弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

代表取締役に労働者性が認められた例

1.労働者と代表取締役

 労働基準法上、「労働者」とは「職業の種類を問わず、事業又は事務所・・・に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義されています(労働基準法9条)。

 これに対し、株式会社の「代表取締役」とは「株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する」者をいいます(会社法349条4項)。業務執行の一環として労働者を指揮命令する側にいるのであり、誰かに「使用される」立場にはありません。平取締役は代表取締役から指揮命令を受けることが考えられるため、従業員との兼務がありえますが、代表取締役には、より上位の経営者がいません。そのため、代表取締役であることと労働者であることとは、基本的に両立しない関係にあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、登記簿上、代表取締役とされていた方に、労働者性が認められた裁判例が掲載されていました。さいたま地判令3.8.4労働判例ジャーナル116-56 国・行田労基署長事件です。珍しい裁判例であるため、ご紹介させて頂きます。

2.国・行田労基署長事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、株式会社三星(三星)の代表取締役として登記されていた方です。元々、Dの経営する株式会社栄光警備保障(栄光警備保障)に入社し、警備業務に従事していました。その後、栄光警備保障の解散に伴いDが新たに設立した三星の代表取締役に就任しました。

 代表取締役としての登記を経た後も、原告は交通誘導警備業務等に従事していたところ、自宅において脳出血を発症し、救急搬送されて入院しました。治療・療養を継続したものの、右辺麻痺による歩行障害等が残存したため、行田労働基準監督署長に対して労災保険法に基づく障害補償給付を請求しました。しかし、行田労働基準監督署長は、

「三星の代表取締役の地位にあった原告は労災保険法上の労働者には該当しない」

として、障害保障給付の不支給処分をしました。審査請求をしても結論が変わらなかったため、原告の方は、不支給処分に対する取消訴訟を提起しました。

 本件では、原告と三星との間の任用契約の有効性や原告の労働者性が争点になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を認め、不支給処分の取消請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「原告は、三星の名目的な社長となることについて承知していたが、実質的な権限を有する代表取締役又は取締役に就任する旨の承諾はしていなかった旨主張する。これは、原告と三星との間の任用契約は虚偽表示であり、同契約締結後も、Dが三星を実質的に経営しており、原告と三星ないしDとの間に労働者としての使用従属関係が存続していた旨の主張と解される。」

「前記前提事実、上記認定事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、Dは、事情により、その経営していた栄光警備保障を閉鎖することとし、三星を設立し、その自宅を三星の事務所としたこと、三星の役員には就任していなかったものの、三星の実印を管理し・・・、前代表取締役の辞任の際、後任の代表取締役の選定に当たったこと及び三星の営業活動を一人で行い、従業員の給与計算やその現金支給の手続を行っていたこと・・・が認められる。このことからすると、三星の実質的経営者は、Dであったと考えられる。

(中略)

「このように、Dが三星の実質的な経営者として行動していたのに対し、原告が三星の代表取締役として行動していたと見ることは困難であることに加え、前記・・・のとおり、Dが、原告に対し、社長の業務は全部自分でやるから、仕事は変わらないからなどと言って、三星の社長となることを依頼したことや、乙2・・・にも、Dは、営業面は自分(D)がやるので、原告は差配など警備業務の責任者になってほしいと述べたところ、原告が納得したとする旨の記載があり、原告が三星の業務全般に携わるわけではないことが前提とされていたことに照らすと、原告と三星のとの間で、原告が三星の代表取締役に就任することが合意されたとしても、それは、原告の地位又は権限に変更がないことが前提とするものであり、代表取締役の任用契約としては、原告と三星が通じてした虚偽の意思表示であり、無効と言わざるを得ない(なお、処分行政庁は、行政庁が労働者災害補償保険法に基づく各種給付をするに当たって、取引当事者として虚偽の意思表示の外観を信頼するわけではないから、民法94条2項にいう第三者に当たらないと解する。)。」

(中略)

「以上によれば、原告は三星の代表取締役であったということはできず、交通誘導警備業務に起因することが窺われる脳出血を発症した当時、交通誘導警備業務に従事し、三星の指揮監督下でその労務を提供し、その業務に応じた報酬の支給を三星から受けていたと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。したがって、原告が、脳出血を発症した当時、労基法9条の労働者であったということができる。

「よって、行田労働基準監督署長が、労働者である原告がその業務に起因して脳出血を発症し、それによって障害を負ったにもかかわらず、原告が労働者に該当しないとしてした本件処分は違法であると言わざるを得ない(以上のように、原告と三星との間の任用契約が無効であることから、この認定は通達と矛盾するものではない。)。」

3.任用契約の無効を理由とするもので地位の併存を認めたものではないが・・・

 本件では、代表取締役への任用契約は無効であり、労働者としての使用従属関係が存続していたとする構成がとられています。つまり、代表取締役としての地位と、労働者の地位との併存が認められた事例とはいえません。

 それでも、登記されていた代表取締役に対し、労働者性を認めるという判断をしたことは注目に値します。実質的な経営者が他にいることを理由に、任用契約の効力を否定した点も同様です。

 従来、平取締役はともかく、代表取締役に労働者性を認めるのは困難ではないかとの認識が一般的でした。この裁判例は、そうした常識に抗い、名ばかり代表取締役の労働者性を主張していくための論拠として活用することが期待されます。