1.当初からフリーランスの形であったと主張するパターン
令和6年11月1日、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(いわゆるフリーランス・事業者間取引適正化法)が施行されました。この法律は、フリーランスの就業環境の整備等を目的とするもので、フリーランスを保護するためのルールを定めています。
しかし、フリーランスは、飽くまでも独立した事業者であり、労働者ほど保護されているわけではありません。
例えば、フリーランス・事業者間取引適正化法16条1項本文は、
「特定業務委託事業者は、継続的業務委託に係る契約の解除(契約期間の満了後に更新しない場合を含む。次項において同じ。)をしようとする場合には、当該契約の相手方である特定受託事業者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、少なくとも三十日前までに、その予告をしなければならない。」
と規定しています。
これは、労働基準法20条1項本文の
「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」
というルールに対応します。
しかし、フリーランス・事業者間取引適正化法には、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
と規定する労働契約法16条に対応する規定はないため、原則としてフリーランスは契約解除に対抗することができません。
フリーランス・事業者間取引適正化法の施行前のフリーランスには、こうした保護さえなく、現在よりも更に脆弱な立場に置かれていました。
脆弱であるということは、裏を返せば、委託者・使用者の立場が強いということです。そのため、労働契約を業務委託契約に切り替えるなど、しばしば使用者により労働者のフリーランス化が試みられてきました。
この労働者のフリーランス化の問題に対しては、
「原告が、被告との間の契約の形式を労働契約から業務委託契約に変更したことにより、建連国保への加入を余儀なくされ、建連国保及び国民年金の保険料を全額負担せざるを得なくなったこと・・・にも鑑みれば、原告が自由な意思に基づいて上記の契約の形式の変更に同意したものと容易く認定することもできない。」(大阪地判令4.5.20労働判例ジャーナル126-14 GT-WORKS事件)
といったように、判例法理により、一定の歯止めがかけられています。
それでは、契約の切り替えではなく、当初契約が労働契約なのか業務委託契約なのかが争われた場合に、活用できそうなルールはないでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.2.28労働判例ジャーナル151-44 小野寺事件です。
2.小野寺事件
本件で被告になったのは、とび・土工・コンクリート工事等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、令和2年4月24日に被告との間で契約を締結し、鍵交換、看板製作、パンフレット製作等の業務に従事してきた方です。原告は、この契約が労働契約であると主張し、未払賃金や割増賃金、休業手当、付加金、立替費用などを請求する訴えを提起しました。
これに対し、被告は、
「原告は、Cを介して委託された個々の業務を行ったにすぎず、契約の相手方の如何にかかわらず、その業務形態は業務委託又は請負であり、労働契約ではない。」
「個々の業務の発注者は、それぞれ、本件鍵交換については被告、本件看板製作については有限責任事業組合G(以下『G』という。)、本件パンフレット製作については株式会社H(以下『H』という。)、本件USBメモリ交付についてはJ(以下『J』という。)、本件名刺作成についてはC及びEである。」
などと主張し、原告との契約が労働契約であることを争いました。
これに対し、裁判所は、次の通り述べて、原告と被告との間の契約は、労働契約であると判示しました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和2年4月24日、Cと面談した際、賃金を時給1650円、原告が業務に関し支出した経費及び交通費については別途支払を受けるとの条件で労働契約(本件労働契約)を締結した旨主張し、これに沿う供述をする・・・。」
「原告のスケジュール帳には、同日付けで、『(株)小野寺正式雇用』、『16050円(時給)』、『電車ルート金額』、『自転車置場調べ』など原告の供述に沿う記載がある・・・。また、原告は、Cとの面談の翌日、面談に立ち会ったJとの間で、原告の就職先が決まったことを前提としたメッセージのやりとりを行っており・・・、両者の間では、原告の雇用が決まったという認識が共有されていたことがうかがわれる。」
「原告は、被告本社事務所のほかに、原告宅でも作業しており・・・、原告の述べるところによっても、始業時間や終業時間の定めはなかったというのであるから・・・、勤務場所及び勤務時間の拘束性が強かったとはいい難い。しかし、原告は、本件サポート事業の資料の作成や打合せに加え、Cの依頼に応じて、被告本社事務所入口の鍵の交換(本件鍵交換)から被告本社事務所の電話回線及びネット回線の開設並びにαビル1階の看板の修正まで、様々な業務に従事しており・・・、Cからの依頼を拒否したといった事情は見当たらない。これらの事実に照らせば、原告は、Cの指揮命令の下で業務に従事していたことがうかがわれる。」
「以上によれば、原告の上記供述は信用することができ、原告は、令和2年4月24日、Cと面談した際、賃金を時給1650円、原告が業務に関し支出した経費及び交通費については別途支払を受けるとの条件で労働契約(本件労働契約)を締結したものと認められる。」
「被告は、Cは、令和2年4月24日、原告と面談した際、原告を雇用することを提案したが、原告がフリーランスの形でやりたいと希望したため、原告に個々の業務を発注する形とすることとしたなどと主張し、Cはこれに沿う供述をする・・・。」
「しかし、原告は、同日の面談当時、仕事を探していたところ・・・、雇用の提案を受けたにもかかわらず、フリーランスの形にこだわり、これを断るとはにわかに考え難い。また、原告は、自分のスケジュール帳に同日付けで『正式雇用』などと記載し・・・、面談の翌日に、Jとの間で、原告の就職先が決まったことを前提としたメッセージのやりとりを行っているところ・・・、Cの供述はこれらの事実と整合しない。」
「したがって、Cの供述は採用することができず、被告の上記主張は採用することができない。」
3.雇用の提案を断って、フリーランスにこだわる人は、そうはいない
確かに、フリーランスの中には、自由な働き方を求めて、敢えてフリーランスという就労形態を選んでいる人が少なからずいます。このような人達は、専門知識や専門技術等を背景とした交渉力を持っていて、相当額の報酬を得ています。
しかし、フリーランスは、望んでフリーランスになっている人ばかりではありません。雇用契約を結び、労働者としての保護を受けたいのに、雇用契約を締結してもらえず、業務委託契約のもとで働くことを余儀なくされている方も多く存在してます。
雇用契約であるかのように求人をして、仕事が欲しいという労働者の事情を利用して業務委託契約を結び、いざ問題が生じると、低額の報酬を提示しつつ、
「契約の法的性質は労働契約(雇用契約)ではなく業務委託契約である」
と主張する例は相当数存在します。
「こうした望まないフリーランスとの関係で、裁判所が示した、
原告は、同日の面談当時、仕事を探していたところ・・・、雇用の提案を受けたにもかかわらず、フリーランスの形にこだわり、これを断るとはにわかに考え難い。」
との経験則の判示は、かなり重要であるように思います。この論理を使えば、契約の法的性質が労働契約なのか業務委託契約なのかが争点となった時に、労働者が救済される範囲が、相当程度、広がってくるように思います。
フリーランス保護の方法を考えるにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。