弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社の損害賠償責任は認めらたけれども、取締役個人の損害賠償責任は認められなかった例

1.会社への責任追及/取締役個人への責任追及

 労災事故などの被災者・被害者が受けた損害は、労働者災害補償保険による補償がなされます。

 しかし、保険給付は被った損害の全てを対象としているわけではありません。未填補の損害について、被災者・被害者は損害賠償を請求して行くことが考えられます。

 この場合、被災者・被害者による責任追及の対象としては、①会社、②災害防止に責任を持つ取締役個人の二つが考えられます。

 会社と取締役個人とでは、責任追及のしやすさが違います。

 会社に対する責任追及の根拠としては、しばしば民法709条が参照されます。これには、

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定されています。

 取締役個人に対する責任追及の根拠になるのは、会社法429条1項です。これには、

「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定されています。

 会社に責任追及するためには「故意又は過失」が必要ですが、取締役個人に責任追及するためには「悪意又は重大な過失」が必要になります。このような要件の差から、一般論としては、取締役個人の責任を追及するよりも、会社の責任を追及する方が容易です。

 そのため、会社と取締役個人の双方を被告として訴訟提起しても、前者の責任が認められる一方、後者の責任は認められないといったことが起こります。昨日ご紹介させて頂いた神戸地姫路支判令5.1.30労働判例ジャーナル135-36 姫路合同貨物自動車事件も、そうした事案の一つです。

2.姫路合同貨物自動車事件

 本件で被告になったのは、

貨物自動車運送事業、倉庫業等を目的とする株式会社(被告会社)、

本件当時の被告代表取締役(被告B)、

本件当時の被告代表取締役であった被告Cの相続人(被告D、被告E、被告F)

の計5名です。

 原告になったのは、被告会社の従業員で、食料品等の運送業務をおおなうトラック運転手として勤務していた方です。長時間労働等の加重な負荷のかかる業務によって急性心壁心筋梗塞(本件疾病)を発症したとして、被告らに損害賠償を請求しました。

 裁判所は業務起因性(業務と本件疾病発症との相当因果関係)は認めましたが、次のとおり述べて、会社の責任を肯定する一方、取締役の個人責任は否定しました。

(裁判所の判断)

・被告会社が責任を負うか

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であるから、被告会社において、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して原告の心身の健康が損なわれることがないように、労働時間の実態を把握して適切に管理し、負担を軽減する措置を採るべき義務を負っていたといえる。」

「前記・・・のとおり、原告は、被告会社における業務において著しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に従事していたのであるから、被告会社が上記義務に違反したことが認められ、被告会社は、民法709条による不法行為責任を負うというべきである。」

被告らは、被告会社では、トラック運転手の運行時間を管理するデジタルタコグラフを用いた労務管理をし、長距離運送の外部委託を進めて労働時間短縮を実現したことから、被告会社に注意義務違反がない旨主張する。しかし、被告会社の安全推進会議において、運転日報上の『休憩』、『待機』、『荷積』、『荷卸』のボタン操作ができていない従業員がいることについて協議されており・・・、前記・・・のとおり、原告においても休憩ボタンを押して荷積みや荷卸しをしていたことからすれば、デジタルタコグラフを用いた労務管理が十分にできていたとはいえない。また、被告会社における長距離運送の外部委託の結果として、実際に、平成28年4月以降における原告の時間外労働時間、拘束時間が短縮するなどの一定の成果が出ていることが認められるものの、それ以前における原告の業務量や労働時間に対する具体的な負担軽減措置は採られていない。よって、被告らの主張は採用できない。

・被告Hら(被告B及び被告C)が責任を負うか

「被告Hらは、本件当時、被告会社の代表取締役であり、被告会社における善管注意義務として、被告会社が前記・・・の義務を遵守する体制を構築すべき義務があったといえる。」

被告Hらは、本件営業所が本件処分や本件勧告を受けたことなどを踏まえ、被告会社の取締役として、デジタルタコグラフを用いた労務管理を行い、車両には連続4時間以上の走行をさせないような警報装置を取り付け、長距離運送の外部委託を進め、実際に、平成28年4月以降における原告の時間外労働時間、拘束時間が短縮するなどの一定の成果も認められる。また、被告Hらは、本件処分、本件勧告、被告会社の安全推進会議の内容等については認識していたといえるが、原告に休憩ボタンを押して荷積みや荷卸しをするように指示したり、そのような指示に従って原告が行動したりしていたことを認めるに足りる証拠はなく、却って、同安全推進会議では、適切にボタン操作するように指導することが指示されている。そうすると、被告Hらが取締役としての上記善管注意義務に違反したとはいえず、また、会社法429条1項の悪意又は重大な過失があったとも認められない。

「よって、被告Hらは、会社法429条1項による責任を負わず、被告Hらが上記善管注意義務に違反したとはいえないから、民法709条の不法行為責任も負わない(亡Cが責任を負わないため、同人の相続人である被告D、被告E及び被告Fに対する原告の請求はいずれも認められない。)。」

3.取締役個人を被告にするか?

 被告が多くなると、何となく責任追及の主体が増え、請求が認められる余地が広がりそうに見えます。また、被災者・被害者が、事故に責任を持つ経営者個人に対して責任を追及したいという気持ちになるのは、素朴な法感情として良く理解できます。

 しかし、大抵の場合、取締役個人よりも会社の方が資力があります。また、会社の責任が否定される一方、取締役個人の責任が認められるケースは、それほどありません。更に言うと、特に、会社と取締役個人とで代理人弁護士が異なるケースでは、主張が錯綜し、審理が混乱・長期化し易いなどのデメリットもあります。

 本件でどのような背景事情があったのかは分かりませんが、労災民訴等で取締役個人にまで被告を拡大するのかは、それが意味のある事案なのかを吟味検討したうえで決めることになります。