弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

僧侶・修行僧の労働者性(肯定)

1.僧侶・修行僧の労働者性

 一般論としていうと、住職たる地位の確認を求める訴えの提起は認められません。具体的な法律関係に関する問題でなく、法規の適用によって終局的に解決すべき法律上の争訟に当たらないと理解されているからです(芦部信喜 著 , 高橋和之 補訂『憲法』第七版』(岩波書店、第7版、令元)351頁参照)。

 しかし、寺に出仕している人と寺との関係性の全てが司法審査の対象にならないのかと言われると、そういうわけでもありません。寺からお金をもらって出仕している僧侶・修行僧の方は多々いますが、こうした寺と僧侶(修行僧)との関係が雇用契約・労働契約に該当するのではないかは、しばしば裁判所でも問題になっています。近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令5.9.15如在寺事件も、そうした事案の一つです。

2.如在寺事件

 本件で被告になったのは、

日蓮宗の教義を広め、儀式行事を行うこと等を目的とする宗教法人(被告寺)、

被告寺の代表役員(被告B)

の二名です。

 原告になったのは、寺の先々代住職(亡C)の長男であり、被告Bに弟子入りして日蓮宗の僧籍を取得した方です。被告寺に出仕して一定額の支給を受けていましたが、ある時から被告寺に出仕しなくなりました。このような事実関係のもと、労働契約上の地位に在ることの確認や、不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。

 本件では原告の労働者性が争点になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

「労働者とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者であるから(労働基準法9条、労働契約法2条1項)、労働者に当たるか否かは使用従属性の有無によって判断すべきであり、その判断に当たっては、

〔1〕仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所・勤務時間に関する拘束性の有無、代替性の有無等の労務提供の形態に照らして判断され、

〔2〕報酬の労務対償性について、報酬が一定時間労務を提供していることに対する対価といえる場合には、使用従属性を補強するものとされ、〔1〕、〔2〕の観点のみでは判断できない場合に、

〔3〕その他の事情(報酬について給与所得として源泉徴収していること等)

等を考慮すべきである。」

・労務提供の形態について

「認定事実・・・によれば、原告は、E副住職又は訴外寺の住職から作業の予定を伝えられ、その予定に従って作業を行っていたものであり、原告がこれを拒否することができたことはうかがわれず、実際にもこれを拒否したことはなかったことが認められ、原告には仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由はなかったことが認められる」

「また、認定事実・・・によれば、原告が被告寺及び訴外寺に出仕するようになったのは、被告Bとの師匠・弟子という関係性に基づくものであったことが認められ、原告以外の者が被告寺又は訴外寺に出仕して原告の代わりに作業を行うことは想定されていなかったといえるから、代替性もなかったことが認められる。」

「さらに、認定事実・・・によれば、原告は、被告寺及び訴外寺から事務を行う者という意味の『執事』と記載された名刺の交付を受け、被告寺において、毎月1日、6日、11日、毎週木曜日及び最終週以外の日曜日に行われる法要、毎週木曜日の電話番、檀家等から依頼があった場合の法事の催行、葬儀・通夜への対応、電話や来客の対応、書き物(卒塔婆や位牌)等の作業を行い、訴外寺において、各檀家の自宅を訪問して読経する作業を行っていたことが認められる。このように、原告が被告寺及び訴外寺で行う作業は、その具体的な作業内容が定められていた上、原告は、これらの作業を遂行する上で被告寺又は訴外寺の住職らの指示に従うことが求められていたといえるから、その指揮監督を受けていたといえる。」

「加えて、認定事実・・・によれば、原告は、被告寺に出仕する前に、僧道修を終了し、信行道場における修行を経て、日蓮宗の僧籍を取得しており、一人前の僧侶として活動することができたことからすると、原告が被告寺及び訴外寺で行っていた作業について、修行としての要素は希薄であったといえる。」

「他方で、認定事実・・・によれば、原告は、被告寺や訴外寺において勤怠管理をされておらず、所定の作業時間が定められていたわけではなかったものの、E副住職がいるときは、E副住職の指示を受けて帰宅していたことが認められ、厳格に出退勤時刻が管理されていなかったとしても、そのことは、原告の使用従属性を否定する決定的な事情になるとまではいえない。」

「また、認定事実・・・によれば、原告は、事前の予定が入っていないときは、被告寺に出仕することを義務付けられていなかったことが認められるものの、通夜や葬儀の依頼は当日入ることもあり、原告は、そのような場合に備えて自宅で待機していたことが認められ、厳格に出勤日が定められていなかったとしても、そのことは、原告の使用従属性を否定する決定的な事情になるとまではいえない。」

・報酬の労務対償性について

「前提事実・・・、認定事実・・・によれば、被告寺は、毎月1回、原告に対し、訴外寺からお香典・お供え名目で交付を受けた10万円と合わせて合計20万円を交付していたこと、原告が葬儀や通夜に行った際にはこれとは別に数万円程度が支払われていたことが認められる。この20万円は、給与名目で交付され、うち10万円については源泉徴収もされていたもので、その金額からしてもこれを小遣いとみることは困難であり、生活保障的な要素が強かったといえること、原告が葬儀や通夜に行った際にこれとは別に数万円程度が支払われており、このことは労務対償性を裏付けるものといえることからすると、上記各金員は原告が被告寺及び訴外寺で行っていた作業に対する対価であったとみるのが相当であり、上記各金員につき労務対償性があったと認めるのが相当である。」

・まとめ

「以上によれば、原告の労務提供の形態には出退勤時刻や出勤日との点で時間的拘束が緩やかな面もみられるものの、原告には仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由や代替性がなく、被告寺や訴外寺から作業遂行上の指揮監督を受けていたと認められること、これらに加えて、報酬の労務対償性が認められることからすると、原告は、労基法及び労契法上の労働者に当たるというべきである。そして、前記に認定した原告が被告寺及び訴外寺に出仕するに至った経緯・・・及び原告が被告寺及び訴外寺で行っていた作業内容・・・等に照らすと、原告と被告寺の雇用契約の内容は、原告が主張するとおり・・・であったと認めるのが相当である(ただし、賃金の支払期日につき、原告は、『翌月1日頃』と主張するが、これを裏付ける的確な証拠はなく、他方で、被告は、『支払日は月一回、不定期であった』と主張していることからすると・・・、遅くとも翌月末日までには支払われていたとみることができるから、『翌月末日』と認めるのが相当である)。」

3.労働者性の肯定

 以上のとおり、本件は原告僧侶の労働者性を肯定しました。

 冒頭でも述べましたが、お金をもらって出仕する関係が雇用契約・労働契約と評価できるのか否かは司法審査の対象になります。労働法上の保護が与えられないまま、なしくずし的に寺からの指揮命令を受けることに疑問を感じられている方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご連絡頂いても問題ありません。