弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

代表取締役・労務管理担当の取締役とその他の取締役の注意義務の差

1.取締役の善管注意義務

 株式会社と役員の関係は委任に関する規定によって規定されます(会社法330条)。そのため、取締役(役員)は会社に対し「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務」(善管注意義務)を負います(民法644条)。

 この善管注意義務の内容は、取締役の所掌事務によって、その内容を異にするのでしょうか?

 株式会社の規模が大きくなると、複数名の取締役が事務分掌をした方が効率的な組織運営ができます。しかし、取締役間での合議、あるいは、取締役会で決められた事務分掌は、委任者(株主)の意思とは関係のないところで行われた受任者間での取決めにすぎないという見方もできます。

 それでは、こうした内部的な事務分掌が、法令上の義務である善管注意義務の内容に影響をもたらすことは、在り得るのでしょうか?

 これは、ざっくばらんに言うと、会社に問題が生じた時、取締役に「自分の所掌事務ではないから知らない(あるは注意義務が軽減される)」という弁解が認められるのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。熊本地判令3.7.21労働経済判例速報2464-3肥後銀行事件です。

2.肥後銀行事件

 本件は肥後銀行の株主が提起した責任追及の訴えです。旧法下において株主代表訴訟といわれていた手続です。

 本件で原告になったのは、肥後銀行の従業員であった亡P13の妻です。亡P13は平成24年10月18日に自殺するまで肥後銀行に勤務していました。

 本件の原告は、肥後銀行の株主でもあったため、

「P13が肥後銀行の業務に起因して平成24年10月18日に自殺し、肥後銀行が原告及びその子らに対する損害賠償金、訴訟費用、弁護士費用等を支払うとともに法令遵守が重視される銀行としての信用が著しく損ねられ、信用毀損による損害を被ったのは、当時肥後銀行の取締役であった被告らが、従業員の労働時間管理体制の構築に係る善管注意義務を懈怠したためである」

と主張し、当時の取締役らを被告として、肥後銀行に損害賠償を支払うことを求める訴えを提起しました。

 裁判所は、結論として原告の請求を棄却しましたが、各取締役の善管注意義務の内容について、次のように判示しています。

(裁判所の判断)

「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり、労働基準法所定の労働時間制限や労働安全衛生法65条の3所定の作業管理に関する努力義務は、上記のような危険の発生を防止することをも目的とするものと解されることからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。」

「そして、上記使用者の労働者の健康等に対する安全配慮義務を遵守するために、従業員の労働時間管理を含む労務管理は企業経営において不可欠かつ会社経営の根幹に係る重要な事項であると考えられることに加え、使用者は、労働者に対し36協定に基づく時間外労働をさせた場合に労働基準法37条1項に基づく割増賃金を支払う必要があるほか、厚生労働省が定めた労働時間適正把握基準・・・を遵守することが求められていることに照らすと、会社は従業員の健康等に対する安全配慮義務を遵守し、その労務管理において従業員の労働時間を適正に把握するための労働時間管理に係る体制を構築・運用すべき義務を負っており、代表取締役及び労務管理を所掌する会社の取締役も、その職務上の善管注意義務の一環として、上記会社の労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っているものと解される。また、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、上記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っているものと解される(なお、労働時間適正把握基準は、上級行政機関が下級行政機関及び職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発する通達であり、法規としての性質は持たないが、裁判所が使用者等の善管注意義務違反の有無を判断するに当たって参照すべき規範であると解される。)。」

「もっとも、会社が上記労働時間管理に係る体制の構築・運用義務を履行するに際し、具体的にどのような内容の体制を整備すべきかについては、労務管理が専門的な知識や経験を要する業務であることに加え、規模の大きな会社では労務管理のためのシステムの整備に相応の費用及びそれに専従する人員の配置を必要とすることを併せ考慮すると、上記労働時間に係る体制の構築・運用は経営判断の問題であり、会社の経営を委ねられた専門家である代表取締役及び労務管理を所掌する取締役に裁量権が与えられているというべきである。したがって、会社の取締役に対し、適切な労務管理の体制の構築・運用を怠ったことが善管注意義務に違背するとしてその責任を追及するためには、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役の判断の前提となった情報の収集、分析、検討が不合理なものであったか、あるいは、その事実認識に基づく判断の過程及び判断内容に明らかに不合理な点があったことを要するものと解するのが相当である(なお、取締役は、会社経営を行うに当たり法令を遵守することが求められているから、取締役が上記労務管理の体制整備に際して労働基準法等の法令を遵守すべきことは当然である。)。」

3.代表取締役・労務管理所掌の取締役-その他の取締役

 上述のとおり、裁判所は、代表取締役・労務管理所掌の取締役と、その他の取締役で、善管注意義務の内容を異なるものと理解しました。

 これは取締役の任務に関する判断であるため、会社法429条1項に基づいて第三者が取締役に損害賠償請求を行う場面にも妥当する可能性があるように思われます。

 大規模な会社の取締役がどのように所掌事務を分担しているのかは、外部からはあまりよく分かりませんが、被告選定にあたっては、取締役毎に善管注意義務(任務)の内容が異なる可能性があることに留意する必要がありそうです。