弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

社会保険加入を希望せず委託契約が締結された経緯があっても、労働者性を争うことに躊躇する必要はない

1.労働者災害補償保険法の強行法規性

 労働者災害補償保険法6条は、

「保険関係の成立及び消滅については、徴収法の定めるところによる。」

と規定しています。

 ここでいう「徴収法」とは「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」を意味します。

 徴収法3条は

「労災保険法第三条第一項の適用事業の事業主については、その事業が開始された日に、その事業につき労災保険に係る労働保険の保険関係(以下『保険関係』という。)が成立する。」

と規定しています。

 労働者災害補償保険法3条1項は、

「この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。」

と規定しています。

 これらの法律の規定から分かるとおり、労働者を使用し始めると強制的に労働保険の保険関係が成立します。保険料を納付していない場合であっても労災保険給付は被災労働者に支給されますし、疑似自営業者などの労働災害で事業主が労災保険への加入手続をしていない場合でも労災保険給付の支給は行われます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕779頁参照)。

 労働者災害補償保険法は、このような仕組みであるため、当事者の意思で適用を免れることはできません。仮に、働く人の側で社会保険加入を望んでいなかった経緯があったしてもです。働く人の側で社会保険加入を望んでいない場合(個人事業主として働くことを望む場合)、働き方自体が労働者的でないことが多いです。当然のことながら、労働者でなければ、労災保険給付を受給することはできません。しかし、個人事業主の多くが労災保険給付を受給できないのは、働き方が労働者的ではないからであって、社会保険加入を望まなかったからではありません。社会保険加入を望まなかった経緯があったとしても、その働き方から労働者性が認められる場合、(疑似)個人事業主は、労働者性を主張し、労災保険給付を請求することができます。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.11.7労働判例ジャーナル132-60 国・大阪中央労基署長事件です。

2.国・大阪中央労基署長事件

 本件は労災の休業補償給付の不支給処分(本件不支給処分)に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、薬剤師の方です。薬局の経営等を目的とする株式会社である本件会社との間で「調剤業務期間委託コンサルティング契約書」を取り交わし、平成26年10月2日から平成28年3月25日までの間、管理薬剤師として調剤業務等に従事していました。

 本件は契約締結の経緯に特徴があり、このような契約が締結された背景には、原告の側で、将来アメリカで薬剤師の業務をすることを希望しており、日本の社会保険への加入を希望していなかったという事情がありました。このような事情は人材紹介会社からも本件会社に伝わっており、人材紹介会社から本件会社の取締役P9に宛てたメールには、原告が「個人事業主として契約を希望」している、「家庭事情により相談事項有り」などと記載されていました。

 平成28年3月24日に鬱病及びパニック障害で就労不能な状態にあると診断されたことから、平成28年3月28日、原告は代理人弁護士を通じて本件会社との間の契約を解除する旨の意思表示を行いました。

 原告は、大阪中央労働基準監督署長に対し、休業補償給付の支給を請求しました。しかし、大阪中央労働基準監督署長は、労働者性が認められないことを理由に本件不支給処分が行われました。その後、審査請求の棄却決定を経て、本件不支給処分の取消訴訟が提起されました。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を認めました(ただし、業務と精神障害との間の相当因果関係が認められず請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

(1)判断枠組み

労災保険法は、適用対象となる労働者の定義規定を置いていないが、労災保険制度が、使用者の労働基準法上の労災補償義務を前提に、その責任保険としての性格を持つとともに(労働基準法84条1項参照)、労災保険給付が労働基準法上の災害補償事由が生じた場合に行われること(労災保険法12条の8第2項参照)に鑑みると、労災保険法にいう労働者は、労働基準法9条にいう労働者と同一と解するのが相当である。そして、同条は、同法における労働者につき、『職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下『事業』という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう』と定義していることから、労災保険法上の労働者性についても基本的にこれと同様に解し、〔1〕労働が使用者の指揮監督下において行われているか否かという労務提供の形態と〔2〕報酬が提供された労務に対するものであるか否かという報酬の労務対償性によって判断するのが相当である(以下、上記〔1〕及び〔2〕の基準を併せて『使用従属性』という。)。なお、労働基準法の適用対象を画する使用従属性は、雇用契約、委任契約、請負契約といった契約の形式にとらわれるのではなく、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素を総合考慮し、実質的に判断する必要がある。」

