弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて給与・人事評価をする目的であったとの説明が採用されなかった例

1.労働者災害補償保険のメリット制

 労働者災害補償保険の保険料には「メリット制」という考え方が採用されています。これは、事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内で、労災保険率・労災保険料額を増減させる仕組みをいいます。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudouhokenpoint/dl/rousaimerit.pdf

 いわゆる「労災隠し」が発生するのは、メリット制が採用されていることにも原因があります。労災事故が発生すると、保険料率が上がってしまいます。そのため、使用者には、労災事故を隠したい(業務起因性がなかったことにしたい)という誘因が働くことになります。

 しかし、当然のことながら、全ての使用者が労災を隠そうとするわけではありません。業務起因性が微妙なケースであったとしても、労働者の労災保険給付の受給に協力しようとしてくれる使用者もいます。

 ただ、使用者が業務起因性を争わなければ常に労災保険給付が受給されるかというと、そういうわけでもありません。業務起因性の有無は、労働基準監督署長が認定することになっており、使用者側の説明に無理があれば、不支給処分になります。近時公刊された判例集に掲載されていた、山形地判令3.7.13労働判例ジャーナル117-44 国・山形労基署長事件も、そうした事件の一つです。

2.国・山形労基署長事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、農業を主たる業とする株式会社(本件会社)に雇用され、農作業に従事していた方です。本件会社は、代表取締役Dの呼びかけにより、業務終了後である午後7時から、飲食店において決起大会を開催しました。そして、同日午後8時から行われた腕相撲大会(本件腕相撲大会)に参加し、腕相撲を行ったところ、2人目との対戦中、右肘を骨折しました(本件傷害)。

 原告は本件傷害について、休業補償給付・療養補償給付を請求しました。しかし、山形労働基準監督署長は、業務に付随する行為ではないことを理由に、各請求に対して不支給を決定しました(本件各処分)。これに対し、審査請求、再審査請求を経て、取消し訴訟を提起したのが本件です。

 本件で特徴的だったのは、会社の側が労災保険給付の受給に協力的であったことです。代表取締役Dは、原告の労災認定を容易にするため、

「本件腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて、給与と人事の評価をする目的であった」

と説明しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件傷害の業務起因性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労災保険は、『業務上の事由』による『負傷』等に対して、必要な保険給付を行うものであるから(労災保険法1条、7条1項1号)、保険給付の対象となるためには、当該負傷が業務上の事由によるものであること、すなわち、事業主の支配下にあり、かつ管理下にあって業務に従事しているといえる必要がある。これが肯定された場合、当該負傷が労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したとして業務起因性が認められるのである。」

「これを本件についてみると、本件決起大会は、Dの発案で全員参加を前提として開催され、日程調整に当たっても社員全員が参加可能な日時が調整され、参加費用は本件会社の負担とされたというのであるから・・・、入社して間もない原告が参加を断ることが事実上できなかったことは明らかである。また、本件決起大会は、通年雇用の従業員に自覚を持たせ、士気を高めるために例年開催されていたものであり、その冒頭では、Dからさくらんぼ収穫のための期間、場所、就労時間についての説明があったというのであるから・・・、本件決起大会が、およそ業務と無関係に開催されたものとはいいがたい。」

「しかし、本件負傷が業務上の負傷であるというためには、事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあって業務に従事しているといえる必要があるところ、以下のとおり、本件負傷について、そのような事情は認められない。」

「すなわち、本件決起大会は、参加が事実上強制されていたものの、午後7時からの開始予定に遅れて参加することも許容され、さらには開始前から飲酒を始める者がいたというように・・・、参加方法や過ごし方は従業員の自由な判断に委ねられていたといえるから、その拘束性は一般の業務に比べて相当に緩やかであったといえる。」

「そして、本件腕相撲大会は、上記のような拘束性が緩やかな本件決起大会において、Dによる業務の説明が終わったあとの午後7時30分頃から行われた飲食を伴う懇親会の行事として午後8時頃から行われているのであるから・・・、業務との関連性は薄いというほかない。実際に、本件腕相撲大会が開始されるまで、原告は飲酒せず、仕事に関連した話をしていたというものの、その内容はさくらんぼが受賞したことや、桃の食べ頃についてといった話題のほか、これから繁忙期を迎えるといった差しさわりのない話題にすぎず、具体的な業務の打合せをしていたものではない・・・。Dが本件懇親会で業務の打ち合わせ等を行うよう指示したという事実もない。さらに、本件懇親会に参加した取引業者に対する接待が指示され、原告がこれを行っていたという事情もない・・・。そうすると、本件懇親会は、業務と離れて単純に飲食を楽しむことも可能な場として設定されたものといえるから、その参加について、業務への従事と同視することはできない。」

上記のように、本件腕相撲大会は、相当程度飲食が進んだ段階で行われた余興であるから・・・、その参加に当たり、原告がDから声掛けされ、職場の雰囲気を壊したくないという思いで参加したという経緯・・・を十分に考慮しても、その際に原告が負傷したことについて、業務上の負傷であるということはできない。この点につき、Dは、本件腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて、給与と人事の評価をする目的であったと説明しているが・・・、Dは、それ以前には、場を盛り上げるために腕相撲を行ったと説明していた・・・のであるから、給与と人事の評価目的であるというDの説明は、後に説示の賃金の支給と同様、原告の労災申請のためにされた後付けの説明である疑いは排斥できない。

以上によれば、本件負傷が、事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあって事業に従事していた際に生じたということはできない。なお、本件会社は、決起大会や懇親会の参加者に対して、事後的に賃金を支給しているが、これが原告の労災認定を容易にするための便法にすぎないことは、前記認定の経緯・・・から明らかであるから、この点は前記判断を左右しない。

「これに対し、原告は、本件懇親会は慰労のためのものであり、懇親会とは異なり、業務としての性質を持つと主張する。しかし、本件懇親会が職員の士気を高めるために開催された本件決起大会の中の一行事であり、業務とおよそ無関係とはいいがたいことは事実であるとしても、本件懇親会の性質、酒食の提供の有無、懇親会中における業務への従事の有無、程度、本件腕相撲大会の目的、態様といった事情に照らすと、本件懇親会や本件腕相撲大会が、業務への従事と同視できる行事であったとはいえない。原告の主張は採用できない。」

3.より適切な説明はなかったのだろうか

 やはり、腕相撲大会で、腕力、俊敏さ、性格などをみて給与・人事評価をする目的であったというのは、説明として無理があったように思われます。

 もちろん、事実を創作するようなことは許されませんが、労災保険給付の受給に協力してもらえるのであれば、腕相撲大会への参加が事実上強制されていたことを補強してもらうなど、他にも方法があったかもしれません。

 本件のような事案もあるため、業務起因性の判断が微妙で、かつ、会社が労災保険給付の受給に協力的である場合、どのように協力してもらえるのかは、法律家の関与のもと、慎重に検討することが推奨されます。