弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

疾患による問題行動と分限事由としての職務適格性

1.分限事由-職務適格性の欠如

 公務員法は、公務の能率を維持するという観点から、本人に問題がなかったとしても、公務員としての地位を失わせることを認めています。一般に、分限免職と呼ばれる処分です。

 分限免職事由には4つの類型があります。

 具体的に言うと、

勤務成績不良(国家公務員法78条1号、地方公務員法28条1項1号)、

心身の故障(国家公務員法78条2号、地方公務員法28条1項2号)、

職務適格性欠如(国家公務員法78条3号、地方公務員法28条1項3号)、

廃職・過員(国家公務員法78条4号、地方公務員法28条1項4号)

の4つです。

 この4つの類型は互いに排反しているわけではなく、重なり合うこともあります。特に精神的な疾患・障害は、二次的に勤務成績不良や、職務適格性に疑義を生じさせる問題行動と結びつきやすいこともあり、「心身の故障」が問題となる事件では、しばしば「勤務成績不良」や「職務適格性欠如」も国・地方公共団体側から分限事由として主張されます。

 それでは、精神的な障害、疾患が問題行動に繋がって、職務適格性欠如が主張された場合、分限免職の可否は、どのように判断されるのでしょうか?

 問題行動の原因が、精神的な障害、疾患と関わっていようがいまいが、適格性に疑義を生じさせる行動がある以上、免職は免れないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、神戸地判令3.3.11労働判例ジャーナル112-52 神戸市事件です。

2.神戸市事件

 本件で原告になったのは、被告神戸市の女性職員の方です(平成3年任用)。

 被告になったのは、普通地方公共団体である神戸市です。

 平成27年8月20日、原告は朝礼開始前に庁舎内の炊事場に置かれていた包丁のうち1本を持ち出し、リーダー職員の方に向かって行きました。

 それに気付いたC所長が両者の間に割って入ったところ、原告は「今日は刺すために来た。」と言い、自席に戻り、最終的に包丁を自席に置き、D副所長がこれを取り上げました(8月20日事案)。

 原告は翌8月21日から病気休職となり、休職命令が何回か更新された後、休職期間の満了日である平成28年3月31日付けで、

「二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」(地方公務員法28条1項2号)

「三 前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合」(地方公務員法28条1項3号)

に該当するとして、分限免職処分(本件処分)を受けました。

 休職期間中、原告は、複数の医師から、双極性感情(気分)障害、境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害との診断を受けていました。

 このような事実関係のもと、地方公務員法28条1項2号3号への該当性を否定し、原告が被告を相手取って、本件処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴の一つは、明らかに心身の故障に起因している問題行動(8月20日事案)について、職務適格性の欠如を基礎付ける事実であるとも構成されている点にあります。

 裁判所は、2号該当性を否定したうえ、次のとおり判示し、3号該当性も否定しました。

(裁判所の判断)

地方公務員法28条1項3号にいう必要な適格性を欠く場合とは、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、又は支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいう(最高裁判所昭和43年(行ツ)第95号同48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。

「これを本件についてみるに、まず、原告は、8月20日事案より前には、双極性感情(気分)障害及び境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害と診断されていないが、上記・・・説示に照らすと、8月20日事案を含めて原告の職場での問題行動は、上記疾患に起因するものであったとみることができ、そうだとすると、原告の職場での問題行動は、直ちに簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因するものということができないというべきである。

「この点を措くとしても、

〔1〕原告は、平成3年4月に被告に任用された後、安定して職務に従事していた時期が認められること・・・、

〔2〕本件処分当時、平成27年8月頃当時と比較して原告の症状が改善しており、原告が、双極性感情(気分)障害及び境界性(情緒不安定性)パーソナリティ障害に起因する衝動行為に及ぶ可能性を抑えることができると見込まれる状態であったこと・・・、

〔3〕原告は、被告に事務職(一般行政事務に従事するもの)として任用されており・・・、被告において、原告にとってよりストレスの少ない職務に従事させることが可能であったといえること

をも考慮すれば、原告について、本件処分当時、その職務の円滑な遂行に支障があり、又は支障を生ずる高度の蓋然性が認められたということはできないというべきである。

これに対し、被告は、平成23年~平成27年当時の原告の言動、特に同年8月20日の行為の危険性に照らし、原告が必要な適格性を欠く旨主張する。

しかし、本件処分当時、原告が、今後このような衝動行為に及ぶ可能性を抑えることができると見込まれる状態であったから、被告の主張する原告の言動から、直ちにその職に必要な適格性を欠くということはできず、被告の上記の主張は採用することができない。

「また、被告は、仮に、原告を他の職に異動させたとしても、原告に精神的負担がかかることが避けられず、原告が今後も同様の衝動行為に及ぶ危険性がある旨主張する。」

「しかし、上記・・・説示のとおり、原告は、安定して職務に従事していた時期が認められることからすれば、被告において精神的負担の少ない職に配置するなどの対応が可能であるから、被告の上記の主張は採用することができない。」

「以上より、本件処分時点において、原告に地方公務員法28条1項3号所定の処分事由があったと認めることはできない。」

3.治療によって問題行動を抑えられれば、3号該当性も否定できる

 上記のとおり、裁判所は、問題行動があったとしても、治療によって問題行動を抑えることができる限り、3号該当性は否定されると判示しました。これは、2号該当性を否定すれば、心身の故障に起因する問題行動を理由とする3号該当性も事実上否定する趣旨であるようにも読めます。

 根拠となる該当法条が複数並んでいると、一見、乗り越えなければならないハードルがたくさんあるように思われます。

 しかし、対象となる社会的事象が異ならない場合、問題かどうかを判断する構造は似通っていて、実質的に考察すると乗り越えなければならないハードルが一つだけであることは少なくありません。

 そのため、複数の該当法条をもとに不利益処分がされている場合でも、それだけで過度に悲観的になる必要はないだろうと思います。