弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場復帰訓練を実施するための安易な休職期間の延長が重大明白な違法性を有するとされた例

1.無効確認の訴え

 公務員に対する懲戒処分や分限処分などを司法的に争う場合、処分の取消の訴え(行政事件訴訟法8条)という手続をとるのが普通です。

 しかし、例外的な場面では、無効確認の訴え(行政事件訴訟法36条参照)という手続をとることもあります。

 どのような場合に無効確認の訴えを提起するのかというと、審査請求期間や出訴期間を徒過してしまった場合が典型です。

 国家公務員の場合も地方公務員の場合も、取消訴訟を提起するにあたっては、審査請求を前置する必要があります(国家公務員法92条の2、地方公務員法51条の2)。しかし、審査請求は処分説明書の交付を受けた日等の翌日から起算して3か月以内にしなければなりません(国家公務員法90条の2 地方公務員法49条の3)。

 また、取消訴訟は裁決があったことを知った日から6か月以内に行わなければなりません(行政事件訴訟法14条1項)。

 審査請求が前置されていない取消訴訟、出訴期間を徒過してしまった取消訴訟は、訴えても不適法却下されることになります。しかし、処分の無効の確認を求める訴えに、そうした制限はありません。審査請求が前置されていなくても、出訴期間を徒過していたとしても、訴えることができます。

 それでは、なぜ、処分の無効確認の訴えが例外的な手続として位置付けられているのかというと、勝訴のハードルが高いからです。取消訴訟では、原則として、処分が違法でありさえすれば、勝訴することができます。しかし、無効確認の訴えでは、単に処分が違法であれば足りるというわけではなく、違法性が「重大かつ明白」でなければ勝訴することができません(最三小判昭36.3.7民集15-3-381)。

 ただでさえ勝ちにくい行政訴訟が更に勝ちにくくなるため、不服申立は、審査請求→取消訴訟が原則とされ、無効確認の訴えは例外的な手続として位置付けられているのです。

 そのため、公務員に対する処分の効力が争われる事件でも、無効確認の訴えという手続がとられることはあまりありませんし、それで勝訴できる事例は更に稀です。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、分限休職処分の無効確認請求が認容された裁判例が掲載されていました。さいたま地判令3.2.19労働判例ジャーナル111-28 和光市事件です。

2.和光市事件

 本件で被告になったのは、和光市です。

 原告になったのは、被告の職員の方です。心身の故障を理由として、5回に渡り分限休職処分を受けました。結果的に復職はしましたが、この5回の分限休職処分について、いずれも休職事由がなく、手続上も瑕疵があるとして、その無効の確認等を求める訴えを提起しました。

 本件で特徴的なのは、5回目の分限休職処分の取り扱いです。

 原告の主治医Cは、4回目の分限休職処分の前日である平成30年5月10日付けの診断書に「病名 自律神経失調症」「回復音中である。2018年5月11日から2018年8月31日まで休職継続とする。現在、病状は回復期にあり、この休職期間内に職場復帰訓練を施行し、2018年9月1日からの復職を目指すことが望ましい。」と記載していました。

 また、原告からセカンドオピニオンを求められたD医師は、平成30年5月22日付けの診断書で「病名 自律神経失調症」「本日の診察においては明らかな精神症状を認めず、職場復帰訓練可能な状態と判断する。」と記載していました。

 しかし、職場復帰訓練を休職期間中に実施することになっているとして、被告のF職員課長は、C医師に休職期間延長のための診断書の発行をすることなどを依頼しました。

 結果、C医師は平成30年8月28日付けで診断書を作成し、「病名 自立神経失調症」「症状は安定し、医療面からは前回の診断書通り復職が可能な状態である。職場からの強い希望で、職場復帰訓練が実施されることとなり、2018年9月1日から2か月間、休職期間延長が必要であると判断した。2018年9月1日から2018年10月31日まで休職継続とする。主治医としては、休職期間を長引かせず、なるべく早めの復職が患者の生活の安定・病状安定には望ましいと判断している。」と記載しました。

 また、D医師も平成30年8月28日付けで「病名 自立神経失調症」とし、「本日の診察においては明らかな精神症状を認めず、職場復帰訓練可能な状態と判断する。尚期施設の規定において職場復帰訓練は休職期間中に行うとのことであるため、平成30年10月末日まで休職延長とする。」と記載しました。

 こうした経緯で発令された平成30年9月1日付けの分限休職処分(5回目の分限休職処分)について、原告は、職場復帰訓練を実施するため形式的に診断書が作成されているにすぎず、休職事由に該当する心身の故障はないと主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、5回目の分限休職処分が無効であることを認めました。

(裁判所の判断)

「地公法28条は、職員の意に反して、降任、免職、休職及び降給を行う分限制度を定めるところ、その趣旨は、公務の能率の維持及びその適正な運営の確保の目的から、その処分権限を任命権者に認める一方で、公務員の身分保障の見地から、その処分権限を発動し得る場合を限定したものである。かかる分限制度の趣旨・目的に照らし、かつ、同条に掲げる処分事由が被処分者の行動、態度、性格、状態等に関する一定の評価を内容として定めていることを考慮すると、分限処分を行うに当たっては、任命権者にある程度の裁量権が認められるが、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分を行うことが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることは許されず、考慮すべき事項を考慮せず、あるいは考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性を持つ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものとの評価を免れないというべきである(最高裁昭和48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁参照)。」

