弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

分限回避義務-新規採用職員に対する勤務実績不良を理由とする免職処分との関係

1.分限回避義務

 一般の方には少し聞きなれない言葉だと思いますが、「分限処分」という法律用語があります。これは、公務の能率の維持や適正な運営の確保という目的から、職員の意に反する不利益な身分上の変動をもたらす処分をいいます。分限処分には、降任、免職、休職、降級の4種類があります(国家公務員法78条、79条、人事院規則11-10、地方公務員法28条参照)。

 分限処分の中でも、免職処分との関係で、裁判上「分限回避義務」が尽くされているのかどうかが問題になることがあります。これは、解雇の場合に、解雇回避努力が尽くされているのかどうかが問題にされることと似たような話です。

 分限免職されるパターンには、

勤務実績不良(国家公務員法78条1号、地方公務員法28条1項1号)、

心身の故障(国家公務員法78条2号、地方公務員法28条1項2号)、

職務適格性欠如(国家公務員法78条3号、地方公務員法28条1項3号)、

職制・定数の改廃、予算の減少による廃職・過員(国家公務員法78条4号、地方公務員法28条1項4号)、 

の四類型があります。

 このうち、職務適格性欠如に関しては、最二小判昭48.9.14労働判例186号45頁 広島県教委事件が、免職処分における適格性を、

「現に就いている職に限らず、転職の可能な他の職をも含めてこれらすべての職についての適格性である」

と判示したことによって、事実上分限回避義務が認められています。

 職制・定数の改廃、予算の減少による廃職・過員に関しては、分限回避義務を認めるものや、配置転換の容易性が前提としてこれを認めるものがあるなど、裁判例の傾向は必ずしも安定していません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕719-711頁参照)。少なくとも、公務員の場合、行政裁量が広範であることもあいまって、民間のように解雇回避努力が当然の如く認めらるという感じではありません。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、新規採用職員に対する勤務実績不良との関係で、事実上の分限回避義務を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、福岡高判令5.11.30労働判例1310-29、熊本地判令5.3.24労働判例1310-35 宇城市(職員・分限免職)事件です。

2.宇城市(職員・分限免職事件)

 本件で被告(控訴人)になったのは、地方公共団体の宇城市です。

 原告(被控訴人)になったのは、令和2年3月に大学法学部を卒業し、令和2年4月1日付けで被告に採用された方です。第一次試験(筆記)91人中1位、第二次試験(集団面接)33人中6位、第三次試験(論文、個別面接)21人中7位と良好な成績を修めていました。

 被告では、メンターと呼ばれる

「新規採用職員の採用日から1年間、新規採用職員が配置された課の課長又は課長相当職の者が指名した職員・・・が、当該課の新規採用職員に対してOJTによる業務指導を行うと共に、職員規律・接遇・勤務態度などを指導・助言・対話により技術的・精神的にサポートする制度」

を実施していました。原告は、初めての係長、メンター経験を有していなかった主査のもと、5点満点中1点又は2点ばかりの評点をつけられたり、自己評価を低く書き換えさせられたうえ、勤務実績の不良を理由に令和2年9月30日付けで分限免職処分を受けました。

 これに対し、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。原告勝訴の一審判決は、被告によって控訴されましたが、福岡高裁によっても、一審の判断は維持されています。

 なお、青字は控訴審で削除された文です。

(裁判所の判断)

「地方自治体である被告が条件付採用期間中の職員の分限に関する条例(同法29条の2第2項)を定めておらず、本件処分を人事院規則11-4第10条2号の『勤務の状況を示す事実に基づき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき』に該当することを理由に行っていることに照らすと、上記該当性の判断については新規採用職員の任用権者である被告に相応の裁量権が認められるものの、その裁量権は純然たる自由裁量ではなく、当該処分が合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものになるというべきである(最高裁判所昭和49年12月17日第三小法廷判決・集民113号629頁参照)。」

