1.退職扱いの法的性質
解雇が行われるに先立っては、退職勧奨が行われるのが通例です。
使用者からの勧奨に応じて会社を辞める場合、労働契約は合意解約されたものと理解されます。しかし、労働者が退職に合意していないにもかかわらず、使用者によって一方的に退職手続がとられることもあります。
それでは、こうした一方的な退職扱いは、法的にはどのように理解されるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.1.16労働判例1341-152 ISS事件です。
2.ISS事件
本件で被告になったのは、情報システムに関するソフトウェア、ハードウェアのコンサルテーション、企画、設計、開発受託等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で雇用契約を交わした方です。
本件雇用契約が有期労働契約であるのか否かには争いがありますが、雇用契約書上、契約期間は、
令和2年2月3日から同年5月2日まで
と記載されていました。
その後、
令和2年5月3日~同年7月31日
令和2年8月1日~同年9月30日
と二回に渡り更新された後、同年9月20日付けで雇用契約を合意解約したものと扱われました。
これを受けて、原告が、
合意退職はしていない、
本件雇用契約の期間の定めは試用期間であり、無期雇用契約が成立している、
仮に有期雇用契約であったとしても、契約が更新されることに合理的期待がある、
などと主張し、地位確認や不当解雇を理由とする損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
合意解約の成否と退職扱いの法的性質について、本件の裁判所は次のとおり判示しました。なお、結論としても地位確認請求こそ棄却されているものの、損害賠償請求は一部認容されています。
(裁判所の判断)
「被告は、原告が令和2年8月27日に被告との間で同年9月20日をもって本件雇用契約を解約することを合意した旨主張し、被告代表者Cもその旨供述、陳述・・・する。」
「しかし、当該供述及び陳述を裏付ける客観的証拠はない上、前記認定事実・・・のとおり、原告及び被告は被告の主張する前記合意に先立ち同年8月7日に同年7月31日付け雇用契約書を作成し、期間の定めを同年8月1日から同年9月30日までとする旨合意していたこと、原告は、同月14日以降、被告に対し、同月20日付けで解雇された旨を複数回にわたって主張していたこと、同年10月21日にもその旨主張して東京労働局長に紛争のあっせんを申請したことに照らすと、原告が同年8月27日に被告から本件雇用契約を合意解約することを提案された際・・・、同年9月30日までと合意されていた期間を敢えて短縮し本件雇用契約を解約することを承諾したとは認め難く、前記供述及び陳述を信用することはできない。」
「その他、原告が同年8月27日に被告との間で同年9月20日をもって本件雇用契約を解約することを合意したことを認めるに証拠はなく、被告の前記主張は採用することができない。」
(中略)
「原告は、被告が本件雇用契約締結に当たり無期雇用契約である旨の労働条件を明示しなかったことが不法行為に該当する旨主張するが、前記・・・のとおり本件雇用契約は有期雇用契約であるから、当該主張を採用することはできない。」
「他方、前記前提事実・・・のとおり、原告は、令和2年8月27日、被告から、同年9月をもって本件雇用契約を合意解約することを提案され、その後、同月20日付けで被告を退職したものとして取り扱われているが、前記・・・のとおり、原告が本件雇用契約を合意解約することを合意したものとは認められない。そうすると、被告が原告に対し前記提案をしたことは、有期雇用契約である本件雇用契約の解約を一方的に申入れたものというべきであって、その実質は解雇であり、やむを得ない事由(民法628条)があったとも認められないから、原告の承諾を得ることなく故意又は過失によって原告の権利又は法律上保護される利益を侵害した行為として、不法行為に該当するというべきである。」
3.実質において解雇
一方的に退職扱いにしたことは、
① 法的には何もされておらず、ただ単に一方的に賃金が支払われなくなっただけ、
② 解雇である、
の二通りの理解の仕方が考えられますが、本件の裁判所は後者の考え方を採用しました。
合意していないのになぜか合意したと言われ、一方的に退職手続がとられてしまっているケースは、それなりの頻度で目にします。そうした事案に取り組むにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。