弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の変更による賃金減額-財政上、極めて危機的な状況に瀕していたとはいえないとの理由で必要性を否定した例

1.就業規則の変更による賃金減額

 労働契約法10条本文は、

「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」

と規定しています。

 そのため、使用者は「合理性」及び「周知性」の要件を満たす限り、就業規則の変更により賃金を減額することができます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働契約関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕96頁参照)。

 それでは、賃金減額の場面において、この「合理性」を判断するうえでの考慮要素とされている「労働条件の変更の必要性」は、どの程度厳格に理解されるのでしょうか?

 整理解雇の場合、人員削減の必要性は「倒産必至、債務超過、累積赤字といった事態にあることまでは要求されず、黒字経営の中で経営合理化や競争力強化のために行う人員削減についても、使用者の経営判断を尊重して肯定する例が多い。」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕398頁参照)。

 賃金減額の場合、労働契約は維持されることになりますが、賃金減額の場面で求められる「必要性」も整理解雇と同様に理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。山口地下関支判令3.2.2労働判例ジャーナル111-38 学校法人梅光学院事件です。

2.学校法人梅光学院事件

 本件で被告になったのは、学校法人梅光学院大学(本件大学)を設置する学校法人です。

 原告になったのは、本件大学の教員として勤務し、又は、勤務していた方々です。本件大学教員給与規程による給与及び退職金規定の変更による賃金等の減額が労働契約法10条に違反して無効であると主張し、被告に対し、元々の賃金等との差額を請求して被告を訴えたのが本件です。

 減額幅に関しては、裁判所で、次のとおり認定されています。

「被告も認めるとおり、1割から原告らによっては2割を超える年収の減額が生ずるものである。そうすると、本件新就業規則への変更による不利益の程度は、相当大きいものといわざるを得ない。」

 こうした状況のもと、裁判所は、次のとおり述べて、就業規則変更の必要性を否定したうえ、その有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、本件新就業規則への変更で、原告らの賃金や退職金が減額されているところ、就業規則の変更により、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす場合には、当該条項が、その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならない。

そして、上記の合理性の有無は、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして判断することとなる。

「本件就業規則の変更には、労働条件を変更して労働者に不利益を受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性があったか」
「(ア)被告は、要旨、被告の帰属収支差額は赤字の状態が長年続き、これを補填する現金預貯金についても、キャンパスの建替えなどの出費もあって10年ほどで底をつき、資金ショートする状況であったところ、他校などと比較して著しく高い人件費を削減するほかなかったから、本件新就業規則に変更する高度の必要性があったと主張する。」

「そこで、労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼしてまで就業規則を変更する高度の必要性があったか、言い換えれば、他の手段で対応することにより、変更する時期を含めて賃金、退職金の減額をするまでの必要性があったかどうかを検討する。」

「(イ)認定事実・・・のとおり、被告では、平成17年度以降の各年度の帰属収支差額(平成22年度から平成27年度までの各年度の計算書類・・・のとおり)が赤字の状態が続き、とりわけ平成24年度から平成27年度には、当該年度の帰属収入のおよそ1割から2割に相当する約1億円から2億円の赤字を毎年計上し、金融資産の額が減少していたから、被告がこのような状態を改善するために、何らかの対策を講じる必要があったと認められる。また、認定事実・・・によれば、被告の平成22年度から平成27年度当時の主な収入は、学生生徒等納付金であったと認められるところ、認定事実・・・のとおり、平成28年頃に回復するまで、本件大学の入学者数は定員を下回っていたし、少子化を含む私立大学を取り巻く当時の状況を踏まえると、その性質上、短期の急増が難しいだけでなく、長期的にも大幅な収入増加が見込み難い状況であったと認められる。加えて、認定事実・・・のとおり、被告は、耐震性に問題のある本件大学の東館を取り壊し、新たに北館を建設する必要があったところ、これらの費用に約25億円が必要であり、約15億円を自己資金で賄う必要があった。一方、認定事実・・・のとおり、平成27年度当時の本件大学の給与額は、同一県内の私立大学の中でも3番目に高い上に、本件新就業規則に変更する前の人件費が支出に占める割合が高く、収入に比して高額であった。

以上のとおり、被告において、帰属収支差額が赤字となっている状態が続く中、収入の増加はさほど見込めず、一方で、校舎建替え等の工事のための支出も予定されていたことを考慮すれば、本件新就業規則変更当時において、被告が従前の収支構造の改善を検討すること自体が不合理であるとはいい難い。

「(ウ)しかしながら、認定事実・・・に加えて、証拠・・・によれば、被告の平成22年度から平成29年度までの資金余剰額(帰属収支差額に減価償却額〔会計の計算上消費支出計算書において、費用として支出されたことになるが、実際には現金の支出がなく、学校の内部に留保されるものをいう。減価償却が採用されている会計制度に採用されている組織において、減価償却は組織が自由裁量で使用できる資金である。〕を加えたもの)が、平成24年度(約マイナス870万円)、平成26年度(約マイナス3280万円)、平成29年度(約マイナス750万円)にはそれぞれ赤字であったが、それ以外の各年度ではいずれも黒字(平成22年度が約7723万円、平成23年度が約7151万円、平成25年度が約5951万円、平成27年度が約2627万円、平成28年度が約1億7859万円)であったと認められる。また、認定事実・・・に加えて、証拠・・・によれば、被告において、平成24年度以降、入学者数が増加し、平成28年度には定員を上回ったこと、平成27年度の学生生徒等納付金が約10億6950円と、前年よりも約6000万円増加し、翌年度には、約1億2000万円増加したことが認められる。このように、本件新就業規則への変更当時には、被告の主たる収益である学生生徒等納付金の額は増加し、その増加額も相当程度あったと認められる。」

