弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

芸能人の労働者性-違約金条項が「諾否の自由」の否定要素とされた例

1.芸能人の労働者性

 労働事件の隣接領域として、フリーランス関係の業務も受任しています。その関係で芸能関係の方から相談、事件を受けることがあります。

 フリーランス関係の事件を処理するにあたっては、労働法に関する知見が重要な意味を持ちます。労働者性さえ主張できれば、解決できる問題が少なくないからです。

 芸能人の方は、「マネージメント契約」(マネジメント契約)などと銘打った業務委託契約のもとで働いている例が多く見られます。これは、芸能人「が」所属事務所「に」自分のマネジメントを委託するという契約です。この契約に基づいて、所属事務所は仕事をとってきて、それを芸能人に処理させます。業務委託契約は、委託者が受託者に仕事をさせるのが典型ですが、「マネージメント契約」の場合これが逆で、受託者が委託者に仕事をさせるというところに特徴があります。

 この特徴は、報道等にも影響しています。芸能人の不祥事が話題になった時に、メディアで「所属事務所を解雇された」などと報じられることがあります。これは法的には受託者である所属事務所側からの業務委託契約の解約である場合が多いのですが、「解雇」と表現されるのは、法的知見に専門性のないマスコミが、仕事の供給(報酬)を絶たれることが解雇と類似していることから、このような言葉遣いをしているのではないかと思います。

 この「マネージメント契約」関係の契約書を見ていると、所属事務所側の利益に著しく傾斜している条項を見ることが少なくありません。知的財産権を全部所属事務所が持って行ってしまうだとか、芸能人の側に所属事務所への専属が義務付けられているだとか、所属事務所から指示された仕事を受けないと違約金が発生するだとか、挙げて行くと際限がありません。

 しかし、こういう問題の多くは、労働者性を主張することによって解決可能です。違約金を例にすると、労働基準法16条は、

「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」

と規定しています。つまり、「マネージメント契約」なるものの法的性質が労働契約であることさえ立証できれば、労働基準法16条違反を理由に違約金の請求は排除することができます。

 この労働者性の判断にあたり、実務上決定的に重要な意味を持つのが、

「昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の『労働者』の判断基準について」

という文書です。実務上、これに掲げられている要素に着目して、労働者か否か(労働契約か否か)は判断されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 労働者性(労働契約性)が認められるのか否かをは判断するにあたり、重要な要素として位置付けられているものの一つに「諾否の自由」という項目があります。諾否の自由がないような契約は労働契約で、仕事の受け手に諾否の自由があるような契約は労働契約ではないといったように考慮されます。

 この「諾否の自由」との関係で、近時公刊された判例集に、注目すべき裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.4.21労働判例1310-107 ファーストシンク事件です。何に目を引かれるのかというと、違約金の定めがあるから、諾否の自由がないといった判断がされているところです。

2.ファーストシンク事件

 本件で原告になったのは、タレントの育成、マネジメント等を業とする株式会社です。

 被告になったのは、芸能活動を行う個人であり、原告が専属的にマネジメント等を行う男性アイドルグループのメンバーだった方です。

 リハーサルやコンサート、イベントに無断欠席したことや、グループを脱退したことが専属マネジメント契約に違反するとして、原告は被告に対して違約金989万円を請求したのが本件です。専属マネジメント契約には、1回の違反につき200万円の違約金が定められており、違反行為5回分の違約金から11万円の未払報酬を差し引いた額というのが請求額の根拠とされています。

 これに対し、被告は労働者性を主張して違約金条項の効力を争うとともに、未払賃金11万円の支払を請求する反訴を提起しました。

 本件の主要な論点は労働者性ですが、裁判所は、次のとおり述べて、労働者性を肯定しました。結論としても、本訴請求を棄却し、反訴請求を認容しています。

(裁判所の判断)

(1)指揮監督下の労働か否か

ア 仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由

「前記前提事実のとおり、本件契約上は、Aの芸能活動の選択及び出演依頼等に対する諾否は、被告原告が協議のうえ、決定するものとするとされていた(本件契約2条3項)。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、Aの知名度を上げる活動は基本的に全部受けることとされており、メンバーは、Aの活動としてライブ、レコーディング、リハーサル等の日程については、可能な限り調整して仕事を受けることを要望されていた。」

