被告会社のB事業部長(以下『B事業部長』という。)は、原告に対し、被告会社東京支社会議室において、1時間以上にわたり、退職を勧奨した。」

(カ) 平成22年1月19日、被告Y1は、原告に対し、2時間以上にわたり、『給料泥棒』『役立たず』『無能な人間』『会社の寄生虫』などと述べ、退職を勧奨した。

「(キ) 同年4月以降、被告会社は、原告が退職勧奨に応じなかったことから、原告の賃金につき、基準給を23万円から15万2000円に、裁量労働手当を5万7500円から3万8000円に、能力給を3万2000円から0円に、技能手当を2万7000円から3000円にそれぞれ減額した。」

「(ク) 平成25年12月12日午前11時30分頃、被告会社のC事業部長(以下『C事業部長』又は『C』という。)は、被告会社東京支社長室入口付近から、原告を呼びつけ、原告に対し、他の社員の前で、原告の同年11月分の勤務月報を示しながら、代休を2日取得したことにつき、『仕事はいつするんだ』と怒鳴り、手に持っていたファイルを投げつけた。」

(ケ) 同年12月18日、被告Y1及びC事業部長は、原告に対し、被告会社東京支社長室において、約1時間10分にわたり、繰り返し退職を勧奨し、被告Y1は、原告に対し、この際、『会社の寄生虫』『無能な人間』『役立たず』などと発言し、また、被告Y1及びC事業部長は、原告に対し、それぞれ『営業が出来ないのだから京都で運転手でもやるか。』『テレアポ専業』と述べて、原告が退職勧奨に応じない場合には転勤や配置転換を命じることを示唆した。

「(コ) 同年12月20日、C事業部長は、原告に対し、被告会社東京支社長室において、扉を開けたまま、大声で、約30分にわたり、『無能』『年収300万円程度で恥ずかしくないのか。』『君が無能なことは皆が知っている。』などと発言し、『会社を辞めてくれ。』と述べ、退職勧奨に応じない原告に対し、『京都本社で車両整備か東京支社でテレアポ専業のどちらかを選べ。』と述べ、さらに、『給与体系も変える。』と述べて賃金の減額を示唆した。」

「(サ) 平成26年1月14日、C事業部長は、原告に対し、被告会社東京支社長室において、『年末から話をしているテレフォンマーケット専門でやってもらう。』『給与体系も変わる。』と述べ、被告会社東京支社の全従業員に配布されている入退館証の返還を要求した。」

「(シ) 同日、C事業部長は、原告の代休取得申請につき、無断欠勤と判断するとして拒否した。」

「又は、被告会社並びにその事業のために被告会社に使用されている被告Y1、A管理本部長、B事業部長及びC事業部長は被告会社の事業の執行について、原告に対し、それぞれ故意又は過失により前記・・・(ア)ないし(シ)の不法行為をした。」

「原告は、被告会社及びその使用人らの前記・・・(ア)ないし(シ)の各行為により、平成26年1月18日、うつ状態と診断され、同年3月から平成27年8月までの間、被告会社において就労することができなくなり休職したことによって、・・・損害を被った。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の損害賠償請求を認めました。

(裁判所の判断)

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務を負うが(労働契約法5条)、さらに、労務遂行に関連して労働者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務を負うものと解される。すなわち、使用者がこの義務を怠り、その使用人において他の労働者の意思決定を不当に強要し、あるいはその人格権を違法に侵害する言動があったときは、使用者は、債務不履行に基づき、これによって労働者に生じた損害を賠償するべき義務を負うと解するのが相当である。

「次に、被告Y1、A管理本部長、B事業部長及びC事業部長(以下併せて『被告Y1ら4名』という。)が原告と平成20年2月28日から平成26年1月14日までの間に原告主張に係る面談をしたこと、この間、被告会社が原告について原告主張に係る賃金の減額をしたことは、当事者間に争いがないか、又は、被告会社において争うことを明らかにしない。そして、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、被告Y1ら4名の言動等について、原告の主張に沿う記載部分及び供述部分(以下併せて『供述等』という。)がある。原告の上記供述等は、相互に大きな矛盾や相違がなく、その内容は、被告Y1ら4名が原告に対してした言動等につき、いずれも具体的であり、被告会社及び被告Y1ら4名が原告に対してその営業成績等を責め、退職を要求し、賃金を減額し、配置転換をし、原告の人格権を傷つけるような強い言葉を用いて叱責するなどしたという事の流れにおいて、格別不自然な点はない。」

「これに対し、証人Cの証言及び被告Y1の本人尋問における供述中には、被告Y1及びC事業部長が原告に対して退職を勧めたことを否定する証言部分及び供述部分がある。」

「しかしながら、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、A管理本部長との面談後の平成20年3月3日、被告Y1との面談後の同月6日、それぞれ、被告Y1に対して、『退職などは一切考えておりません。』『繰返し(判決注・原文ママ)になりますが退職は考えておりません。』などと記載した電子メールを送信し、B事業部長との面談後の平成21年12月5日、B事業部長に対して、『退職は考えておりません。』などと記載した電子メールを送信し、被告Y1との面談後の平成22年1月26日、被告Y1に対し、『退職は考えておりません。』などと記載した電子メールを送信したことが認められることに照らせば、被告Y1、A管理本部長、B事業部長は、いずれも原告に対して上記面談の際に退職を勧告する発言をしたものと推認される。また、証人Cの証言については、その証言中に、被告らもその発言内容を強いて争っていない面談記録(録音反訳書)・・・記載の被告Y1の不適切な言動についてすら、その場に同席していながら、これがなかったと否定するような、真実に反する証言部分がある。以上に述べたところに照らし、証人Cの上記証言部分及び被告Y1の上記供述部分はいずれも採用しない。」