「(エ)被告の貸借対照表から財政状況を分析する。」

「証拠(甲61、乙14、17、18、20~25)によれば、被告の流動比率(流動負債に対する流動資産の割合)は、平成22年度が約929%、平成23年度が約969%、平成24年度が約837%、平成25年度が約811%、平成26年度が約750%、平成27年度が約571%、平成28年度が約646%、平成29年度が336%であったこと、流動比率が200%以上であれば優良で、100%を下回る場合には資金繰りに窮している状況と評価されるのが一般的であるが、学校法人の場合には、将来に備えて引当特定預金等に資金を留保している場合があるため、必ずしも流動比率が低くなると資金繰りに窮しているとは限らないと認められる。加えて、流動資産超過額(正味運転資金ともいい、流動資産から流動負債を差し引いた金額を指す。流動負債を返済した後に手元に残る余裕資金を示す。)についても、平成22年度以降減少傾向ではあるが、平成24年度で約18億円、平成25年度で約17億円、平成26年度で約16億円、平成27年度で約13億円、平成28年度で約14億円、平成29年度で約13億円あったと認められる。上記によれば、被告の短期的な支払能力に格別の問題は見られず、流動負債を返済した後の余裕資金も十分にあったと認められる。」

「また、証拠・・・によれば、組織の長期的な安全性を診る指標となる固定比率(純資産に占める固定資産の割合をいい、固定資産が返済不要の純資産の範囲内で取得されているかを診る指標となる)と固定長期適合率(純資産及び固定負債の合計額に対する固定資産の割合をいい、大規模設備投資の場合に、固定資産を純資産のみで賄うことが難しい場合に長期借入金で賄っているかを測定する指標)についても、100%以下が望ましいとされるところ、被告では、いずれの比率も平成22年度から100%を下回っていたと認められる。」

「さらに、証拠・・・によれば、被告の純資産構成比率(資産に占める純資産の割合)は、平成29年度の約84%を除き、平成22年度から平成28年度まで約90%前半で推移している上に、有利子負債率(資産に占める有利子負債の割合)も平成22年度から平成28年度まで約2.8%から0.9%の間で推移していること、平成22年度から平成29年度までの外部負債に対する金融資産の倍率が、平成22年度の約9倍から平成28年度まで約18倍と増加した後、平成29年度に約2倍となっていること、平成22年度から平成29年度まで外部負債を金融資産で返済した後に残る超過額についても、平成29年度が約15億円であったのを除き、およそ23億円から28億円で推移していることが認められる。」

「証拠(甲61)によれば、学校法人における財政上の危険性を判断する上で、〔1〕現金に換金可能な金融資産が多く、〔2〕有利子負債(短期借入金〔1年以内に返済義務のある負債〕に長期借入金〔長期にわたって返済義務のあるもの〕を加えたもので、元本の借入額とともに、利子の支払を伴う負債をいう。)が少ないこと、〔3〕資産合計に占める純資産(自己資金)の割合が高いときには、学校法人の経営が安定すると考えられていると認められるところ、上記の事実を踏まえると、被告の資金繰りに問題が生じ得るような危機的な状況ではなかったと認められる。」

「(オ)認定事実・・・のとおり、山口県内の他の大学と比較して、本件大学の給与額は高いと評価できるが、本件大学と同様に幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び大学などを有する全国の学校法人と比較すると、本件大学の人件費比率が格別に高いとまではいえず・・・、比較の対象によっては、平均的な数値とも評価し得る。」

「(カ)以上検討したところによれば、被告の採算性を見直す必要があり、経費の削減を検討すること自体の合理性は否定できないが、被告の主張するように、資金が約10年でショートする状態であったと認定することはできず、財政上、極めて危機的な状況に瀕していたとはいえないから、労働者が不利益を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性があったとは認定できない。

(中略)

「以上を踏まえて、本件新就業規則の合理性を検討すると、上記・・・のとおり、少子化などにより、数多くの私立大学が構造的な不況に見舞われる中で、被告も、少なくとも平成22年度以降、毎年多額の帰属収支差額の赤字を計上し、本件大学の建物等の設備の改築のために多額の支出を必要とする状況にあったことなどから、被告の経営状態は厳しいものであり、想定される最悪の状況に備えて、収支の改善に向けて対応しようとする経営判断自体は合理的であり、上記・・・のとおり、労働組合との交渉の状況等の手続にも特段問題は見当たらない。しかしながら、上記・・・のとおり、被告が極めて危機的な財政状況にあったとはいえず、労働者が不利益を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性があったとまでは認め難く、上記・・・のとおり、本件新就業規則の内容についても相当性があったとは言い難いことを踏まえると、本件新就業規則の変更は合理的なものであったと認めることはできない。

 3.不利益の程度との相関ではあろうが・・・

 冒頭で述べたとおり、整理解雇の場合であっても、必要性については、倒産必至、債務超過、累積赤字といった事態にあることまでは要求されていません。しかし、本件は毎年1億~2億の赤字を計上しているような財務状態であったことを認定しながらも、労働条件変更の必要性について、

「財政上、極めて危機的な状況に瀕していたとはいえない」

とかなり高いハードルを設定したうえ、これを否定しました。

 裁判所が必要性の認定について

「その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならない」

と判示していることから分かるとおり、必要性は不利益の性質・程度との相関によって判断されます。

 上記の高いハードルも、賃金という重要な労働条件について、1~2割という大きな削減幅を伴っていたからこその基準という側面は否定できないと思います。

 ただ、そうであるにしても、ともすれば緩やかに流されかねない必要性の判断において、厳格な基準が採用されていることは注目に値します。本件は就業規則の変更による賃金等の削減が問題になる事案において活用できる可能性を持った裁判例だと思われます。