弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パーソナリティ障害を理由とする分限免職の可否

1.心身の故障を理由とする分限免職処分 

 「公務能率を維持するための官職との関係において生ずる公務員の身分上の変動で職員に不利益を及ぼすもの」を分限といいます(森園幸男ほか編著『逐条国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕645頁参照)。

 病気で働けなくなることは本人の責任ではありませんが、「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに耐えない場合」、国は公務能率を維持する観点から、職員を免職(分限免職)にすることができます(国家公務員法78条2号参照)。

 これと類似した仕組みは、地方公務員にも設けられています(地方公務員法28条1項2号さ参照)。

2.境界性パーソナリティ障害を理由とする分限免職処分

 分限免職処分の理由となる精神疾患としては、しばしば鬱病や統合失調症などが問題になります。

 しかし、近時公刊された判例集に、境界性パーソナリティを理由とする分限免職の可否が問題になった裁判例が掲載されていました。神戸地判令3.3.11労働判例ジャーナル112-52 神戸市事件です。

 境界性パーソナリテイ障害とは、次のような疾患をいいます(神戸市事件の判決文より引用)。

「パーソナリティとは、生物学的・遺伝的な気質のほか、成長の段階で様々な環境要因によって形成された総合的な人格をいうところ、パーソナリティ障害とは、その人が属する文化から期待されるものから著しく偏り(パーソナリティ機能の偏り)、広範でかつ柔軟性がなく、青年期又は成人期早期に始まり、長期にわたり変わることなく苦痛又は障害を引き起こす内的体験及び行動の持続的様式をいう・・・。」

「パーソナリティ障害は、複数の様式に分類されるところ、その1つに境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害がある。境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害とは、対人関係、自己像、感情の不安定と、著しい衝動性を示す様式をいう・・・」

「境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害の最も一般的な型は、成人期早期の慢性的な不安定さが続き、経過の中で深刻な情動及び衝動の制御困難を伴う様式である。激しく情動的になる傾向、衝動性、対人関係における激しさはしばしば一生続くが、治療的介入を受けた人はその最初の1年以内から改善し始めることもしばしばある。この症状をもつ人の大部分は、30代や40代になれば対人関係も職業面の機能も安定してくるとされている。」

「一般に、パーソナリティ障害は人格に関するものであるから、完治という概念はなじまない。ストレスがその耐性の範囲内に治まっている場合に衝動行為を制御することができる。そこで、治療としては、情動の安定を維持するような働きかけが中心となる。」

「治療方法は、患者の精神状態による。患者が危機状態(精神病性の退行や自己破壊的行為等の状態)にある場合や、患者の家族の混乱や疲弊が著しい場合は、入院治療が選択される。患者が日常生活を送ることが可能である場合は、外来治療が基本となる。」

「具体的な治療は、支持的精神療法、認知行動療法、弁証法的行動療法等といった精神療法(心理療法)のほか、薬物療法(非定型抗精神病薬等の投与)がある・・・。」

 この疾患の特徴は、傍線部のとおり、完治という概念に馴染みにくいところです。

 人格は治るものでも治すものではありませんが、このように完治に馴染みにくい疾患(境界性パーソナリティ障害)を理由とする分限免職の可否は、どのように判断されるのでしょうか?

 神戸市事件の裁判所は、この問題を考えるにあたり参考になる判示をしています。

3.神戸市事件

 本件で原告になったのは、被告神戸市の女性職員の方です(平成3年任用)。

 被告になったのは、普通地方公共団体である神戸市です。

 平成27年8月20日、原告は朝礼開始前に庁舎内の炊事場に置かれていた包丁のうち1本を持ち出し、リーダー職員の方に向かって行きました。

 それに気付いたC所長が両者の間に割って入ったところ、原告は「今日は刺すために来た。」と言い、自席に戻り、最終的に包丁を自席に置き、D副所長がこれを取り上げました(8月20日事案)。

 原告は翌8月21日から病気休職となり、休職命令が何回か更新された後、休職期間の満了日である平成28年3月31日付けで、

「二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」(地方公務員法28条1項2号)

「三 前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合」(地方公務員法28条1項3号)

に該当するとして、分限免職処分(本件処分)を受けました。

 休職期間中、原告は、複数の医師から、双極性感情(気分)障害、境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害との診断を受けていました。

 このような事実関係のもと、地方公務員法28条1項2号3号への該当性を否定し、原告が被告を相手取って、本件処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告は、

