弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

好成績で採用された新規採用職員へのメンターの萎縮・困惑させる指導、恣意的な厳しい評価が否定された例

1.条件付採用

 地方公務員法22条本文は、

「職員の採用は、全て条件付のものとし、当該職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。」

と規定しています。

 国家公務員法にも

職員の採用及び昇任、職員であつた者又はこれに準ずる者のうち、人事院規則で定める者を採用する場合その他人事院規則で定める場合を除き、条件付のものとし、職員が、その官職において六月の期間・・・を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、正式のものとなるものとする。

という同趣旨の規定があります(国家公務員法59条)。

 これは民間でいう試用期間のようなものです。ただ、民間でいう試用期間が解雇権濫用法理(労働契約法16条)のもと、その適法性を厳格に審査されるのに対し、条件付採用職員(条件付任用職員)に対する分限免職処分(懲戒事由に該当するような悪いことをしているわけではなくても職務適格性がないことをなどを理由に免職処分を行うこと)は、基本的にその有効性が認められるという違いがあります。要するに、条件付採用職員や条件付任用職員に対する分限免職処分は、滅多なことでは無効にならないということです。

 しかし、近時公刊された判例集に、条件付採用期間中の新卒職員に対する分限免職処分が取り消された裁判例が掲載されていました。福岡高判令5.11.30労働判例1310-29、熊本地判令5.3.24労働判例1310-35 宇城市(職員・分限免職)事件です。福岡高裁の判断は一審熊本地裁の控訴審です。

2.宇城市(職員・分限免職)事件

 本件で被告になったのは、地方公共団体の宇城市です。

 原告になったのは、令和2年3月に大学法学部を卒業し、令和2年4月1日付けで被告に採用された方です。第一次試験(筆記)91人中1位、第二次試験(集団面接)33人中6位、第三次試験(論文、個別面接)21人中7位と良好な成績を修めていました。

 被告では、メンターと呼ばれる

「新規採用職員の採用日から1年間、新規採用職員が配置された課の課長又は課長相当職の者が指名した職員・・・が、当該課の新規採用職員に対してOJTによる業務指導を行うと共に、職員規律・接遇・勤務態度などを指導・助言・対話により技術的・精神的にサポートする制度」

を実施していました。原告は、初めての係長、メンター経験を有していなかった主査のもと、5点満点中1点又は2点ばかりの評点をつけられたり、自己評価を低く書き換えさせられたうえ、勤務実績の不良を理由に令和2年9月30日付けで分限免職処分を受けました。

 これに対し、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。原告勝訴の一審判決は、被告によって控訴されましたが、福岡高裁によっても、一審の判断は維持されています。

 なお、赤字は控訴審による改め文、青字は控訴審で削除された文です。

 また、

黒字のC係長=赤字のA係長

黒字のD主査=赤字のB主査

黒字のG補佐=赤字のE補佐

に対応します。

(裁判所の判断)

「地方自治体である被告が条件付採用期間中の職員の分限に関する条例(同法29条の2第2項)を定めておらず、本件処分を人事院規則11-4第10条2号の『勤務の状況を示す事実に基づき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき』に該当することを理由に行っていることに照らすと、上記該当性の判断については新規採用職員の任用権者である被告に相応の裁量権が認められるものの、その裁量権は純然たる自由裁量ではなく、当該処分が合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものになるというべきである(最高裁判所昭和49年12月17日第三小法廷判決・集民113号629頁参照)。」

「なお、条件付採用職員を分限免職するに当たっても、当該職員が現に就いている職位に限らず、異動の可能な他の職位を含めて地方自治体の職員としての適格性を欠くか否かを厳密、慎重に判断する必要があるものと解される(最高裁判所昭和48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。」

(中略)

・令和2年4月から6月までの勤務状況等について

「原告には、令和2年4月から6月までの期間中、文書作成、電話及び窓口における当事者対応、担当業務の理解等に未熟な面が見られている・・・ものの、大学を卒業したばかりの新規採用職員が初めて市役所における実際の業務を担当し、公用文を使った文書の作成や、市民からの電話・窓口対応をスムーズに行えるようになるまでには相応の習熟期間が必要であること・・・に加え、同期間中のC係長の評価・・・及びD主査の評価・・・には、原告の勤務状況に係る問題点を指摘しつつ、両名からの指導を原告が素直に受け止めメモを取り電話や窓口の対応を丁寧に行うようになるなど改善点も挙げられている一方、原告が合理的な理由なく両名の指導に反発したり、自己の考えを押し通そうとしたりするなどの改善の意欲に欠ける行動に出ていたとは窺われないことを併せ考慮すると、上記期間中における原告の勤務状況をもって直ちに原告が市役所職員としての適格性を欠いていたとはいえないし、新規採用から約3か月が経過した令和2年6月末の時点以降引き続き適切な指導が行われた場合に原告の執務能力が改善する可能性は十分存在していたということができる。」

