弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一部免職の不利益処分への該当性

1.水平異動

 公務員の法律問題を扱っていると、水平異動という言葉を目にすることがあります。

 この言葉は、異動や配転の不服申立の利益を否定する脈絡で使われます。

 公務員の人事上の措置は、不服申立の対象が限定されています。

 例えば、地方公務員法は、審査請求の対象を、

「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」

に限定しています(地方公務員法49条の2第1項、同法49条1項)。

 これに該当しない処分は、そもそも審査請求の対象にも取消訴訟の対象にもなりません。逆に、これに該当する処分は、審査請求の対象になりますし、その結論に不服がある場合には、取消訴訟を提起して司法判断を受けることもできます。

 水平異動というのは、同じ職務等級の間での異動のことです。例えば、AというポストからBという閑職に異動させられた場合、その効力を争おうとしても、AとBとが同じ職務等級に属している場合、行政側からは「水平異動だから不利益性がない」という反論が寄せられます。異動は懲戒ではないし、水平異動の場合には給与等の待遇が下がるわけでもない、ゆえに「不利益な処分」に該当せず、不服申立の対象としての適格性を有さないという理屈です。このような反論が提示された場合、公務員側としては、給与面以外に実質的な不利益が生じていることを論証する必要が生じます。

 この水平異動の亜種に一部免職という処分があります。

 これは複数の職位を兼任している公務員に対し、その一部の職位を解くことをいいます。兼任が解消されることによって給与が低下したとしても、その分、労働量や労働強度も低下するため、単純に不利益な処分といえるかには疑義が生じます。兼任している職位が同じ等級に属している場合、その一部を免じたとしても、必ずしも降任といえるわけではありません。

 それでは、この一部免職の処分は、不服申立の対象としての適格性を有するのでしょうか? この問題を考えるにあたり、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。東京高判令2.12.17労働判例ジャーナル111-48 富士吉田市事件です。

2.富士吉田市事件

 本件は一部免職処分の適否が問題になった取消訴訟の控訴審です。

 本件で被告(控訴人)になったのは、地域総合病院である富士吉田市立病院(本件市立病院)及び富士吉田市立看護専門学校(本件専門学校)を設置・運営する普通地方公共団体です。

 原告(被控訴人)になったのは、本件市立病院の院長及び本件専門学校の校長として被告に採用された方です。C歯科医師の採用にあたり山梨大学でのパワーハラスメント問題で訴訟を起こしていたことを報告しなかったことなどを理由に6か月間給料の10分の1を減じる懲戒処分を受けるとともに(本件懲戒処分)、市立病院長の任を解いて兼務を解消し看護専門学校の校長のみに専任させる処分(本件一部免職処分)を受けました。本件は、原告が、本件懲戒処分及び本件一部免職処分(本件各処分)の取消を求めて出訴した事件です。

 一審が原告の請求を認め、本件各処分を取り消したため、被告側が控訴したのが本件です。

 この事件では、本件一部免職処分が地方公務員法49条にいう「不利益処分」に該当し、取消訴訟の対象になるのか否かが争点になりました。

 原告(被控訴人)は、

本件一部免職処分により、特殊勤務手当51万円が支給されなくなるなどの不利益が生じている、

医師としての重要な意義のある広範な業務に従事することができなくなる、

などとして、不利益処分であることを主張しました。

 これに対し、被告(控訴人)は、大意、

本件一部免職処分は水平異動にすぎず、法律上の不利益を被っていない、

兼務がなくなれば条例上の支給要件がなくなるため、特殊勤務手当が支給されないのは当然である、

などとして、本件一部免職処分は取消訴訟の対象にならないと主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件一部免職の不利益処分性を認め、取消訴訟の対象になると判示しました。なお、結論においても、本件懲戒処分、本件一部免職処分の双方を取り消した原審の判断を維持しています。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、本件一部免職処分は、実質的には懲戒処分であるから、同法49条にいう『不利益処分』に該当し、取消訴訟の対象となる旨主張する。」

