1.紛争後、使用者側で作成される従業員アンケート
解雇事件に限った話ではありませんが、労働者が使用者に対して法的措置をとると、使用者側から従業員アンケートの回答が証拠提出されることがあります。
例えば、ハラスメントを理由とする損害賠償請求訴訟を提起すると、
「ハラスメントを受けている場面を目撃した事実はない。」
と書かれたアンケートが大量に提出されるといったようにです。
逆に、ハラスメント等を理由とする解雇が違法無効であるとして地位確認等を請求する訴訟を提起すると、
「ハラスメントをしていた場面を見た。」
というアンケートが大量に出てくることがあります。
紛争後に作成された資料というだけでも、一定の誘導的意図のもとで作成されていることが窺われますし、証拠価値に乏しいようにも思われますが、こうした証拠の価値は、裁判所によってどのように評価されるのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.3.21労働判例ジャーナル152-42 明和住販流通センター事件です。
2.明和住販流通センター事件
本件で被告になったのは、不動産の売買、賃貸、仲介及び管理等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告と労働契約を締結し、正社員として働いていた方です。令和4年9月21日に降格処分(本件降給降格処分)を受けた後、令和4年9月27日に普通解雇されました(本件解雇)。これに対し、本件降給降格処分、本件解雇が違法無効であることを主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件でも類例に漏れず多数に渡る解雇理由が主張されたのですが、その中の一つにハラスメントがありました。
具体的に言うと、被告は、次のような主張をしました。
「原告は、感情的になりやすい性格であり、感情的になると暴力に及ぶ危険性が高く、周囲の従業員は恐怖心を抱いていた。原告は、従業員であるd(以下『d』という。)と揉み合いになったり、小型包丁を持って脅迫したり、交通費の精算に関する不正行為をしたり、従業員であるe(以下『e』という。)に対しハラスメントをしたり誹謗中傷する内容のメモを掲載したり、被告の人事異動を妨害したり、顧客との間でトラブルを起こしたり、被告代表者に対してさえ社内の一斉メールを用いてハラスメントをしたりしていた。」
「また、原告は、本件降給降格処分後も、被告に対し、反抗的な内容の弁明書を提出するなど反省の態度が見えなかった。」
こうした主張を基礎付けるため、被告は、従業員アンケートを証拠提出したのですが、裁判所は、次のとおり述べて、従業員アンケートの証拠価値を「極めて乏しい」と判示しました。なお、裁判所は、本件降給降格処分は有効と判示したものの、本件解雇は無効であるとして、地位確認請求は認容しています。
(裁判所の判断)
「被告は、原告が令和2年5月28日、dに対し、ハラスメント行為をした旨主張する。」
「しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、原告は、dの発言をきっかけにdと揉み合いになったことが認められるものの、原告が暴力を振るったといった事実を認めるに足りる証拠はないし、dのみ処分がされていることから、被告内においては、むしろ、dのほうに非があるとして処理されたことが認められる。」
「また、被告は、原告が業務の権限を無視して越権行為をした旨主張するが、原告とdとの揉み合いの直接の原因は上記のとおりdの発言であるし、揉み合いになったこと自体が問題なのであるから、その遠因を問題視することは失当である。」
「したがって、被告の上記主張は理由がない。」
「被告は、原告が令和2年10月6日、小型包丁を手に取って脅迫した旨主張する。」
「しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、他の従業員からの声かけに応じて冗談で述べたにすぎないことが認められ、小型包丁を手に取って脅迫したといえるような出来事ではない。」
「また、同・・・のとおり、c次長による刺股購入の稟議書作成についても、上記から半年も経過した後の出来事であり、従業員が原告の言動に恐怖心を抱いていたことの裏付けにも足りない。なお、証拠(乙34の1・2、乙35)によれば、被告が原告の本件訴訟提起後に従業員に対しアンケートを実施したことが認められ、当該アンケートは原告の問題点を指摘するように誘導する記載もあり証拠価値が極めて乏しいものであるが、むしろ、当該アンケートにおいてすら原告に対し好意的な回答も見られるところである。」
3.露骨なアンケートは怖くない
一般論として言うと、会社が紛争後に取得したアンケートだからといって、全部が全部、証拠価値に乏しいということにはならないだろうと思います。
しかし、特定の意図のもとで取得されているアンケートは、それほど怖くはありません。少なくとも、質問の仕方が誘導的であるようなアンケートの証拠価値は、
会社の意向に沿う回答については低く評価され、
会社が誘導して、なお、それに乗らなかった回答は高く評価される
といったように、会社にとってマイナスにしかならない(労働者にとってプラスになる)例が多いのではないかと思います。
解雇時点での判断の適否の問題である以上、解雇の可否は、解雇時までに収集、把握されていた証拠で勝負されるのが基本です。解雇時までに収集された資料で不十分だと考えるからこそ、事後的にアンケートをとって挽回しようとするのであり、アンケートに特定の意図や作為が見え隠れすることは少なくありません。
元同僚からの否定的なアンケートが大量に出てくると意気消沈される方も多いのですが、見た目ほどのインパクトがないだけではなく、むしろ労働者の有利に利用できる場合もあります。
アンケートに一喜一憂する必要がないことを示す実例として、裁判所の判示は参考になります。