弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

リスクファクターによる寄与が認定されても、心臓疾患の業務起因性が否定されなかった例

1.過労で心臓疾患を発症した労働者が損害賠償を請求するには・・・

 過労で心臓疾患を発症した労働者が使用者に対して損害賠償を請求するにあたっては、当該心臓疾患の発症が過重労働と紐づいていること、いいかえると、当該心臓疾患の発症が業務に起因していることを立証して行く必要があります。

 どのような場合に心臓疾患に業務起因性が認められるのかは、

令和3年9月14日 基発0914第1号「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」

という通達に基づいて判断されます。この通達には、どのような出来事があった場合に心臓疾患等に業務起因性があるのかが書かれています。行政も司法も、基本的には、この通達に準拠して、業務起因性を判断しています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000832096.pdf

 それでは、心臓疾患に繋がるような出来事はあるものの、労働者の側にもリスクファクターが存在していたと認められる場合、業務起因性はどのように判断されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。神戸地姫路支判令5.1.30労働判例ジャーナル135-36 姫路合同貨物自動車事件です。

2.姫路合同貨物自動車事件

 本件で被告になったのは、

貨物自動車運送事業、倉庫業等を目的とする株式会社(被告会社)、

本件当時の被告代表取締役(被告B)、

本件当時の被告代表取締役であった被告Cの相続人(被告D、被告E、被告F)

の計5名です。

 原告になったのは、被告会社の従業員で、食料品等の運送業務をおおなうトラック運転手として勤務していた方です。長時間労働等の加重な負荷のかかる業務によって急性心壁心筋梗塞(本件疾病)を発症したとして、被告らに損害賠償を請求しました。

 本件では相応の業務負荷自体は認められたのですが、原告が心筋梗塞のリスクファクター(相当期間に渡る相当量の喫煙、高脂血症など)を有していたことから、本件疾病い業務起因性が認められるのかどうかが問題になりました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件疾病の業務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告の時間外労働時間は、発症前1か月間が100時間を超えるものではないし、発症前2か月間ないし6か月間における1か月当たりの平均時間外労働時間も、いずれも80時間を超えるものではないから、原告の労働時間のみでは、認定基準における業務と発症との関連性が強いと評価できる場合には当たらない。」

「もっとも、発症前5か月間の平均時間外労働時間は76時間を超えており、80時間に近い。また、発症前3か月、4か月、5か月における時間外労働時間が、いずれも80時間を超えており、同期間の拘束時間も、脳・心臓疾患の労災認定実務要領における目安である275時間を超え、発症前4か月、5か月においては、293時間を上回っているから、発症前3か月から5か月までの期間における業務は、著しく過重なものというべきであり、同期間における業務により著しい疲労が蓄積したものとみることができる。そして、同期間後における労働時間や拘束時間をみても、蓄積した疲労が回復する程度に短いとはいえない。加えて、発症前1か月、2か月には深夜勤務が認められないものの、それ以前には、恒常的に深夜勤務も認められる。」

「以上の事情を総合考慮すれば、被告会社における過重な負荷のかかる業務によって本件疾病を発症したといえるから、本件疾病の発症と被告会社における業務との間に相当因果関係があると認められる。」

被告らは、原告が、30年間にわたって毎日40本の煙草を喫煙していたこと、高血圧及び脂質異常症が認められること、肺気腫との診断を受けたことがあることなどを指摘し、心筋梗塞のリスクファクターがあることから、業務起因性は否定されるべきである旨主張する。

「前記・・・の健康診断の結果、同・・・カルテの記載からすれば、原告が相当期間にわたって相当量の喫煙をしていたこと、高脂血症といえること、LDLコレステロールが高いことなど心筋梗塞のリスクファクターが認められる(なお、肺気腫については、カルテの記載をみても確定診断があったことを認めるに足りる証拠はないが、少なくとも肺気腫と疑われるような原因があったことは認められる。)。そして、本件疾病に関する医学的知見を前提にすれば、これらのリスクファクターは、心筋梗塞の発症率と強い相関関係があると認められるから、本件疾病の発症に寄与していたことは否定できず、前記アのとおり、労働時間のみで、認定基準における業務と発症との関連性が強いと評価できるものではなく、労働時間以外の要因を総合考慮して業務起因性が認められることも踏まえると、原告に認められるリスクファクターが本件疾病の発症に相当程度寄与していたとみるべきである。もっとも、原告に具体的な疾患等が認められるわけではなく、被告会社における業務の過重負荷がなくても、直ちに心筋梗塞を発症する状態にあったとはいえないから、被告らが指摘する事情を踏まえても業務起因性は認められる。よって、被告らの主張は採用できない。

3.リスクファクターによる寄与が認定されても、業務起因性が否定されなかった

 本件の事案としての特徴は、

「本件疾病の発症に相当程度寄与していたとみるべきである。」

とリスクファクターによる本件疾病への寄与が明確に認められていることです。

 それでも、業務による過重負荷がなくても心筋梗塞を発症する状態にはなかったとして、業務起因性(業務との相当因果関係)は認められると判断されました。

 原因が競合していても、なお損害賠償請求が認められた例として、本裁判例が示す業務起因性の認定の在り方は参考になります。