・令和2年7月から8月までの勤務状況等について

「原告には、令和2年7月から8月までの期間中、作成した文書の誤字脱字、書式や文体の不統一や、印刷方法の不手際、電話、窓口対応等における不備が依然として見受けられる・・・ものの、同期間中のC係長の評価・・・には、原告の勤務状況に係る問題点を指摘しつつ、C係長及びD主査からの指導を原告が素直に受け止めメモを取り電話や窓口の対応を丁寧に行うようになるなど改善点も挙げられている一方、原告が合理的な理由なく両名の指導に反発したり自己の考えを押し通そうとしたりするなどの改善の意欲に欠ける行動に出ていたとは窺われない。」

「また、令和2年7月から8月までの間は、原告がC係長及びD主査から度重なる指導を受け、業務日報を毎日作成させられるようになっていた・・・ものであるが、C係長及びD主査は原告に自らの指導が伝わらないことについて特段の工夫をしていないし、特に原告の質問に対して質問で返したり、自らは椅子に座り原告を立たせたまま指導したりするというD主査の手法・・・が新規採用職員である原告にとって分かりにくく失敗を責めるようなものとなっており、原告を更に萎縮・困惑させて自らの考えを述べたり、業務に関する質問をしたりすることが困難な状況を作りだしていたこと、C係長及びD主査が業務以外の話をするなど原告とのコミュニケーションを積極的に取ろうとしていたとは窺われないことからすれば、原告が上司からの指導を受けて十分に改善を図れなかったことについては、原告を指導する立場にあったC係長及びD主査の側にも相応の原因があり、原告に対する指導・支援体制は十分でなかったというべきである。

「特に、同年8月以降原告が毎日作成を命じられていた業務日報の記載方法等について誤りが見られたことなどもあって、C係長及びD主査の原告に対する評価が厳しくなっていることが窺われるところ、この頃には原告がD主査への苦手意識もあって萎縮した状態にあったことはC係長及びD主査も認識していたないし認識し得たこと・・・に加え、原告には指導を受けた後に改善しようとする姿勢が見られたこと・・・に鑑みると、C係長及びD主査は、原告に対する指導の仕方についてより工夫し、B次長や人事担当者と相談して原告に対する指導・支援体制を見直す・・・ことが相当であったということができる。

「そうすると、上記期間中における原告の勤務状況をもって直ちに原告が市役所職員としての適格性を欠いていたとはいえないし、新規採用から約5か月が経過した令和2年8月末の時点以降引き続き適切な指導が行われた場合に原告の執務能力が改善する可能性は十分存在していたということができる。」

・令和2年9月の勤務状況等について

「原告には、令和2年9月中にも、作成した文書の誤字脱字、起案分の体裁、電話、窓口対応等における不備が依然として見受けられる・・・ものの、それらの多くは被告内部での出来事にすぎない。また、本件処分に至るまでの被告の内部手続において原告の分限免職を回避する方向での検討がされたとは認められない・・・。E補佐は、他部署への異動等を検討したが、被控訴人の従前の勤務状況や、能力・意識の問題からすると、他部署へ異動させても問題は解決しないと考えてそれ以上の検討はしなかった旨証言する・・・。しかし、E補佐は、被控訴人が遅くとも令和2年8月頃の時点では、メンターであったB主査に対し苦手意識を持ち、萎縮しており、B主査もA係長もそのことを認識し又は認識し得る状況であったにもかかわらず・・・、かかる情報を収集することもないまま、本件処分に係る手続を進行させたことが認められる・・・。これに関連して、同年5月から同年6月にかけて、被控訴人の新規採用職員育成シート上の評価が明らかに悪化しているにもかかわらず・・・、控訴人(E補佐を含む人事担当部署)において、その原因等、たとえば新型コロナウィルス対策により人と人との接触が減ったことが影響しているのではないか等、につき検討された形跡も証拠上認められない。そして、同年4月以降の被控訴人の勤務状況等・・・をみても、被控訴人の担当業務に関する知識や、電話、窓口応対等を含め、複数の事項につき改善が認められ、指導に対する姿勢をみても、被控訴人には業務改善・能力向上の意欲が認められる。このようにみると、控訴人において、被控訴人の勤務状況や能力等につき、必要な情報が収集されず、これを踏まえた検討がされないまま、被控訴人の他部署への異動等も適切に検討されなかったことが認められる。これらに加え、同年8月27日の原告との2回目の面談においてG補佐が市長に相談した上で改善できない場合本採用が難しい旨を原告に伝えていること・・・、同年9月11日には自主退職を原告に迫り同月30日付けで本件処分を実施したこと・・・に照らすと、被告は同年8月27日の2回目の総務課が原告と面談した時点までには原告を自主退職させるか、自主退職しない場合には分限免職する方針を内部で決定し、そのことを同年9月11日にG補佐から原告に告知していたことが推認される。そうすると、同年9月中の原告の不良な勤務状況として被告の指摘する出来事は上記方針を決定する事由となっておらず、むしろ同方針を正当化するためのものにすぎない可能性があると認められる。仮に考慮するとしても、同年9月の勤務状況や指導の状況をもって原告の市役所職員としての適格性を否定することは相当でないと考えられる。」