「また、前記前提事実のとおり、被告は、タレントとしての資質向上等のため、適宜、原告の推奨するレッスンを受けなければならないともされていた(本件契約6条)。そして、前記認定事実のとおり、Bは、原告代表者から依頼を受けて、Aの芸能活動に深く関与していたところ、BからAへの具体的な指示も多数あった。」

また、前記前提事実のとおり、被告には、本件契約期間中、原告に専属的に所属するタレントとして、原告の指示に従い芸能活動を誠実に遂行するものとする義務が課せられていたところ(本件契約2条1項)、これに違反すると200万円の違約金を支払わなければならないとされていたから(本件契約14条1項)、上記義務は、単なる努力義務ではなかった。

そうすると、被告は、Bの指示どおりに業務を遂行しなければ、1回につき違約金200万円を支払わされるという意識のもとで、タイムツリーに記入された仕事を遂行していたものであるから、これについて諾否の自由があったとは認められない。

イ 業務遂行上の指揮監督の有無

「前記認定事実によれば、原告は、Bに委任して、Aの芸能活動がうまくいくように、Bが仕事を取ってきて、Aのメンバーに対して、主にCを通じて、仕事のスケジューリングを決めて、ある程度、時間的にも場所的にも拘束した上、Cを通じて又は直接、その活動内容について具体的な指示を与えており、前記のとおり、その指示に従わなければ、違約金を支払わされるという状況にあったから、原告の被告に対する指揮監督があったものと認められる。

ウ 拘束性の有無

「前記認定のとおり、主にBが仕事を取ってきて、それをCに伝えて、基本的にCが受ける仕事を決めてタイムツリーに記入して仕事のスケジュールが決まり、また、Aの知名度を上げる仕事であれば、基本的に仕事を断らないという方針であったため、仕事と私用が重なる場合には、できる限り仕事を優先するということがメンバー間で了解事項となっていたことからすると、Bが取ってきた仕事を中心に、それに合わせてスケジューリングを組んでおり、そのとおりの行動を要請されていたものであるから、その限度において、原告による被告の時間的場所的拘束性もあったと認められる。」

エ 代替性の有無

「また、被告は、アイドルグループのメンバーとして芸能活動をしていたものであるから、労務提供に代替性はない。」

オ まとめ

「以上のとおり、被告は、原告の指揮監督の下、ある程度の時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供していたものであるから、原告の指揮監督下の労務の提供であったと認められる。」

(中略)

(4)まとめ

以上によれば、被告は、原告の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対償として給与の支払を受けており、被告の事業者性も弱く、被告の原告への専従性の程度も強いものと認められるから、被告の原告への使用従属性が肯定され、被告の労働者性が認められる。

したがって、本件違約金条項は、労働基準法16条に違反して無効である。

3.違約金でいけるなら・・・

 違約金の定めがあれば直ちに労働者性が認められるというわけではないのでしょうが、違約金を柱として諾否の自由がないと判示されている点は、かなり画期的なことだと思います。冒頭で述べたとおり、芸能人と所属事務所との契約書は所属事務所側の利益に傾斜したものが多く、法外な違約金が定められていることも少なくありません。

 この法外な違約金の定めが労働者性を基礎付けるとなると、救済されるケースは相当数出てくるのではないかと思います。

 本件の事実関係については、

「Bの提案により、被告が、真冬にふんどし一丁で滝行をしたり、Aのメンバーが中国語を勉強し、勉強が進んでいない被告が上裸の上にザリガニを乗せられたり、乳首にドックフードを塗られて犬になめさせるなど罰ゲームを受けるという内容のユーチューブの動画撮影をした。」

「被告は、令和元年12月23日、メンタルクリニックを受診して、適応障害と診断された。」

「被告は、令和2年2月28日のアニバーサリーライブが終わった頃から、Aを脱退したいと思うようになった。」

「そして、被告は、同年6月15日、コンサートを欠席した後、Cが連絡をしてきた際に、Aを脱退したい旨伝えた。」

といった認定が出てきます。

 所掲のような活動を強いられては、メンタルを崩して脱退したいと思うのは、ごく自然なことだと思います。

 違約金の定めを盾に無茶な活動を強いられている芸能人の方の保護を図って行くにあたり、本裁判例は実務上参考になります。