弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

離職理由を一身上の都合とする離職票の送付行為は解雇か?

1.退職勧奨か解雇か?

 使用者側の「ある行為」がきっかけとなって労働者が出勤しなくなった場合、それが退職勧奨なのか解雇なのかが争われることがあります。

 退職勧奨であれば、出勤していない事実は、退職の意思を態度によって示したものと理解されかねません。これが労働者の側の退職の意思表示と理解されてしまう場合、合意退職が認定され、地位の確認請求も不就労期間の賃金の請求も認められない可能性があります。

 解雇であれば、出勤していない事実は、使用者側による労務提供の受領拒絶の結果として理解されます。解雇に理由がない場合、労働者は労働契約上の地位の確認を求めたり、不就労期間中の賃金を請求したりすることができます。

 しかし、使用者側の「ある行為」が退職勧奨なのか解雇なのかは、必ずしも明瞭に判断できるわけではありません。例えば、離職理由を一身上の都合とする離職票を送付することはどうでしょうか?

 自己都合退職するようにというメッセージにもとれますが、一方的に労働契約を終了させる意思を伝達しているという点において解雇と理解することもできそうです。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている東京地判令4.4.12労働判例1276-54 酔心開発事件です。

2.酔心開発事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、被告が経営する店舗(本件店舗)において、厨房スタッフ(料理長)として勤務していた方です。被告を退職した後、

① 在職中の時間外労働に係る割増賃金の未払分、

② 労働基準法114条に基づく付加金、

③ 割増賃金請求に係る弁護士費用、

④ 在職中の被告による不法行為を理由とする損害賠償

を請求する訴えを提起したのが本件です。

 離職票の送付行為の法的性質をどのように理解するのかは、④の関係での争点です。

 原告は、

被告が離職理由を原告の一身上の都合とする内容虚偽の離職票を労働保険事務組合に提出し、東京食品福祉厚生事業団経由で離職票を送り届けられたこと、

を違法解雇(不法行為)だと主張しました。

 これに対し、被告は、解雇扱いすることを気の毒に思って離職票を発行、送付したにすぎず、違法な退職勧奨等を行ったものではないなどとして、原告の主張を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、離職票の送付行為の法的性質を解雇だと理解したうえ、その違法性を認めました。

(裁判所の判断)

被告は、令和元年5月29日、本件離職票を作成し、これを同月31日頃、原告に受け取らせたが、原告と被告は退職の合意をしておらず、原告が退職の意思表示をしたものでもないから、本件離職票の送付は、被告による解雇の意思表示と認めるのが相当である。

この点、被告は、原告の言動から就労意思を欠いているとみなさざるを得ず、本件労働契約を終了させることにしたが、解雇扱いにするのを気の毒に思い、温情で、退職扱いにする趣旨で本件離職票を作成、送付したものである旨を主張する。しかしながら、被告の主張によっても、原告が退職の意思表示をしていないことに変わりはなく、被告が本件離職票を作成、送付した意図が本件労働契約を終了させることにあった以上、解雇をしたものと認めるのが相当である。

「そして、前記前提事実・・・、前記・・・の認定事実・・・まで及び弁論の全趣旨によれば、原告は、同年3月29日以降、就労することが困難な状態にあり、被告が本件労働契約を終了させると判断したことについて、相応の理由があったことは窺われる。しかしながら、他方で、証拠・・・によれば、原告及び原告妻は、被告に対し、体調不良を理由に欠勤せざるを得ない状態にあることを伝えつつも、被告を退職する意思はないことを明らかにしていたことが認められるから、被告としては、原告に対し、休職制度の利用や有給休暇取得等の手続をとることを案内すべきであったというべきであるが、本件全証拠を検討しても、被告がそのような案内や手続を十分に行ったとは認めることができない。そして、被告は、平成31年4月30日の面談において、原告が雇用継続を求める意思を示していたにもかかわらず、本件就業規則上定められた休職の措置もとらずに、本件離職票を受け取らせるという方法で解雇を通知したものであることに照らすと、上記解雇は違法であると言わざるを得ない。」

3.一方的な離職票の送付行為は解雇

 上述のとおり、裁判所は、離職理由を一身上の都合とする離職票を一方的に送付する行為の法的性質を解雇だと理解しました。

 損害賠償請求との関係での判示ではありますが、裁判所の判示事項は請求が地位確認であったとしても妥当するように思われます。

 離職票を一方的に送付して済し崩し的に会社から労働者を追い払おうとすることは、実務上、一定の頻度で目にすることがあります。そうした強引な処理に屈せず、労働契約上の地位の確認を求めて行くにあたり、本件の判示事項は大いに参考になります。