・小括

「上記・・・のとおり、令和2年4月から9月までの原告の勤務状況及び指導状況によっても、市役所職員としての資質・適格性に欠ける程度まで原告の勤務成績が不良であったと評価することはできないから、同年9月における原告の人事評価(C係長による1次評価及びB次長による2次評価)が5点満点中最低の1点又は2点ばかりとされていること・・・については、評価者の恣意が入りすぎて厳しすぎるものとなっており、十分な合理性及び客観性を欠いているといわざるを得ない。

なお、人事評価は自己評価も含めて公平性、透明性を確保しつつ多面的にされるべきものであるから、C係長が原告の自己評価を書き換えさせたこと・・・は適切でなかったというべきであるし、原告が自らの能力不足を自認していた旨の被告の主張はその前提を欠くものというほかない。

「また、被告は、原告の意思に沿わない分限免職という最終的かつ原告にとって最も不利益な手段を採る前に、D主査をメンターから交代させるなどして原告の指導・支援体制を見直すことや、原告を同人のような職員に適した他の部署へ異動させるなどの代替手段を全く検討していない。そして、これらの代替手段を採ることにより原告が良好な上司及びメンターとの人間関係の下で自らの欠点を克服し、組織の一員として成長する可能性はあったと考えられる一方、被告がこれらの代替手段を具体的に検討することが不可能であったことを窺がわせる事情はないことに照らすと、被告がC係長等からの報告のみに依拠する形で原告に成長・改善の可能性がないと即断していたことが推認される。」

「さらに、原告はC係長やD主査の指導を素直に受け入れていることに加え、原告の臨時採用時の状況に特段の問題はなく・・・採用時の成績はむしろ優れたものであり性格面でも特段の問題はなかったこと・・・、原告とごく近くの席で働いていたE主事が原告の勤務態度について積極的に電話に出て話し方も工夫していたほかデジタル化の意識が高いなど良い面も見られた旨証言していること・・・を併せ考慮すれば、原告には他部署への異動や更なる指導、研修等による成長・改善の可能性が相応に存在したというべきである。

「そして、上記・・・の事情を総合的に判断すると、本件処分は、その前提となる原告の勤務成績についての評価を誤った上、代替手段や処分の相当性についての十分な検討を経ることなく行われたものであって、C係長及びD主査が原告に繰り返し指導しても改善が見られないと感じ両名の負担感が増大していたことが窺われることや、新型コロナ禍の下でも被告において例年とほぼ同様の新規採用職員に対する指導体制が採られていたこと・・・、地域振興課に新規採用職員が配置されていた前例があったこと・・・を踏まえても、合理性のある処分として許容される限度を超えた不当なものであるといわざるを得ない。したがって、本件処分は、裁量権の行使を誤った違法な処分として取消しを免れない。

3.新人に対する不適切指導、恣意的評価が否定された例

 好成績で採用された新人に対し、いじめまがいの指導が行われたり、異様に厳しい評価がくだされたりする例は、公務員だけではなく、民間企業でも散見されます(ただ、流石に、自己評価を低く書き換えさせて、それを能力不足を自認していた証拠として活用するほどグロテスクな例を見ることは稀ではあります)。

 公務員の分限免職処分は滅多なことでは否定されないのですが、幾ら何でも本件は不適切と考えたのか、裁判所は、原告の請求を認めました。公務員で認められるということは、民間で似たようなことが行われれば、先ず、解雇無効になるということだと思います。

 新人指導の問題は、毎年のように出てきます。そろそろ今年度就職に係る試用期間が明けるころではないかと思いますが、不適切指導・恣意的評価によって職場から排除されそうになっている方は、本件のように法的に争うという選択があることも知っておいてよいように思います。