「もっとも、行政処分が無効であるといえるためには、当該処分に明白かつ重大な瑕疵がなければならないから(最高裁昭和34年9月22日第三小法廷判決・民集13巻11号1426頁参照)、本件各休職処分が無効といえるためには、これらの処分に重大かつ明白な瑕疵といえるほどの裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があることが必要というべきである。

(中略)

「前記認定事実によれば、C医師は、平成30年5月10日付けで、同年9月1日からの復職を目指すことが望ましいと診断し、同年6月28日付けで、F職員課長に対し、原告が復職可能な状態であり職場復帰訓練及び復職の時期を早期に原告に提示するように求める書面を送付したほか、同年8月28日付けで、病状が安定しており復職が可能な状態であるとの診断する一方、D医師も、同年5月及び8月の2度にわたる診察の結果、原告に明らかな精神症状を認めず、原告が職場復帰訓練可能な状態であると診断していた。これらの事情からすると、本件休職処分5の時点では、原告の自律神経失調症の諸症状については復職可能な程度に回復し、そのことを医師2名が重ねて診断していたものである。

また、原告の攻撃的言動の点についても、同年7月3日のカウンセリングで顕れた以降、同年8月21日のカウンセリングでは、穏やかで落ち着いた対応をして、攻撃性を示すことはなく、本件休職処分5の10日後に実施された同年9月11日のカウンセリングでは、従前激しい拒絶反応を示していたE主幹が同席したにもかかわらず、まったく攻撃的言動や拒絶反応が顕れなかった。このような原告の心身の状態を見ると、本件休職処分5の時点では、自律神経失調症がほぼ回復していた上、間欠性爆発性障害による他者への攻撃的言動も相当程度抑制されるようになっており、職務遂行に支障が生じるような状態ではなかったと考えられる。

他方で、同年8月21日のカウンセリングにおけるF職員課長の発言内容・・・や、F職員課長がC医師に送付した書面の内容・・・に徴すれば、本件休職処分5は、その時点での原告の心身の状態を理由とするものではなく、むしろ、原告に職場復帰訓練を行うことを主たる目的としてされたことがうかがわれる。

これらの事情を総合して考慮すると、医師2名が職場復帰訓練の要否について、留保を付すことなく復職可能と診断し、C医師は早期の職場復帰が望ましいとしていることや、業務遂行の障害と考えられた衝動的な攻撃的言動についても、相当程度抑制されていたことからすると、本件休職処分5の時点では、原告は、職務遂行に支障が生じるような心身の故障がなくなっていたというべきである。しかし、被告は、これらの事情を十分に考慮することなく、職場復帰訓練を行うために、本件休職処分5を行うことで原告の休職期間を延長したものである。そうすると、本件休職処分5は、考慮すべき事情を考慮せず、又は考慮すべきでない事情を考慮して、休職事由の該当性に関する判断を誤ったものであり、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものといえ、その程度は重大かつ明白というべきである。

「これに対し、被告は、C医師の診療情報提供書に『間欠性爆発性障害』との記載があり、この症状が原告の攻撃的言動と整合しており、この障害を理由として休職が必要と判断したもので、適法であると主張する。」

「確かに、間欠性爆発性障害が精神的疾患に該当するか否かはともかく、かかる障害による症状の発現は、当人も抑制することができない衝動的な攻撃的言動を引き起こし、職場を混乱させて秩序を乱し、正常な職務遂行を困難ならしめるものであって、このような状態が繰り返される場合には、心身の故障によって職務遂行ができないものとして、長期の休養を要する場合に当たると判断することはやむを得ないものである。そして、C医師がこの点について判断を産業医の役割であるとして避けている以上、被告において、原告に対するカウンセリング等の機会を利用して、その様子を見極めようとしていたことも致し方ない。しかし、前記認定の経過によれば、自律神経失調症の改善とともに、毎月のカウンセリングを通じて、原告の衝動的で攻撃的な言動が抑制されてきた様子を看て取ることができ、平成30年9月のカウンセリングではその改善傾向が顕著であったことに照らせば、本件休職処分5の時点において、原告は、業務遂行に支障を来すような心身の故障がなくなっており、分限条例3条2項に従えば、すみやかに復職を命じなければならない状況にあったというべきである。」

「したがって、被告の前記主張は、採用することができない。」

3.安易な休職期間の延長はダメ

 職場復帰訓練を実施したいという被告の考えは理解できなくはありません。それでも、分限休職事由が消滅しているにもかかわらず、訓練を実施したいとの理由のもと、便法として分限休職処分を実施することは、重大明白な瑕疵があると判断されました。職場復帰訓練を実施するため、安易に休職期間を延長することに対し、裁判所はかなり強い姿勢を打ち出したといえます。

 懲戒処分・分限処分の無効確認の訴えは、あまり使われることはありません。しかし、本件のように勝てる例もあることを目の当たりにすると、審査請求前置・出訴期間制限との関係で取消訴訟を提起できない方も、それだけで直ちに権利救済を諦める必要はないのだろうと思われます。