1.もし、それが事実ならどんな処分(ペナルティ)でも受ける
勤務先から不正行為の調査を受けている時に、弁明の内容を信じてもらうため、
「もし、それ(不正行為)が事実ならどんな処分でも受ける」
という趣旨のことを言ってしまう人がいます。
しかし、このような発言は有害無益です。
事実は経験則と証拠によって認定されます。強く言ったり、何度も繰り返し言ったりすれば認定されるというものではありません。法曹有資格者が重視するのは、飽くまでも供述に証拠による裏付けがあるのかです。証拠による裏付けのある供述は控え目に言ったところで重視されますし、証拠による裏付けのない供述は強く言ったところで聞き流されるのが普通です。強い言葉を使うことにはメリットがありません。
その反面、強い言葉は言質になります。上述のような発言をしていた場合、何らかの不正行為を確認した使用者が、安心して重たい処分に及ぶことは察するに難くありません。処分が重いと不服を言うと「どんな処分でも受けると言ったではないか」と言い返されることになります。
それでは、このように言い返された場合に、裁判で挽回することはできないのでしょうか?
一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令6.2.15労働判例ジャーナル152ー48 学校法人帝京科学大学事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.学校法人帝京科学大学事件
本件で被告になったのは、C高等学校(本件高校)を設置する学校法人です。
原告になったのは、昭和34年生まれの方で、昭和57年から令和2年3月31日に定年退職するまでの間、本件高校の体育教諭・剣道部監督として勤務してきた方です。定年退職後は、被告との間で、期間1年の有期雇用契約を締結し、非常勤の剣道部監督として引き続き本件高校で勤務していました。
しかし、
「令和2年1月末頃(遅くとも同年2月26日)、男子剣道部キャプテンが剣道部保護者会会長の指示により部員から1人当たり5000円ずつ徴収した現金(合計14万5000円)を、還暦祝いとして受領した。」(解雇理由〔1〕)
ことなどを理由に解雇されてしまったため、その無効を主張し、地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件には幾つかの解雇理由がありますが、被告は、
「原告は、本件剣道部員の保護者による支援団体であるD会から毎月部費として10万円(年額120万円)の現金を受領していたが、使途を明瞭に記録せず、毎月の清算をしなかった結果、未清算金を発生させた。」(解雇理由〔3〕)
との関係で、
「解雇理由〔3〕は、平成26年度の監査による指導で問題点が指摘され、改善指導がされていたのにもかかわらず行ったものであり、本件各解雇理由は、新聞等で報道も行われ、本件高校の信用を揺るがす大きな社会問題となった。加えて、原告が弁明の際に、第三者委員会の調査が真実であればどんなペナルティも受けると述べていたことなどの事情をも踏まえると、本件各解雇理由が全部又は一部でも認められれば、本件解雇には『やむを得ない事由』があったといえる。」
と主張しました。
また、雇止めとの関係でも、
「本件雇用契約は、令和3年4月1日に一度更新されたのみであり、過去に反復して更新されたことがあるものとは言い難く、また、同日に締結された契約には、調査報告書の結果次第によって即刻解雇を予定しているものであったところ、当該有期雇用契約の契約期間の満了時に当該有期雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるとは認められるものではない。したがって、本件解雇が無効であったとしても、原告と被告との間の有期雇用契約は、令和4年3月31日に終了している。」
と主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。結論として、原告の地位確認請求は認められています。
(裁判所の判断)
・解雇理由〔3〕関係
「前記認定事実・・・のとおり、保護者会から原告に対し、D会名義の預金を原資として交付された毎月10万円(年額120万円)につき、その支出や原告の用途の裏付けとなる領収書等の資料は、原告や保護者会が作成した領収書綴りや会計報告添付の通帳写し・・・が存在するものの、その全額を逐一確認するに足りる資料が揃っているとはいえない。」
「また、前記認定事実・・・のとおり、保護者会から原告に対し、E会の会計から、平成26年から令和元年度の間、全国大会等の際に諸経費又は激励金として1大会につき10万円~20万円が交付されたところ、これについても、E会の領収書綴り・・・等の資料のみからは、その支出や原告の使途につき全額を逐一確認することはできない。」
「これは、平成28年2月に行われた被告の原告に対する指導・・・ないしその趣旨に反する行為と評価することができる。」