「なお、条件付採用職員を分限免職するに当たっても、当該職員が現に就いている職位に限らず、異動の可能な他の職位を含めて地方自治体の職員としての適格性を欠くか否かを厳密、慎重に判断する必要があるものと解される(最高裁判所昭和48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。」(筆者注 広島県教委事件) 

(中略)

「上記・・・のとおり、令和2年4月から9月までの原告の勤務状況及び指導状況によっても、市役所職員としての資質・適格性に欠ける程度まで原告の勤務成績が不良であったと評価することはできないから、同年9月における原告の人事評価(C係長による1次評価及びB次長による2次評価)が5点満点中最低の1点又は2点ばかりとされていること・・・については、評価者の恣意が入りすぎて厳しすぎるものとなっており、十分な合理性及び客観性を欠いているといわざるを得ない。

なお、人事評価は自己評価も含めて公平性、透明性を確保しつつ多面的にされるべきものであるから、C係長が原告の自己評価を書き換えさせたこと・・・は適切でなかったというべきであるし、原告が自らの能力不足を自認していた旨の被告の主張はその前提を欠くものというほかない。

「また、被告は、原告の意思に沿わない分限免職という最終的かつ原告にとって最も不利益な手段を採る前に、D主査をメンターから交代させるなどして原告の指導・支援体制を見直すことや、原告を同人のような職員に適した他の部署へ異動させるなどの代替手段を全く検討していない。そして、これらの代替手段を採ることにより原告が良好な上司及びメンターとの人間関係の下で自らの欠点を克服し、組織の一員として成長する可能性はあったと考えられる一方、被告がこれらの代替手段を具体的に検討することが不可能であったことを窺がわせる事情はないことに照らすと、被告がC係長等からの報告のみに依拠する形で原告に成長・改善の可能性がないと即断していたことが推認される。」

「さらに、原告はC係長やD主査の指導を素直に受け入れていることに加え、原告の臨時採用時の状況に特段の問題はなく・・・採用時の成績はむしろ優れたものであり性格面でも特段の問題はなかったこと・・・、原告とごく近くの席で働いていたE主事が原告の勤務態度について積極的に電話に出て話し方も工夫していたほかデジタル化の意識が高いなど良い面も見られた旨証言していること・・・を併せ考慮すれば、原告には他部署への異動や更なる指導、研修等による成長・改善の可能性が相応に存在したというべきである。

「そして、上記・・・の事情を総合的に判断すると、本件処分は、その前提となる原告の勤務成績についての評価を誤った上、代替手段や処分の相当性についての十分な検討を経ることなく行われたものであって、C係長及びD主査が原告に繰り返し指導しても改善が見られないと感じ両名の負担感が増大していたことが窺われることや、新型コロナ禍の下でも被告において例年とほぼ同様の新規採用職員に対する指導体制が採られていたこと・・・、地域振興課に新規採用職員が配置されていた前例があったこと・・・を踏まえても、合理性のある処分として許容される限度を超えた不当なものであるといわざるを得ない。したがって、本件処分は、裁量権の行使を誤った違法な処分として取消しを免れない

3.広島県教委事件最高裁判決の引用が削除されていはいるが・・・

 確かに、二審によって広島県教委事件最高裁判決の引用部分は判決から削除されています。

 しかし、免職にあたり、指導体制の見直しや、異動等の検討を要すると指摘している一審判断は、二審でも引き続き維持されています。これは、事実上、分限回避義務を認めたものと理解しても差し支えないように思います。

 条件付採用職員には分限の規定の適用が除外されているため(国家公務員法81条、地方公務員法29条の2)、上記判示は勤務実績不良そのものについての判断ではないのですが、より身分的に不安定な条件付採用職員の場合でも所掲のような判断がなされるのであれば、正職員の場合、より身分保障的な判断がなされて然るべきです。したがって、裁判所の判断は、広く公務員一般に妥当するのではないかと思います。

 本裁判例は、勤務実績不良を理由とする分限免職処分の効力を争うにあたり、実務上参考になります。