1.金品の受領
職務の公正を守るため、仕事上の関係者から金品を受領することを禁止している組織、団体は少なくありません。
例えば、公務員は職務に関連して賄賂を収受すれば収賄罪(刑法197条1項)に問われますし、弁護士職務基本規程49条1項は、「弁護士は、国選弁護人に選任された事件について、名目のいかんを問わず、被告人その他の関係者から報酬その他の対価を受領してはならない。」と国以外の者からの国選事件に関する対価受領を禁止しています。
民間の場合も(業務上)横領罪(刑法252条、253条)、背任罪(刑法247条)などの刑罰法規だけでは職務の公正を守ることができないとして、仕事上の関係者からの金品の受領を禁止する例が少なくありません。厚生労働省が作成しているモデル就業規則でも、
「職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたとき。 」
が懲戒事由として規定されています。
こうした就業規則が一般化していることもあり、仕事上の関係者から金品を受領して懲戒になる例は少なくないのですが、この時、しばしば、
社会的儀礼の範囲といえるのか?
という点が問題になります。犯罪にあたる場合はともかく、社会的儀礼の範疇といえるような場合にまで解雇や懲戒処分といった不利益処分を科するのは、合理的とも相当とも言えないのではないかという問題です。
近時公刊された判例集に、この金品受領と社会的儀礼との関係が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令6.2.15労働判例ジャーナル152ー48 学校法人帝京科学大学事件です。
2.学校法人帝京科学大学事件
本件で被告になったのは、C高等学校(本件高校)を設置する学校法人です。
原告になったのは、昭和34年生まれの方で、昭和57年から令和2年3月31日に定年退職するまでの間、本件高校の体育教諭・剣道部監督として勤務してきた方です。定年退職後は、被告との間で、期間1年の有期雇用契約を締結し、非常勤の剣道部監督として引き続き本件高校で勤務していました。
しかし、
「令和2年1月末頃(遅くとも同年2月26日)、男子剣道部キャプテンが剣道部保護者会会長の指示により部員から1人当たり5000円ずつ徴収した現金(合計14万5000円)を、還暦祝いとして受領した。」(解雇理由〔1〕)
ことなどを理由に解雇されてしまったため、その無効を主張し、地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では複数の解雇理由が主張されましたが、上記解雇理由〔1〕との関係において、裁判所は、次のとおり判示しました。なお、結論として、本件では、解雇が無効であるとして、原告の地位確認等請求が認められています。
(裁判所の判断)
「本件剣道部の保護者会は、原告の還暦祝いに合わせて記念品を贈ることを企図し、保護者が負担することを想定して部員から一人当たり5000円集金することを決定し、会長から男子のキャプテンにこの方針が伝達され、合計14万5000円が集金された。そして、原告は、集金の事実や保護者会の企図を認識した後に、いったん受領を固辞する意向を示しながらも、保護者の意向を踏まえ、部員及び保護者会から還暦祝いの記念品として代金14万5000円の胴を受領し、部員に対して返礼品として5000円(合計14万5000円)相当の竹刀を贈った。」
「以上のように、原告は、記念品として胴を贈呈する保護者会側の計画を最終的には受け入れ、代金14万5000円で購入された胴を受領したものである。そして、原告が一度は固辞したにもかかわらず胴を受領したのは、保護者会の強い意向によるところが大きく、こうした好意を拒み切れなかった原告を強く非難することはできないうえ、原告は受領した胴と同額の支出をして返礼品を部員に贈っており、実質的には経済的利得を受けていない。そうすると、原告が本件剣道部員を指導すべき立場にあることや、原告の金品受領を問題視する報道がされた状況下で行われたことを踏まえても、原告が還暦祝いとして胴を受領したことは、社会的儀礼の範囲を逸脱するものとは認められないというべきである。」
「そうすると、解雇理由〔1〕が本件解雇を相当とする『やむを得ない事由』に該当するとはいえない。」
「被告は、還暦祝いの集金行為には強制性がある旨を主張する。しかし、集金行為が強制的に行われた事実を認めるに足りる証拠はなく、第三者委員会も、単に保護者会長の指示により全員が集金に応じたことから強制性があったと推論するのみで、集金の強制性を裏付ける具体的事実を認定しているわけでもない・・・。また、本件全証拠をもっても、原告が胴を受領するまでの間に、保護者会の決定・方針に不服を述べた保護者又は部員の存在を認めることはできない。そもそも、集金行為は保護者会が主導して、原告に伏せられて実行されており・・・、原告が集金行為に関与していたと認めるに足りる証拠はないのであるから、仮に集金行為に強制性があったとしたところで、原告の責めに帰すべき事由があるとはいえない。」
「また、被告は、原告が保護者会の会長から14万5000円を受け取っており、これが不適切な行為である旨主張する。確かに、原告は、保護者会の会長から、胴購入代金となる14万5000円を預かった事実は認められるが(原告は現金の受領を否認するが、本人尋問では、保護者会長が現金を持参した状況を具体的に述べていることからすれば、原告が受領したと認めるのが相当である。)、それは保護者会及び部員が還暦祝いの胴を贈呈する方針に沿った処理を行う過程で、業者が本件高校を訪問した際に代金を支払う便宜から預託されたに過ぎないと認められ・・・、還暦祝いの席で胴が贈呈された事実経過・・・も踏まえれば、原告が還暦祝いとして受領したのは胴であって、現金ではないというべきである。」
「以上のとおり、被告の主張には理由がない。」
3.贈り物を断り切れなかったら・・・
社会生活を営む中では、贈り物を断れない時が少なくありません。強引に断ると、人間関係に角が立って、仕事をするうえでの支障となることもあります。社会的儀礼の範囲内といえるような金品に関しては特にです。
本裁判例は、
社会的儀礼といえる範囲(還暦祝い14万5000円相当の胴)についての判断資料としての意義があるほか、
断り切れず、金品を受領してしまったら、善後策として、どうすればいいのか、
を考えるうえで示唆に富んだ判断をしています。同額の物を返礼品として返し、経済的利得が生じないようにしてしまうというのは、一つの合理的なダメージコントロールの方法になるのだと思います。
社内規定に形式的には違反してしまう金品をもらってしまった場合、上司に報告して善後策を練るのが一番だとは思いますが、その際にも、参考にしてみて良さそうです。