弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

名ばかり取締役の労働者性(肯定例)

1.名ばかり取締役

 名ばかり管理職という言葉があります。これは、管理監督者としての実体を備えていないにもかかわらず、残業代の支払などの労働基準法の規制を潜脱するため、名目上管理職として扱われているポストを指す言葉です。

 この名ばかり管理職の亜種として、名ばかり取締役があります。

 取締役は会社の役員であり(会社法329条1項)、会社との法律関係は委任契約として規律されます(会社法330条)。委任契約は雇用契約とは異なる契約類型であり、原則として委任契約上の受任者に労働法が適用されることはありません。取締役は会社を経営する側であって、会社に使用従属している側ではないからという説明もできるかも知れません。いずれにせよ、こうした法律上の建前を利用して、取締役としての実体を備えていないにもかかわらず、労働法の適用を免れるため、名目的に選任された取締役を名ばかり取締役といいます。

 しかし、名ばかり監督者に対して残業規制等が及んでくるのと同様、働き方が労働者と大差なければ、名目だけ取締役にしたところで、労働基準法をはじめとする各種労働法の適用を免れることはできません。

 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令6.3.14労働判例ジャーナル148-14 日生米穀事件です。

2.日生米穀事件

 本件で被告になったのは、米穀・雑穀等、資料の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成16年頃に被告との間で労働契約を締結し、営業業務に従事していた方です。平成20年11月5日以降は被告の取締役に就任していました。令和4年1月29日付けで解任登記がなされたところ、自らの労働者性を主張し、時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では原告が取締役であったことから、その労働者性が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

(1)判断枠組み

「労基法9条は、同法における労働者につき、『職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう』と定義していることから、同法所定の労働者に該当するかは,

〔1〕労働が使用者の指揮監督下において行われているか否かという労務提供の形態と

〔2〕報酬が提供された労務に対するものであるか否かという報酬の労務対償性

によって判断するのが相当である(以下、上記〔1〕及び〔2〕の基準を併せて『使用従属性』という。)。なお、労基法の適用対象を画する使用従属性は、雇用契約、委任契約、請負契約といった契約の形式にとらわれるのではなく、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素を総合考慮し、実質的に判断する必要がある。」

(2)本件における検討

ア 労務提供の形態について

「原告は、株式会社である被告の取締役うちの1名であるが、定款によって被告の業務執行の権限が与えられていたことはうかがわれない。そして、上記認定事実・・・のとおり、原告は、年に少なくとも一、二回程度、経営会議には参加していたほか、取締役会に参加しているものの、被告の業務執行の決定への具体的な関与があったとは認められない(取締役会議事録・・・によれば、取締役会では代表取締役の選任と役員報酬の決定以外の決議事項は見当たらず、経営会議での決議事項や議事の経過を的確に示す証拠は見当たらない。)。他方で、上記認定事実・・・のとおり、原告は、おおむね午前7時から午前8時までの間に被告に出社してタイムカードを打刻し、午前中には運転手とともにトラックに米の入った袋を積み込む作業に従事し、昼前後頃から配送先への配達や営業に従事し、その後、日によっては営業回りや伝票の打ち込み作業等をしてタイムカードを打刻して退社していたのであって、一般の従業員と同様かつ取締役就任前と変わらない営業及び配達業務に従事していた上、タイムカードによる労働時間の管理及び把握を受けていたものといえる。以上のとおり、原告は業務執行権限を有しておらず、業務執行に係る意思決定をしていたとも認められない一方で、取締役就任前から一般の従業員と同様の業務に従事し、勤怠管理を受けているなどの拘束性があることからすると、原告は、被告の指揮監督下で労務を提供していたものといえる。」 

(中略)

イ 報酬の労務対償性について

「上記認定事実・・・のとおり、原告の報酬額は取締役就任の前後を通じて月35万円と変動がなく、また、取締役就任に際して退職届の提出や雇用保険資格喪失手続はとられず、引き続き雇用保険に加入していた。以上のとおり、原告は取締役就任前後を通じて報酬額に変動がなく、労働者の地位を清算する手続もとられず、社会保険上の取扱いもそれまでと変わらなかったことからすると、原告に対して支払われていた報酬は賃金としての性質を有していたものといえる。」

(中略)

ウ 使用従属性について

「以上のとおりであるから、原告は、被告の取締役ではあったが、被告の指揮監督下で労務を提供しており・・・、支払われていた報酬は賃金としての性質を有していたものといえるから・・・、使用従属性を有していたものといえる。」

「これに対して、被告は、原告が、〔1〕取締役在職中に被告名義の自動車を貸与されて業務中か否かを問わず利用していたこと、〔2〕取締役在職中に貸与されていた携帯電話を原告個人名義に引き継いだこと、〔3〕取締役離職時に被告の取引先20社程度を侵奪したこと、〔4〕被告代表者が役員だけにオーダースーツを購入したこと、〔5〕役員だけが被告事務所の鍵を所持していたことを挙げて、これらは原告が役員としての地位・実権を有していたからである旨主張する。」

「しかし、〔1〕被告では役員ではない営業課長も被告名義の自動車の貸与を受けていたこと・・・からすると、上記自動車の利をもって報酬の労務対償性が失われるとはいえないし、これを業務中か否かを問わず利用していたからといって原告の労務提供の内容を左右するものではない。そして、〔2〕被告が指摘する携帯電話は元々原告の個人名義の携帯電話を被告名義に変更した上で、原告の被告離職時に再度個人名義に変更したものであるから・・・、被告から貸与された携帯電話であるとは認められない。また、〔3〕原告が取締役離職時に被告の取引先20社程度を侵奪したことを認めるに足りる的確な立証はないし(被告は、原告が被告名義の携帯電話を原告名義に変更した月に被告の売上高が前年比61.8%に減少したことを挙げるが、携帯電話の名義変更や売上高の減少が原告による顧客侵奪を推認するものとはいえない。)、仮に存在するとしても、取引先を奪う行為は取締役としての権限を前提とする行為ではないから、原告の労務提供の内容を左右するものでなない。さらに、上記〔4〕及び〔5〕の事実は、原告が否認するところ、これを的確に認めるに足りる立証はないし、いずれも原告の労務提供や報酬の性質を左右するものともいえない。」

「したがって、被告の上記主張は、前提となる事実がない上(上記〔2〕、〔3〕~〔5〕)、原告の労働者性を左右するものではないから(上記〔1〕~〔5〕)、採用することができない。」

エ まとめ

「上記ウのとおり、原告には使用従属性が認められるから、原告は、労基法所定の『労働者』に該当する。」

3.他の一般労働者と変わらない/取締役就任前と変わらない

 名ばかり取締役の労働者性の論証で鍵になるのは、

他の一般労働者と変わらないかどうか、

取締役就任前と働き方が変わらないかどうか、

という点です。

 元々取締役と従業員は兼務が認められているためか、取締役に就任しても、労働者としての地位が清算されることもなく、従前と同じ働き方/他の一般労働者と大差ない働き方が続いていることは決して珍しくありません。

 こうした名ばかり取締役として働くことを余儀なくされている方は、一度、残業代請求の可否等について、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でもご相談は受け付けています。