「かえって、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、C事業部長は、平成26年1月14日に原告と被告会社東京支社の支社長室で面談した際、その出入口扉を開けたままで他の従業員にも声が聞こえるような状況で、『覚えてろよ。』『診断書持って来い、そんなら。今から帰って持って来い。』『ガタガタ、ガタガタ言うんじゃねえよ。』『だから、いつなんやって言ってんねん。』などと声を荒げて強い口調で話し、本件の証人尋問の際にも、出廷していた原告の面前で、原告について、『全然役に立たなかった』『まともに動いているふりをしていた。』といった表現を用いたこと、被告Y1は、平成27年10月14日に原告と面談した際、原告を評して『裏切り』『寄生虫』などと発言したことが認められることに照らせば、被告Y1及びC事業部長は、原告と面談した他の機会にも、原告の主張する『給料泥棒』『役立たず』『無能な人間』『会社の寄生虫』(以上被告Y1)、『仕事はいつするんだ』『無能』『年収300万円程度で恥ずかしくないのか。』『君が無能なことは皆が知っている。』(以上C事業部長)といった発言をしていたと推認して不自然、不合理ではない。

以上によれば、被告Y1ら4名は、平成20年2月28日から平成26年1月14日までの間に行った面談の席上で、それぞれ、原告の主張するような表現を用いて原告を非難し、退職を迫るなどしたものと認められる。

「前記・・・に認定した被告Y1ら4名の言動は、その表現や態様に照らせば、原告の人格的尊厳を傷つけ、その人格権を違法に侵害するものと認められる。また、このような言動により繰り返し退職を勧告し、さらに、前記1に説示のとおり、法的な根拠なく一方的に賃金を減額した行為(なお、原告を被告会社東京支社に転勤させたこと、C事業部長が原告の代休取得申請を拒んだことは、その内容に照らし、上記退職勧告と一連の不当行為とまでは認めるに足りない。)は、原告の労働環境を不当に害するものと認められる。すなわち、被告会社は、原告に対し、この点において、前記・・・に説示した従業員の労働環境に対して配慮する注意義務を怠ったものと認められる。」

「そして、前提事実・・・及び前記・・・に認定したところのほか、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、従前から厳しく退職を勧告され、賃金を一方的に減額されていたところ、平成25年12月に至って、被告Y1及びC事業部長から、不適切な言動により罵倒されるなどしながら繰り返し退職を迫られ、退職に応じなければ被告会社京都本社に転勤させてそれまでの営業以外の業務に就かせて賃金を更に減額するなどと言われ、同月下旬頃から複数回欠勤するようになり、平成26年1月14日、C事業部長から担当業務の変更や賃金の減額を通告され、同月18日、医師からうつ状態と診断され、これを原因として同年3月1日から休職するに至ったことが認められる。」

「以上によれば、被告会社は、原告に対し、本件雇用契約に基づく注意義務を怠り、被告Y1や原告の上司らにおける不当な言動や一方的な賃金の減額等を行って原告の意思決定を不当に制約するとともにその人格権を違法に侵害し、これによって、原告はうつ状態を発症するに至ったものと認められる。

したがって、被告会社は、原告に対し、債務不履行に基づき、原告に生じた次の損害を賠償する責任を負う。

「休業損害 254万7963円」

(中略)

「治療費及び通院交通費 8万9900円」

(中略)

慰謝料 80万円

被告会社における被告Y1ら4名の原告に対する退職の勧告等は繰り返されたものであり、かつ、そこで用いられた表現は原告の人格的尊厳を直接傷つけるものであること、上記言動のされた期間は約6年間もの長期に及ぶこと、原告はうつ状態を発症して少なくとも約1年間に渡り1か月に1回ないし4回程度通院し、その後も通院を継続していること・・・、他方、賃金減額による損害は原則として減額分の賃金の支払により填補されること、原告のうつ状態が重度のものであったとまで認めるに足りる証拠はないことなど、各事情を総合考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、上記金額が相当である。

「以上合計343万7863円」

3.やはり慰謝料は少なすぎではないだろうか

 以上のとおり、裁判所は、原告の主張に沿う事実を認定しつつ、80万円の慰謝料を認定しました。

 本件の言動は「会社の寄生虫」などというかなり苛烈なもので、6年間もの長期に渡り繰り返されたことが認定されています。結果にしても、うつ状態を発症するなど、精神疾患の発症にまで至っています。

 休業損害に一定の量があるため、合計額では相応の金額になっていますが、やはり行為態様の悪質性・結果の重大性に照らし、慰謝料が80万円というのは僅少に過ぎる感があります。違法な行為を抑止するためにも、被害者が受けた精神的苦痛を填補するためにも、慰謝料額の相場水準は、もっと引き上げられて然るべきではないかと思います。