「本件指針(神戸市職員分限処分の指針 括弧内筆者)・・・では、今後、職務遂行が可能となる見込みがないと認められる職員については病気休職期間を与え、休職期間満了時点での回復状態を確認することなく分限免職処分をすることができるとされている。そして、被告が、一般に、職員や来庁者の安全を確保する義務を負っていることに照らせば、『今後職務遂行が可能となる見込みが』ある場合とは、衝動行為が再発する可能性が完全に消失する見込みがある場合をいうと解すべきである。

と述べ、本件処分の正当性を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて被告の主張を排斥し、本件処分の取消を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、8月20日事案の後、上記傷病について治療を受けた結果、同年12月時点で改善傾向が見られ、職場における問題行動の再発を回避できる可能性があるとされており、原告において、治療を継続し、かつ、より精神的負担の少ない職務に従事すれば、今後、原告が職場で問題行動に及ぶ可能性を抑えることができる見込みが十分にあったということができる。このことは、原告は、その後の治療により、平成28年11月から日雇い派遣等での就労を始め、平成29年10月以降、1日6時間半ではあるものの、週4、5日程度就労するまで回復していること・・・からもうかがわれる。」

「そうすると、原告について、本件処分当時、心身の故障の状態が改善される見込みがない、又は今後も相当長期間の療養が必要であったとまではいえず、また、今後職務遂行が可能となる見込みがなかったということもできないというべきである。

これに対し、被告は、本件指針・・・における『今後職務遂行が可能となる見込みがないと認められる職員』(同指針2条2項)とは、職員が境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害にり患している場合、衝動行為に及ぶ可能性が完全に消失する見込みがない限りこれに当たると解すべきである旨主張する。

しかし、境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害は飽くまで人格に関するものであり、完治することが難しいとされていること・・・に照らせば、衝動行為に及ぶ可能性が完全に消失する見込みがない限りこれに当たると解することは相当でなく、衝動行為に及ぶ可能性を抑えることができる見込みがない場合に限り、今後職務遂行が可能となる見込みがないということができるというべきである。したがって、被告の上記の主張は独自の見解であり、採用することができない。

「また、被告は、ストレス耐性を上回る精神的負担が原告にかかった場合には、衝動行為に及ぶ可能性がある以上、原告を今後職場に復帰させることは不可能である旨主張し、H医師もこれに沿う証言・陳述をする・・・。」

「そこで検討すると、双極性感情(気分)障害及び境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害は、完治することが難しいとされており、ストレスがその耐性の範囲を超えた場合に衝動行為に及ぶ可能性があることは否定できない・・・。しかし、境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害は飽くまで人格に関するものであるが、情動の安定を維持するような治療により衝動行為を制御することができること・・・に照らせば、今後、職務遂行が可能となる見込みがあるか否か・・・を判断するに当たっては、上記に起因する衝動行為を抑えることができると見込まれるか否かを問題とすべきである。そして、本件処分当時、原告が自傷行為等の衝動行為に及ぶ可能性を抑えることができると見込まれる状態であったといえることは、上記・・・のとおりである。

「したがって、H医師の上記証言・陳述をそのまま採用することはできず、被告の上記の主張は採用することができない。」

「さらに、被告は、原告の症状が重篤であり、今後3年間(病気休職の期間)で改善する見込みがなかった旨主張する。」

「しかしながら、原告が服用する薬を変更した後、約2か月という短期間で改善がみられたこと・・・からすると、原告が平成13年頃から宮崎クリニックに不定期に通院していたにもかかわらず、症状が改善しなかった原因は、原告に適合する薬が処方されていなかった可能性があることに照らせば、本件処分当時、原告について、今後3年間でその症状が改善する見込みがなかったとはいえず、被告の上記の主張は採用することができない。

「以上より、本件処分時点において、原告に地方公務員法28条1項2号所定の処分事由があったと認めることはできない。」

4.衝動行為に及ぶ可能性を抑えることが見込まれればいい

 冒頭に述べたとおり、(境界性)パーソナリティ障害は、人格に関する問題であるため、完治という概念に馴染みません。完全にリスクがなくなることを要求すると、パーソナリティ障害者は、障害を持っているがゆえに公務から締め出されることにもなりかねないため、本件で神戸市が主張した見解が裁判所でも採用されると、パーソナリティ障害の方にとって、かなり酷なことになります。

 しかし、裁判所は、神戸市が主張したような極端な見解は採用せず、衝動行為に及ぶ可能性を抑えることに力点を置いた判断枠組を採用しました。

 神戸地裁の判示事項は、パーソナリティ障害を理由とする分限免職の可否を判断するにあたり、参考になるように思われます。