「そして、〔1〕労務提供の形態については、具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所・勤務時間に関する拘束性の有無、労務提供の代替性の有無等に照らして判断するのが相当である。また、〔2〕報酬の労務対償性については、報酬が一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される場合には、使用従属性を補強すると考えられる。さらに、上記〔1〕及び〔2〕の基準のみでは使用従属性の判断が困難である場合には、〔3〕労働者性の判断を補強する要素として、事業者性の程度(機械・器具の負担関係、報酬の額、損害に対する責任、商号使用の有無等)、専属性の程度、その他の事情(報酬について給与所得として源泉徴収を行っていること、労働保険の適用対象としていること、服務規律を適用していることなど)を勘案して総合判断する必要がある。」

(2)本件における検討

ア 労務提供の形態について

(ア)具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無について

「本件各合意によれば、原告は、本件会社が開設する調剤薬局において、管理薬剤師として調剤業務をすることが従事する業務の内容として定められていた・・・。原告が業務に従事していた薬局には原告の上長に当たる者は勤務しておらず・・・、薬局の管理者は、保健衛生上支障を生ずるおそれがないように、その薬局に勤務する薬剤師その他の従業者を監督し、その薬局の構造設備及び医薬品その他の物品を管理し、その他その薬局の業務につき、必要な注意をしなければならず(薬機法8条1項)、その薬局の業務につき、薬局開設者に対し、必要な意見を書面により述べなければならないこと(同条2項)からすると、原告と本件会社は、本件各合意により、原告が管理薬剤師として調剤業務のみならず、業務に従事していた薬局の管理運営をすることも予定していたものということができる(なお、原告は、近畿厚生局の監査対応や薬局の損益改善のための対応等の薬局の管理運営に係る業務は本件合意の範囲外の業務である旨を主張するが、上記説示に反し、採用することができない。)。」

「そうすると、原告が調剤業務や薬局の管理運営を個別に拒否することは想定されていなかったものということができる。もっとも、原告が上記事項を拒否することができなかったとしても、これは本件各合意に基づく業務を履行する義務があることによるものであるから、直ちに本件会社と原告との間に指揮監督関係があったことを示すものということはできず、使用従属性の有無の要素として重視することはできない。」

(イ)業務遂行上の指揮監督の有無

「上記認定事実・・・のとおり、原告は、日々の調剤業務のほか、薬局における薬剤の仕入れ及びその価格の決定、レジや売上金の管理のほか、レセプトの処理、薬剤の棚卸しなどの薬局の管理運営の業務に従事していたものである。」

「まず、原告は、本件会社から、個々の調剤業務について個別具体的な指揮監督を受けていたことは認められないが、そもそも調剤業務は、個々の薬剤師がその資格の下に行うものであるから、その業務の性質上、具体的な指揮監督を受けることを想定することが難しいものである。」

「次に、薬局の運営管理についてみるに、前記前提事実・・・、上記認定事実・・・によると、原告は、平成26年10月2日から平成28年3月25日までの間、処方箋医薬品のみを取り扱うP5店及びP6店において管理薬剤師として業務に従事していたところ、原告以外に薬剤師が勤務していたのはP5店での業務開始当初の約1か月間のみであり、原告が本件会社に対して薬剤師の増員を求めたものの、本件会社が新たに薬剤師を採用してP5店に配置することはなく、原告のみが管理薬剤師として業務に従事していたものである。原告において薬剤師を採用する権限があったとはうかがわれないことからすると、原告は、原告を含めて複数の薬剤師による業務を前提としてP5店で業務を始めた(認定事実・・・によれば、本件会社は、本件各合意に至るやり取りにおいて、薬局には原告以外にも薬剤師が勤務していることを伝えている。)ものの、原告以外に薬剤師が配置されなかったため、本件会社の指示により、やむなく一人で薬剤師の業務への従事を余儀なくされたということができる。このように当初の想定されていた人員態勢と異なり、調剤業務を全て担うことを余儀なくされているのは、業務遂行に関する被告の指示に従わざるを得ない状況にあったことを裏付けるものといえる。」

