弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部下の多さでは管理監督者かどうかは決まらない-従業員数20名の会社で8名の部下を有する地位にあっても管理監督者性が否定された例

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 ここで重要なのは、①~③に関連しない事情は、基本的に意味を持たないことです。例えば、多くの部下を抱え、業務分担を差配して、いかにも管理職然としていたとしても、それだけでは①(~③)との項目とは関連しません。そのことは、昨日ご紹介した東京地判令4.4.13労働判例ジャーナル128-40 国・広島中央労基署長事件からも、窺い知ることができます。

2.国・広島中央労基署長事件

 本件は、いわゆる労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、傘下の子会社から委託を受けて、その総務、財務、経理の業務を行う持株会社(本件会社)で、管理本部経理部長として働いていた方です。賃金構成は、

基本給24万円、

役職手当26万円、

管理手当4万円、

住宅手当18万円、

合計72万円とされていました(いずれも月額)。

 適応障害(本件疾病)を発症し、休業補償給付を請求したところ、処分行政庁から管理監督者性が認められることを前提に、給付基礎日額を2万4000円とする休業補償給付の支給決定を受けました。これに対し、自分は管理監督者ではなく、給付基礎日額の算定に誤りがあると主張し、支給決定の取消訴訟を提起したのが本件です。

 本件では原告の管理監督者性が争点になりました。

 裁判所は管理監督者性の判断を行うにあたり、要素①との関係で、次のとおり判示しました。なお、結論として裁判所は、原告の管理監督者性を否定し、支給決定の取消請求を認めています。

(裁判所の判断)

前提事実・・・及び認定事実・・・によれば、原告は、従業員総数20名の本件会社において、8名の部下を有する地位にあったものの、労務管理に関しては、その出退勤の事実確認をするのみで、割増賃金の支給等の決定権限は何ら有していなかったことが認められる。また、部下の人事考課については、原告は本人尋問及び陳述書・・・において何ら関与をしたことがない旨供述し、これに反する証拠は見当たらない。」

「これに対し、被告は、部長の職務につき『所属員の分担業務を決定し、指揮指導を行う。』と定める組織規程18条3号・・・のとおり、原告は部下の業務分担を差配する権限を行使していた旨主張するが、そのような職務は、部下が存在する以上は必然的に発生するものにすぎず、結局のところ、残業が発生しても割増賃金の支給すら決定権限を有しないのであれば、これを経営者に代わって労務管理の権限を分掌していると評価することはできない。

「労務管理以外の面においても、原告の所掌事務は、上場を控える本件会社において重要性が高まっていたとはいえ、独自の権限を有していたのは、経理事務のうち仕訳に関する点のみであり、その他の所掌事務は、原告が在籍中に行ったシステムの改変等も含め、上司に当たるD本部長や、E社長の指揮監督下において行われ、経営会議や経営方針発表会においても、単に所掌事務の状況と今後の方針をE社長以下の経営陣に報告していたにすぎないと認められる・・・。被告は、この点についても、経理規程・・・や組織規程・・・に基づき、経理部の所掌事務全般について決定、承認の権限を有していた旨主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はないし、そもそも経理規程・・・は原告入社時の組織改編を反映しておらず、実態と乖離していたことは明らかである。」 

「被告は、経理部の仕事の権限を委譲した旨のD本部長の供述・・・を指摘するが、ここにいう『権限』の具体的内容は、その供述からは明らかでなく、原告が上記認定の範囲を超える決定権限を有していたことを認めるには足りない。また、被告は、審査請求に際して労働者災害補償保険審査官が本件会社から提出を受けたE社長名義の平成30年10月10日付け回答書・・・に、原告の担当業務における決裁権限の範囲として『仕訳けの承認権限、経費の決裁権限、稟議の決裁権限』『部下の残業時間の承認権限』と記載されている点を指摘するが、この回答書の作成者とされるHなる者の立場は不明であり、別紙の組織図に総務部システム課の従業員として記載されている『H』がこれに該当すると仮定しても、同人が原告の在籍中の勤務実態を把握した上で回答書に記載したことを裏付けるものはなく、これを採用することはできない。」

以上のとおり、原告は、経理部の部下に対する労務管理や人事考課につき何らの権限を持たず、決定権限を与えられていたのは、所掌事務のうち仕訳についてのみであったことになる。権限の範囲が限定されていたことにつき、原告が入社間もないことに伴う時限的措置であったと認めるに足りる証拠もない。本件会社においては経理業務の整備が上場へ向けた重要課題であったことを踏まえても、上記の権限しか有しない原告について、経営者と一体となって労働時間規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務や権限を担っていたと評価することは困難である。

3.日常用語でいう「管理職」とは明確に異なる

 管理監督者の概念は、日常用語でいう「管理職」とは明確に異なります。多数の部下を管理し、業務分担を差配していたとしても、管理監督者に該当しないということは普通に生じます。

 「管理職だから」との理由で残業代が支給されていない方は、本当に残業代を請求することができないのか、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でもご相談をお受けすることは可能です。