弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

迎合に関する経験則-ハラスメントの被害者は、加害者との接触を容認する発言を取り消せるか?

1.被害者と行為者を引き離すための配置転換

 ハラスメント事案が発生した場合に、使用者が検討すべき措置の一つに、被害者と行為者の引き離しがあります。

 例えば、

令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

は、職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合に行う被害者に対する配慮のための措置として、

「被害者と行為者を引き離すための配置転換」

を掲げています。

 そのため、ハラスメント被害者は、事案への対応に乗り出した使用者から、加害者あるいは自身の配置転換の意向を聴取されることがあります。

 このとき、本心では加害者の異動を希望していたとしても、逆に加害者との接触を容認する発言をしてしまうことがあります。特に、立場の弱い方が、立場の強い方からハラスメントを受けた場合、強い労働者を異動させたくない使用者を前に萎縮してしまい、迎合的な発言をしてしまうことが珍しくありません。

 それでは、このように加害者との接触を容認する発言をしてしまった場合、被害者は、もう加害者の配置転換を求めることができなくなってしまうのでしょうか?
 昨日ご紹介した静岡地判令3.3.5労働判例ジャーナル112-58 国・法務大臣事件は、この問題についても参考になる判断を示しています。

2.国・法務大臣事件

 本件で被告になったのは、国と国家公務員(職業安定所の統括職業指導官)の男性(被告a)です。

 本件で原告になったのは、厚生労働省静岡労働局の非常勤職員であった女性です。ハラスメントを受けた当時、職業安定所の受付職業紹介部門(受付部門)に所属する期間業務職員(就職支援ナビゲーター)として勤務していました。上司である被告aから暴行等を受け、不安神経症や不安抑うつ状態となり、その後の被告国の不適切な対応と相俟って長期間の療養及び休業を余儀なくされたなどと主張して、被告らを相手取り、損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告が問題視した暴行は、被告aから拳で左上腕を突かれたというものです。

 この行為は裁判所では、次のとおり認定されています。

「被告aが、e職員(被告aに反抗的な態度をとった職員 括弧内筆者)の対応について、原告に相談したところ、原告から被告aとe職員が同じ国鉄出身で仲良しだから言いやすいのではないか等と返答されたことに立腹し、原告に対し、e職員と同じとはどういうことだ等という趣旨のことを声を荒げて言いながら、原告の左上腕を拳で上から振り下ろすように1回突き、その後、同旨の発言をしながら原告の左上腕を拳で2回続けて突いた」(本件行為【2】)

 暴行を受けた後、原告は、早退して医療機関を受診し、不安焦燥常態との診断を受けました。その後、休業と復職を繰り返し、結局、退職するに至りました。

 本件で原告は幾つかの注意義務違反を主張しましたが、その中の一つに、本件行為【2】以後の国の対応を問題視するものがありました。より具体的に言うと、原告は、

「一般にパワーハラスメントが行われた場合には、加害者を配置転換させるなどの措置を講じて被害者と加害者を接触させないように配慮する義務がある。原告は、被告aの異動を強く要望していた。また、一般にパワーハラスメントが行われた場合には、使用者は、加害者に対し、懲戒等の制裁措置を講じることなどが求められる。被告国は、静岡労働局をして、被告aの適切な処分を検討し、原告の被害回復に努め、原告が復帰しやすい職場環境を整える義務を負っていた。静岡労働局は、これらの義務を怠り、被告aと同じ部門内に復帰させ、また、被告aの懲戒処分を行わず、原告の公務災害の申請手続について迅速に対応しなかったのであるから、被告国には、原告に対する義務違反がある。」

と主張しました。

 しかし、本件の原告は、本件行為【2】後の職業安定所長bとの間で、次のとおり、被告aとの接触を容認するような発言をしていました。

「原告は、同月10日、本件職業安定所において、30分程度、b所長と面談し、次年度の任用の更新に関するヒアリングを受けた。同ヒアリングにおいて、原告は、更新を希望し、復職できないと業務ができないとみなされるかと質問し、b所長は、それはない旨返答したほか更新の可否は遅くとも同年3月末日から1か月前には知らせる旨述べた。そして、原告は、復職についての話の際、被告aを異動させるか、異動が決まるまで被告aに有給休暇をとってほしい旨希望した。しかし、b所長がそれらのことは難しい旨回答したため、原告は、なるべく被告aとの接触回数を減らしてほしいことや被告aが原告の後ろを通らないようにしてほしい旨希望するとともに、被告aが勤務しているうちに被告aと対応できることが良いことだと思う旨述べた。

 本件では、こうした原告の発言が、被告aを配置転換しなかったことを正当化する理由になるのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の発言は安全配慮義務違反を認定する妨げとはならないと判示しました。結論としても、

「当該事情を把握していた静岡労働局は、同年2月5日から1か月後の同年3月5日までに、被告aを他部署に配属させるなど原告と被告aが対面する機会がないように人事配置を決定し、それを速やかに実践すべき義務を負っていたというべきである。」

と述べたうえ、国の安全配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

なお、原告は、同年2月10日、b所長に対し、被告aが勤務しているうちに被告aと対応できることが良いことだと思う旨述べている・・・が、原告がこのような発言をしたのは、原告が被告aの異動等を求め、それが断られたためであって、原告の第1次的な希望が被告aを異動させ、同人と対面しない環境下で復職することであるのは明らかである。原告の上記発言は、原告の任用の更新のためのヒアリングに続けて行われており、原告が更新において不利に扱われることを危惧して不本意ながら上記発言をしたとしてもやむを得ないといえる。さらに、d医師の判断と原告の病識の齟齬を本件職業安定所が把握していたこと・・・も踏まえれば、原告の上記発言によって、静岡労働局が同発言に沿った対応(被告aを異動させないものの、被告aが原告の後ろを通らないこと、両者が直接やりとりをしないこと等で対応すること。)をとるだけで、上述した義務が履践されたとはいえない。

3.迎合に関する経験則

 迎合的な発言が責任追及のネックにならないことは、これまでも幾つかの場面で認められてきています。

 例えば、最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示し、明示的な抗議・抵抗をしないことや迎合的な態度をとることが、必ずしも後の責任追及に影響しないことを示唆しています。

 本裁判例は、ハラスメントの事後対応の場面で迎合的な態度をとったからといって使用者が免責されないことを示したものです。迎合に関する経験則を示してきた裁判例群に一例を加えるものとして参考になります。