「また、上記認定事実・・・のとおり、原告は、店舗レイアウトや薬袋の種類を変更したり、薬剤ごとに最安値の業者に発注するなど、薬局の運営管理について一定の裁量があったことが認められるが、本件各合意により、原告の業務時間が定められてこれが店舗の営業時間となっていた(・・・なお、被告は、原告は自らの判断で営業時間の変更をすることができたと主張するが、上記認定事実・・・のとおり、原告は、平成27年3月から同年10月までの間、1か月に1日から3日程度、P6店の営業終了時刻である午後6時よりも前である午後5時台に退勤したことがあったという程度であり、これをもって原告が営業時間を変更していたと評価することはできない。)ほか、事務員の採用、配置や労働条件の決定等に係る権限は本件会社に留保されており・・・、原告は、薬局の運営管理において、事務員に関する事項について本件会社から指示を受ける立場にあったことが認められる。加えて、薬局は、薬剤を安く仕入れることにより、薬局の利益となる薬価と仕入価格との差額を大きくすることができるから、薬剤の仕入れは薬局経営の重要な要素である。原告は、本件会社からあらかじめ仕入先を指定されており・・・、また、平成27年4月以降、原告が業務に従事していたP6店の赤字が継続していたことから、P7は、原告に対し、報酬額の減額を示唆しながらその赤字の解消を求めており、これに応じて、原告も薬剤の仕入れの見直し等をしたというのである・・・(なお、原告は、P7やP8から業務に係る違法行為を指示、強要されていたから、業務遂行上の指揮監督を受けていた旨を主張するが、上記・・・で説示したとおり、原告に対する違法行為の指示、強要が認められないから、原告の上記主張は採用することができない。)。」

「これらの事実からすると、原告は、本件会社から、P5店及びP6店における業務遂行に当たり、その管理運営に関して指揮監督を受けていたということができる。」

(ウ)勤務場所・勤務時間に関する拘束性の有無

「上記・・・で説示したとおり、原告は、複数の薬剤師による勤務を前提として本件会社において業務を開始したものの、原告以外に薬剤師が配置されなかったために、業務従事期間中の大半において、P5店及びP6店の唯一の管理薬剤師として、調剤業務や薬局の運営管理に従事し、しかも、タイムカードにより、業務の従事時間が管理されていたこと・・・が認められる。」

「そうすると、原告は、P5店及びP6店で、その営業時間に応じて業務に従事することを求められていたのであり、場所的・時間的拘束を受けていたということができる。もっとも、これは、本件各合意に基づく調剤業務や薬局の運営管理という業務の性質上在店することが予定されているという側面があり、使用従属性の判断において重視することはできない。」

(エ)労務提供の代替性の有無

「原告は平成26年11月5日にP5店の薬剤師1名が退職して以降、本件会社に対して薬剤師の採用を求めており、本件会社も薬剤師の求人募集を行っていたこと・・・、管理薬剤師は、薬局に勤務する薬剤師や従業者を監督し、医薬品等を管理し、薬局の運営管理をする職責を担っており・・・、調剤のみならず、薬局の運営管理について高い能力が求められることからすると、本件各合意において、原告が自分の業務を代わって行う管理薬剤師を独自に採用して業務に従事させることは予定されておらず、このようなことは許容されていなかったと認めるのが相当である(原告が自己負担で管理薬剤師を雇用して原告の業務を代行させることは禁じられていない旨の被告の主張は、上記説示に照らして採用することができない。)。」

