弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

休職からの復職-元の部署に折り合いの悪い上司がいることは、復職要件との関係で、どのように考えられるか?

1.人間関係からメンタルヘルスが崩れた休職者の復職

 休職している方が復職するためには、傷病が「治癒」したといえる必要があります。

 ここでいう「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。

 しかし、ここで一つ問題があります。

 人間関係から心の健康状態に問題が生じ、休職に至った方の復職の可否をどのように考えるのかという問題です。

 典型的にはパワーハラスメントですが、人間関係上の問題でメンタルヘルスを崩してしまった方の場合、

ストレス因となる人がいない環境では普通に働けるまでに病状が回復していても、

ストレス因となる人がいる環境に置かれてしまうと再びメンタルヘルスが崩れてしまう

ことが少なくありません。

 この場合、ストレス因となる人がいる部署での「従前の職務」を通常の程度に行える健康状態にはないとして、「治癒」は認められなくなってしまうのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令6.5.21労働判例ジャーナル149-38 阪神高速技研事件です。

2.阪神高速技研事件

 本件で被告になったのは、道路構造物の補修設計等を事業内容とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、企画部で働いていた方です。平成31年2月7日に休職期間の満期を2年とする休職命令が発令され(本件休職)、途中リワークプログラムの受講を経たものの、令和3年2月6日の経過をもって休職期間満了による退職扱いを受けました(本件退職扱い)。これに対し、本件退職扱いの無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は原告の地位確認請求を認めたのですが、その中で、復職要件「職場復帰して、従来と同様に担当業務を行えるほどまで回復していること」との関係で次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「復職判定基準4号は『職場復帰して、従来と同様に担当業務を行えるほどまで回復していること』と定めている。もっとも、『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』(乙10)が、数か月にわたって休業していた労働者に、いきなり発病前と同じ質、量の仕事を期待することには無理があり、職場復帰後の労働負荷を軽減し、段階的に元へ戻すなどの配慮が必要となると指摘しているところを踏まえると、同号の基準も、そのような配慮などのプロセスを経れば、最終的に従来と同様の担当業務を行う見込みがあれば足りるものと解するのが相当である。そして、原告は、別件リワークにおいて、令和2年9月17日の本件評価シートで、現在から6か月以内に9割以上10割未満の業務遂行能力が達成されると説明していること・・・や、本件リワークの会社課題の成果物そのものに特段の問題が指摘されていないこと(弁論の全趣旨)に照らすと、原告が職場復帰後には、休職前と同様の事務作業に従事することが十分可能であるといえ、同号の要件充足性にも問題がない。」

「なお、被告は、本件リワークの終了後に、会社課題の取り組みに関して、十分なホウレンソウ(報告・連絡・相談)がされていなかったことを指摘するが、それは復職後において、原告に指導・改善を促せば足りる問題にとどまるのであって、復職の可否を判断する際の消極的要素とはなり得ないものである。」

「おって、『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』では、職場復帰後における就業上の配慮等として、まずは元の職場への復帰を原則とするが、例外的に他の適応可能と思われる職場への異動を積極的に考慮した方がよい場合があると指摘されている(乙10)。本件では、原告の適応障害の原因が、所属部署の課長補佐との折り合いの悪さにある可能性が否定できないことから、実際に原告を復職させるに当たっては、当該課長補佐と同じ職場に復帰させることの当否を検討すべきであるもちろん、被告は職員の配置について人事権を有しており、その裁量も尊重されるべきではあるが、原告について適当な異動場所がないこと・・・について、具体的・客観的な裏付けがない以上、原告を異動させないことを前提に復職の当否や復職先を判断することは相当でない。そして、仮に、被告の人事配置上、当該課長補佐と原告とを同じ職場に配置せざるを得ないとしても、原告を復職させるにつき異動等の環境調整は必須ではないことは先に説示したとおりであるから、原告を当該課長補佐と同じ職場に復職させた場合に、原告が再び適応障害等の精神疾病を再発させる蓋然性が高く、そのために担当業務(事務作業)を全うできないとまでは認めるに足りない。

3.思考の手順は?

 上述の判示を読み解くと、元の部署にストレス因となる人がいる場合、

同じ職場に復帰させることの当否

が検討対象となり、他に適当な異動場所がないことについて具体的・客観的な裏付けがない限り、別の職場で労務提供をすることができれば問題ない、

ということになりそうです。

 また、他に適当な異動場所がないことについて具体的・客観的な裏付けがあり、ストレス因となる人がいる職場に戻さざるを得ない場合であったとしても、

精神疾病を再発させる蓋然性が高く、そのために担当業務(事務作業)を全うできない

と認められない場合には、やはり復職は認められるということになるのではないかと思います。

 当たり前ですが、会社は労働者に対して安全配慮義務を負っており(労働契約法5条)、復職した労働者がハラスメント被害を受けることがないよう手立てを講じて行く必要があります。このような手立てを講じてなお「同じ職場に復職させた場合に・・・精神疾病を再発させる蓋然性が高く、そのため担当業務(事務作業)を全うできない」と認められる場合は、相当限定されるのではないかと思われます。

 本件裁判所の判示は、

「元の職場には労働者側からストレス因と名指しされている人がいるから、元に戻しようがない」

という会社の主張に反駁して行くにあたり、実務上参考になります。