弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

芸能人の労働者性-名ばかり歩合制報酬に労務対償性が認められた例

1.芸能人の報酬

 昨日の記事で、芸能人の方が「マネージメント契約」(マネジメント契約)のもとで働いていることをお話しました。

 これは、芸能人の方「が」所属事務所「に」自分のマネージメント(営業を含む)を委託する契約です。この契約のもとでは、所属事務所が仕事を取って来て、それを芸能人の方に処理させることが多くみられます。

 それでは、このような契約のもとでの報酬は、どのように決められるのでしょうか?

 私個人の実務経験の範囲で言うと、仕事元からもらえる報酬の〇%を所属事務所がもらうといったような定めが一般的であるように思います。要するに、働けば働くほど、芸能人の方の取り分が増えていくという報酬形態です。

 しかし、トラブルになる事案では、所属事務所が仕事元から得られる報酬を全部持って行ってしまって、芸能人側には生きていけるだけの最低限の額が固定で支給されているという例が結構あります。

 読者の方の中には、「そんなばかな」と思われる方がいるかも知れませんが、こういう事案は少なくありません。こうした事案では、所属事務所側が仕事元からもらっている報酬を情報として伝えないまま、経費を考慮すると赤字だなどと説明しているのが典型です(本当に赤字である場合もなくはないですが)。

 それでは、こういう「名ばかり歩合制報酬」とでもいうような報酬形態は、労働者性の判断にあたり、どのような意味を持ってくるのでしょうか?

 労働者性の判断要素の中には「報酬の労務対償性」というものがあります。契約書上は歩合的になっているにもかかわらず、実際もらっている報酬が固定額である場合に、報酬の法的な性質がどのように理解されるのかという問題です。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 昨日ご紹介した、大阪地判令5.4.21労働判例1310-107 ファーストシンク事件は、この問題を考えるにあたっても参考になる判断を示しています。

2.ファーストシンク事件

 本件で原告になったのは、タレントの育成、マネジメント等を業とする株式会社です。

 被告になったのは、芸能活動を行う個人であり、原告が専属的にマネジメント等を行う男性アイドルグループのメンバーだった方です。

 リハーサルやコンサート、イベントに無断欠席したことや、グループを脱退したことが専属マネジメント契約に違反するとして、原告は被告に対して違約金989万円を請求したのが本件です。専属マネジメント契約には、1回の違反につき200万円の違約金が定められており、違反行為5回分の違約金から11万円の未払報酬を差し引いた額というのが請求額の根拠とされています。

 これに対し、被告は労働者性を主張して違約金条項の効力を争うとともに、未払賃金11万円の支払を請求する反訴を提起しました。

 本件の主要な論点は労働者性です。労働者であれば、違約金を定めることが禁止されているからです(労働基準法16条)。

 裁判所は、次のとおり述べて、労働者性を肯定しました。結論としても、本訴請求を棄却し、反訴請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「本件契約には、以下の条項がある。」

(中略)

「4条 本マネジメント業務に基づき、被告が芸能活動を遂行した場合、原告は被告に対し、当該活動に対する報酬を次のとおり支払う。

① 被告の個人としての芸能活動に対する報酬は、原告が第2条2項5号に基づき受領する金員から、当該芸能活動に要した諸経費を控除して得た額の40%とする。ただし、原告は、被告の仕事の成果及び原告の負担等を勘案し、50%までの範囲内でこれを増額することができる。

② 被告のグループとしての芸能活動に対する報酬は、原告が第2条2項5号に基づき受領する金員から、当該芸能活動に要した経費を控除して得た額の10%とする。

2 原告は、前項に定める支払報酬から源泉所得税を控除した額を、原告への入金のあった日の属する月の翌月15日限り、被告の指定した口座に振込む方法その他適宜の方法で支払うものとする。ただし、原告の事情により、最大6か月間に分割して支払うことがある。

3 原告が特に必要と判断した場合には、原告が任意に定める報酬を原告の自由意思に基づき、支払うことができる。」

(中略)

「Aの売上から経費を控除すると赤字となっていたため、被告に対して、本件契約4条1項に基づく報酬は支払われなかった。」

「もっとも、原告代表者及びBの判断で、本件契約4条3項に基づき、メンバーに固定給が支払われており、被告は、原告から、平成31年1月及び同年2月は月額6万円、同年3月から令和元年6月までは月額12万円、令和元年7月から令和2年2月までは月額13万円、同年3月から同年6月までは月額16万円の報酬が支払われた。」

(中略)

「前記認定のとおり、主にBが仕事を取ってきて、それをCに伝えて、基本的にCが受ける仕事を決めてタイムツリーに記入して仕事のスケジュールが決まり、また、Aの知名度を上げる仕事であれば、基本的に仕事を断らないという方針であったため、仕事と私用が重なる場合には、できる限り仕事を優先するということがメンバー間で了解事項となっていたことからすると、Bが取ってきた仕事を中心に、それに合わせてスケジューリングを組んでおり、そのとおりの行動を要請されていたものであるから、その限度において、原告による被告の時間的場所的拘束性もあったと認められる。」

(中略)

(2)報酬の労務対償性

前記認定のとおり、被告は、原告から、平成31年1月及び同年2月は月額6万円、同年3月から令和元年6月までは月額12万円、令和元年7月から令和2年2月までは月額13万円、同年3月から同年6月までは月額16万円の報酬が支払われている。このように、被告は、原告から報酬を月額で定額支払われており、A加入当初低かった月額が、在籍期間が長くなるにつれて漸次増額されているものである。

そうすると、前記のとおり、週に1日程度の休日を与えるほかは、あらかじめスケジューリングをして、時間的にも場所的にもある程度拘束しながら、労務を提供させていたものであるから、その労務の対償として固定給を支払っていたものと認めるのが相当である。

(中略)

「以上によれば、被告は、原告の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対償として給与の支払を受けており、被告の事業者性も弱く、被告の原告への専従性の程度も強いものと認められるから、被告の原告への使用従属性が肯定され、被告の労働者性が認められる。」

「したがって、本件違約金条項は、労働基準法16条に違反して無効である。」

3.名ばかり歩合制報酬は労働者性を補強する

 上述のとおり、裁判所は、名ばかり歩合制報酬ついて、労務対償性を肯定する要素として位置付けました。

 この報酬形態も労働者性を主張することが有効な事案で多くみられるものであり、裁判所の判断は、不公平・無茶な条件で働かされている芸能人保護に資する有意義な判断として、実務上参考になります。