「しかしながら、地方公務員の懲戒処分については、地方公務員法が定める事由による場合でなければ懲戒処分を受けることはないとされている(地方公務員法27条3項)ところ、本件一部免職処分が、地方公務員法が定める懲戒処分としてされたと認めることはできず、また、懲戒処分は、同法29条1項が列挙する戒告、減給、停職又は免職のいずれの処分しかできないところ、本件一部免職処分にいう兼職の一部を解く処分は同条項が予定する『免職』には該当しないから、いずれにしても、本件一部免職処分が、地方公務員法に基づく懲戒処分であるということはできない。したがって、仮に本件一部免職処分の内容が、実質的に懲戒処分に該当するものであったとしても、地方公務員法49条の適用において、本件一部免職処分が、同条にいう『懲戒』として取り扱われることにはならない。

「しかしながら、本件一部免職処分は、前記前提事実・・・のとおり、本件市立病院の院長の職と本件専門学校の校長の職を兼務していた被控訴人に対し、本件市立病院長の職を解き、本件専門学校長の職のみを命ずるというものであるところ、被控訴人に対し、市立病院の院長という職を解き、看護学校という専門学校の校長の職のみに専念させることに伴って、被控訴人は、富士吉田市立病院管理規則・・・6条に基づく『市長の命を受け、院務を総括し、所属職員を指揮監督する』という権限及び同規則7条に基づく『病院の年間事業計画の策定及び重要な変更並びに病院内の事務の調整に関すること、病院内課長補佐以下の職員の配置に関すること、職員の事務分掌及び当直に関することについて専決することができる』という本件市立病院の院長としての職務権限を失い、富士吉田市立看護専門学校処務規則4条1項に基づく『市長の命を受け、校務を総理し、所属職員を指揮監督する』という職務権限のみに大幅に縮小され、医師である被控訴人から、医師あるいは病院長として行うことができる職務を奪い、医師以外の者でも可能な専門学校長の職務のみに専念させるものであり、それゆえに、富士吉田市職員特殊勤務手当支給条例に基づいて、病院の院長に支払われるべき医師手当としての月額51万円(同条例3条)が支給されないことになり、被控訴人は、名目はともかく、本件一部免職処分による結果として、市から職務行為の対価として受領する金員についても、1か月に51万円減額という少なからぬ不利益を受けることになる。」

「確かに、給与条例の医療職給料表(1)級別基準職務表において、本件市立病院の院長と本件専門学校の校長の職務の級は、いずれも5級に位置づけられており、その意味では、本件市立病院の院長の職を解かれて、本件専門学校の校長の職に専念することになっても、直ちにいわゆる降格処分であるとはいえない。また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件市立病院と本件専門学校は、控訴人の行政機構図において、同格の機関とされており、その意味でも本件市立病院長の職を解かれ、本件専門学校長の職に専任することになっても、直ちにいわゆる降任処分であるともいえない。」

しかしながら、そもそも地方公務員法49条が、懲戒処分以外の場合でも、当該公務員の意に反すると認める『不利益な処分』については、人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができ(同法49条の2)、さらには取消訴訟を提起することができる(同法51条の2)としているのは、ここにいう『不利益な処分』とは、懲戒処分や分限処分など法の定める不利益処分に限定されることなく、いわゆる転任処分や一部免職処分など、当該地方公務員に、身分、俸給等、勤務場所、勤務内容などに変動を生じさせ、その結果、同人に不利益な結果をもたらす処分を指すというべきである(最高裁昭和55年(行ツ)第78号同61年10月23日第一小法廷判決・集民149号59頁参照)。

そうすると、前記・・・のとおり、本件一部免職処分は、被控訴人に対し、身分、勤務内容、俸給等において、職務権限の大幅な縮小や、月額51万円という手当のはく奪などの不利益を生じさせるものであることは明らかであって、地方公務員法49条が定める『不利益な処分』に該当し、被控訴人は、本件一部免職処分について、人事委員会又は公平委員会に対する審査請求や、取消訴訟の提起をすることができる地位にあるということができる。

したがって、本件一部免職処分は、取消訴訟の対象になるといえる。

3.一部免職処分に不利益処分性が認められた例

 私の知る限り、一部免職処分という処分類型が訴訟で問題になることは、それほど多くはありません。ここに水平異動の考え方が妥当するのかが問題になりましたが、裁判所はこれを否定しました。

 裁判所が不利益処分性を認めた背景には、多額の給与減が発生することや、原告が医師という専門職で就労することによる利益を観念しやすかったことが影響していると思われます。ただ、そうであるにしても、安易に水平異動の考え方を採用しなかったことは、なお注目に値するように思われます。