1.秘密録音の証拠能力
録音はハラスメントを立証する有力な証拠になります。
しかし、録音されていると分かっていながらハラスメントを行う人は、それほど多くはありません。そのため、ハラスメントの証拠を録音しようと思った場合、基本的には秘密録音(相手方に録音していると告げないで録音すること)を試みることになります。
秘密録音で証拠を確保した場合、しばしば相手方から、
違法収集証拠に該当するため、証拠から排除されるべきである(証拠能力が認められるべきではない)
というクレームが出されます。
この種のクレームの採否の問題として、以前、歯科医院のスタッフ控室に録音機を設置して得られた録音に証拠能力が認められた事案を紹介しました。
オープンスペース(歯科医院のスタッフ控室)に録音機を設置することで得られた自身不在時の同僚の会話は証拠になるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ
これに続く事案として、近時公刊された判例集に、ラーメン店の従業員共同の休憩室内で行われた秘密録音に証拠能力が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令5.2.3労働判例1312-66 ハイデイ日高事件です。
2.ハイデイ日高事件
本件の当事者は、いずれも中華・ラーメン店(本件店舗)の従業員として勤務していた方です。同僚である被告の言動が職場いじめにあたるとして、原告が被告に対して損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件では店舗の従業員が共同で使用していた休憩室内での秘密録音の証拠能力が問題になりました。
具体的に言うと、被告は、
「原告による会話の録音は、本件店舗の休憩室というプライバシー性の高い場所において、原告が在室しない状況で秘密裏に行われたものであり、本件店舗において平成30年5月に無断録音を禁止する旨の掲示がされた後も、ほぼ毎日のように録音されたものであって、違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきである。」
と主張し、原告が取得した秘密録音の証拠能力を争いました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、秘密録音の証拠能力を認めました。
(裁判所の判断)
「被告は、平成29年3月14日及び同月28日の各会話を録音した媒体及びその反訳書・・・について、違法収集証拠に該当するから証拠能力がないと主張するが、上記録音媒体は、原告が、本件店舗の従業員が共同して使用する本件店舗の休憩室での会話を、被告が知らない間に録音したというにとどまり・・・、その録音の手段・方法に照らして、著しく反社会的な手法で人格権を侵害して取得されたとまでは認められないのであり、証拠能力は否定されないというべきである。」
3.結論として原告の請求は棄却されているが・・・
本件では、録音の証拠能力こそ肯定されたものの、結論として、原告の請求は棄却されています。
結論が請求棄却であるため、証拠能力を肯定する方向に傾きやすい(被告からのクレームを受けにくい)事案であったことには留意する必要がありますが、冒頭記事中の医療法人社団Bテラス事件に続き、録音機設置型と思われる職場オープンスペースでの秘密録音の証拠能力が肯定されたことは注目に値します。
特に目を引かれるのが、尋問の中で、原告が、
「被告が出勤する日はほぼ毎日のように録音し、その数は500件以上であるところ(原告本人)」
と言っていた形跡があることです(鍵括弧内は判決文の引用です)。
原告に嘘を言う動機があるとは考えにくいものの、真実500件以上の秘密録音がされていたのかは不分明です。しかし、これが本当であった場合、職場オープンスペースで長期間かつ網羅的に行われた録音(の一部)に証拠能力が認められたことになります。
オープンスペースとはいえ、長期間に渡る網羅的な録音機設置型の録音は、それほど積極的に推奨できるものではありませんが、秘密録音の証拠能力に係る判断として、本裁判例は実務上参考になります。