弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

名目だけの代表取締役になるリスク-合計5000万円以上の損害賠償責任を負った例

1.名義貸しに伴うリスク

 この仕事をしていると、安易に他人に名義を貸して、過大な責任を負う方を目にすることが少なくありません。

 過大な責任に繋がる名義貸しには、大きく言って二つの類型があります。

 一つ目は、借金の名義貸しです。他人に頼まれて消費者金融などからお金を借り、それを依頼主に渡すという類型です。依頼主がお金を返すことができなくなったとしても、金融機関との金銭消費貸借は有効に成立しているため、貸金返還義務を免れることはできません。借金を返すことができなければ、破産による債務名義を余儀なくされることもあります。

 もう一つは、名目だけの責任者になることです。実権を持たない登記簿上の会社役員になる場合などが典型です。会社役員などの法的地位には法令によって種々の責任が紐づいています。何事もなければよいのですが、不祥事が発生した場合、第三者からの責任追及の矢面に立つことになります。

 近時公刊された判例集に、後者の危険が顕在化した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.28労働判例1251-74 株式会社まつりほか事件です。

2.株式会社まつりほか事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営等を目的として設立された株式会社(清算会社)と、その代表取締役であった方です(被告会社、被告Y2)。

 原告になったのは、被告会社に雇用され、料理長として勤務していた方(亡A)の遺族2名です(妻X1、長女X2)。亡Aが心停止を発症して死亡したのは、被告会社における長期間の過重労働が原因であると主張し、被告らに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この事件には二つの特性があります。

 一つは、元代表取締役Y2が訴えられたことがあります。

 普通、個人よりも会社の方が資力を有しているため、人の死が関係するような高額の損害賠償請求事件において、個人を訴える実益はありません。しかし、本件では、亡Aの死後、会社が解散して清算会社になってしまったため、賠償資力を拡張するという目的からか、元代表取締役Y2まで訴えられました。

 もう一つは、Y2が名目だけの代表取締役であったことです。

 被告会社を設立した亡Bは、自らは役員にならず、別会社で板前として勤務していた被告Y2に名前を貸すように依頼しました。被告Y2はこれを了承し、被告会社の代表取締役として登記されました。しかし、被告Y2は、被告会社の経営に関与することもなければ、役員鳳雛を受領することもありませんでした。被告会社では、亡Bが「社長」と呼ばれ、実質的な経営を行っていました。

 本件では、このように経営に関与することなく、報酬(名義貸しに対応するリスク負担料)すら受け取っていなかった者にまで、法的な責任が発生するといえるのかが問題になりました。

 この事件を審理した裁判所は、亡Aの死亡の業務起因性を認めたうえ、次のとおり判示して、被告Y2の損害賠償責任を認めました。

(裁判所の判断)

「被告Y2は、被告会社の代表取締役として、被告会社の業務全般を執行するに当たり、被告会社において労働者の労働時間が過度に長時間化するなどして労働者が業務過多の状況に陥らないようにするため、従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し、必要に応じてこれを是正すべき措置を講ずべき善管注意義務を負っていたというべきであるところ、被告会社の業務執行を一切行わず、亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったのであるから、その職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aの損害を生じさせたというべきである。」

「したがって、被告Y2は、会社法429条1項に基づき、被告会社と連帯して、亡Aの死亡により生じた損害の賠償責任を負うというべきである。」

これに対し、被告Y2は、亡Bに名義貸しをしたものにすぎず、被告会社の取締役としての職務を行うことが予定されておらず、実際にも職務を行っていなかったから、被告Y2の原告に対する重大な過失はないとも主張する。

そこで検討するに、前記認定事実のとおり、被告Y2は、亡Bから被告会社の設立に当たり名前を貸すように依頼を受けてこれを了承し、被告Y2において被告会社の代表取締役の登記手続をされたものであり、被告会社の経営に関与したり、役員の報酬を得たりしたことも一切なかったのである・・・から、被告Y2が被告会社の業務執行に関わることが一切予定されていない、いわゆる名目的な代表取締役であったことは、被告らが主張するとおりである。

もっとも、被告Y2は、亡Bからの上記依頼の内容について、被告会社の役員になるのかもしれないとの認識を持ち、印鑑登録証も貸したことが認められるのである・・・から、被告会社の代表取締役への就任自体は有効に行われたものであるといわざるを得ず、そうである以上、被告Y2が被告会社の代表取締役として第三者に負うべき一般的な善管注意義務を免れるものではない。仮に、被告Y2が、被告会社の実質的な代表者であった亡Bから、被告会社の業務執行に関わる必要がないとの説明を受けていたり、被告会社から何らの報酬を得ていなかったりしたとしても、それは被告会社の内部的な取決めにすぎず、そのことから被告Y2が被告会社の代表取締役として負うべき第三者に対する対外的な責任の内容が左右されることはない。

「そうすると、被告らの上記主張は当を得ないものであり、採用することができない。」

3.安易な名義貸しは禁物

 本件の判決主文は、

「被告らは、原告X1に対し、連帯して、2091万5568円及びこれに対する平成29年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

「被告らは、原告X2に対し、連帯して、3093万5452円及びこれに対する平成29年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

というもので、被告Y2は合計5000万円以上の損害賠償金を支払う義務を負うことになりました。清算会社との連帯債務であるし、内部的な負担割合として清算会社の方が大きいことは確かです。しかし、清算会社にどれだけの資力があるかは不明であり、被告Y2は極めて危険な立場に置かれることになりました。

 個人的な実務経験に照らして言うと、名義貸しを依頼する方は、大体において、自分の名前ではできない・したくないことをやろうとします。ハイリスクな行為であるため、安易な名義貸しには応じない方が賢明です。