「しかしながら、これらの預金口座からの支出の主体はあくまで保護者会であり、会計処理を行っているのは保護者会の担当者である。そして、前記認定事実・・・によれば、D会口座から原告に交付された毎月10万円の金員について、原告は部活動中の部員の飲み物代等の日常的用途に充てており、これが保護者会の金員交付の趣旨に沿うものであったことがうかがわれる・・・。また、E会口座からの支出についても、関係証拠・・・に照らし、保護者会が部員の大会遠征時における現地での支出に対応するため原告に現金を預託したという原告の主張・・・に沿わない使途をうかがわせる領収書等の存在は認められず、保護者会から原告の支出について疑義を呈する意見が呈された事実をうかがわせる証拠も見当たらず、原告による私的流用の疑いもない。そもそも、会計処理の主体である保護者会が、原告に対して支出を裏付ける全ての領収書等を徴求するなどの対応をした事実は認められないし、部活動に伴う支出や部員への小遣いの支給につきそのような対応を求めることはおよそ現実的ではない(原告も、本人尋問において、自販機での飲料等の購入など、領収書の取得が現実的でない場面を供述している。さらに、被告も平成28年3月の監査において、全国大会出場の際に原告が保護者会から現地での支出に対応すべく現金の手渡しを受けているという実情を把握していながら、そのような不明朗な会計の原因となる取扱い自体は特に是正を求めることもなく、以後も何らの指摘をしていない・・・。なお、平成27年度及び平成26年度については、領収書の保管期限が経過しており・・・内訳が確認できないこともやむを得ない。」
「被告は、P名義の領収書に端数がないこと、ラインテープ代金が高額であることから、その内容が不自然であると主張するが、Pは本件剣道部と密接な関係にあり、価格交渉に融通が利くという原告の説明・・・を踏まえると、端数を値引いてもらっていたという原告の主張にも相応の信憑性があること、ラインテープ代が一般的な価格より高額であると認めるに足りる証拠はないこと等に照らすと、被告の主張は採用できない。」
「また、被告は、D会とE会とが別の団体であり、E会の領収書綴りに、D会宛ての領収書が混在しているのが会計処理として問題があると主張するが、そもそもD会とE会が別個の団体として存在したと認めることはできないうえ・・・、当該会計を管理する主体は保護者会であるから、その会計処理の問題を原告の解雇事由にすることは相当でない。」
「以上のとおり、上記・・・の点はあくまで保護者会の会計処理上の問題であること、保護者会から現金を預託された原告が全ての支出について領収書を取得することは部活動の実情に照らして非現実的であること、被告もこうした保護者会の会計処理上の問題と原告の関与について実情を把握しながら適切な監督を行わなかったこと等を勘案すると、上記・・・の点をもって本件解雇を相当とする『やむを得ない事由』に該当するとはいえない。」
・雇止め関係
「本件高校の就業規則では、職員の定年を満60歳とした上で、希望者全員を定年退職日から満65歳まで期限付き教職員として雇用する旨を定めている。これは、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項に定める高年齢者雇用確保措置(継続雇用制度)であると認めるのが相当である。そうすると、本件高校の定年に達して退職した職員については、満65歳までの間、有期雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由(労働契約法19条2号)があると認められる。」
「そして、原告は、令和2年3月31日に定年退職し、就業規則の上記の規定に基づき再雇用され、令和3年4月1日に更新されて本件雇用契約を締結している・・・から、令和4年4月1日及び令和5年4月1日の時点において、原告には、客観的にみて、本件雇用契約が再度更新されるものと期待することについて合理的な理由(労働契約法19条2号)があったものと認められる。」
「被告は、原告が、本件雇用契約を締結する際に、第三者委員会による調査結果次第ではいかなるペナルティをも受入れる旨発言し、解雇されることもやむを得ないと認識していたことをもって、労働契約法19条2号の更新に対する期待に合理的な理由がない旨主張する。しかしながら、上記発言があったとしても、懲戒処分を超えて解雇や雇止めまでも無条件に受け入れる趣旨とは解しがたく、本件雇用契約における更新に対する合理的な期待を失わせるものではない。」
「したがって、被告の主張は採用できない。」
3.解雇との関係では無視黙殺、雇止めとの関係では救済
解雇理由〔3〕に関する判断の中で、
「これは、平成28年2月に行われた被告の原告に対する指導・・・ないしその趣旨に反する行為と評価することができる。」
と判示されていることから分かるとおり、原告の方は、必ずしも無謬というわけではありませんでした。
しかし、
「第三者委員会の調査が真実であればどんなペナルティも受けると述べていた」
ことは判決文の中で完全に無視黙殺されています。
雇止めの合理的期待との関係では、
「上記発言があったとしても、懲戒処分を超えて解雇や雇止めまでも無条件に受け入れる趣旨とは解しがたく、本件雇用契約における更新に対する合理的な期待を失わせるものではない。」
と一定の言及はされましたが、合理的な期待を失わせるようなインパクトは持たないと判示されました。
私自身の個人的な感覚ではありますが、裁判所は、
どのような言葉を話したのか、
よりも、
客観的な行為として何を行ったのか、
を重視し、行為と結果との均衡を検討するという思考方法をとることが多いように思います。本件でも、そうした思考方法のもとで結論が導かれたのだと思います。
このように弁明の中での失言は、裁判手続の中で取り戻すことができました。こうした例があることからも分かるとおり、弁明手続の中で言い過ぎてしまったとしても、必ずしも悲観する必要はないのだと思います。
ただし、使用者は言質を取ったと思って処分をしてくるでしょうし、裁判体の判断には一定の振れ幅があります。そう考えると、やはり、「どんなペナルティでも受ける」系の発言はしないに越したことはありません。
話せば分かると思ってか、弁明段階で代理人弁護士を選任することは一般化しているとまでは言えませんが、不正調査や懲戒手続の対象になったら、その段階で弁護士と対応を相談し、発言内容をよく協議しておくことが大切です。