「したがって、本件では、原告による労務の提供に代替性を認めることはできない。」

イ 報酬の労務対償性について

「前記前提事実・・・のとおり、本件合意1では、報酬額は、当初、月額70万円とされ、その後、上記認定事実・・・のとおり、月額77万円と増額され、原告が本件会社で業務に従事した期間を通じて上記各金額が増減等されることなく支払われている。他方で、前記前提事実・・・のとおり、本件各合意において、原告の業務内容は、本件会社が運営する調剤薬局において管理薬剤師として調剤上必要な薬剤師の調剤業務を行うこととされ、毎週各曜日において業務に従事する時間や月間の業務時間の定めがあることからすると、原告の業務量について月ごとに変動があるとは想定されていない。以上のとおり、本件会社から原告に対して支払われた報酬が定額であって、原告の業務量も月ごとに変動がなく、一定であることからすると、同報酬は、原告が毎月一定時間提供する労務に対する対価とみることが相当である。」

「これに対して、被告は、休業による減額や残業代の発生がなかったことからすると、本件会社から原告に対して支払われた報酬は労務提供の対価であるとは認められない旨を主張する。しかし、休業による減額や残業代の発生がないことをもって、直ちに報酬の労務対償性が否定されるものではない。その上、前記前提事実・・・のとおり、本件確認書では休暇については企業規定の休暇に準ずると定められており、本件会社の就業規則(乙1〔資料6〕)には年次有給休暇や特別休暇の定めがあるところ、原告も有給休暇を取得した旨を述べていることからすると、原告が休業した際にはこれらの適用により報酬の減額がされていないと推認される。また、本件会社の他の従業員のタイムカード(乙7〔資料14〕)によれば、いずれの従業員についても残業時間の集計はされておらず、本件会社の他の従業員の源泉徴収簿(乙7〔資料13〕)を見ても、いずれの従業員に対しても残業代が支払われていることは認められない。」

「以上のとおり、休業による減額がないことは有給休暇の取得によるものとみることができ、残業代の支払がないことは本件会社の他の労働者と異ならないことからすると、被告の指摘する事情をもって報酬の労務対償性を否定することはできず、被告の上記主張は採用することができない。」

ウ 労働者性の判断を補強する要素について

(ア)事業者性の有無

「被告は、原告の報酬額はP8を含む本件会社の他の管理薬剤師と比較して著しく高額であり、これは原告の事業者性を強め、労働者性を弱める事情である旨を主張する。
 しかし、前記前提事実・・・、上記認定事実・・・のとおり、取締役であり管理薬剤師でもあるP8に対する賞与を加えた年間の総支給額は、平成26年から平成28年までの間、837万8200円から850万4200円であった一方で、上記認定事実・・・のとおり、原告が一年を通じて本件会社で稼働した平成27年の報酬額(交通費含む。)の合計は875万6540円であり、同年のP8の総支給額(837万8200円)を大きく上回るものとはいえない。P8の在職期間が原告より11年程度長いことやP8が原告より20歳程度年長であること・・・についても、本件会社において在職期間や年齢に応じて従業員の賃金が定められているという事情が認められないことからすると、P8の勤務年数や年齢等の事情を考慮しても、原告の報酬額がP8よりも著しく高額であって、原告の事業者性をうかがわせるものとまではいうことができない。」

(イ)専属性の程度

「上記認定事実・・・のとおり、原告は、本件会社での業務従事期間を通じて、管理薬剤師として、一週間のうち4日間は午前8時30分頃から午前8時45分頃までの間に出勤して午後6時頃から午後8時頃までの間に退勤し、1日は上記同様に出勤して午後1時頃から午後2時頃までの間に退勤しており、他社の業務に従事することが時間的事実上困難であるといえる。また、上記・・・で説示したとおり、原告は、本件会社での業務従事期間を通じて1か月当たり70万円又は77万円という定額の報酬支払を受けており、このような報酬の金額や支払方法は、生活保障的な要素があるものといえる。以上によれば、原告は業務従事期間を通じて本件会社への専属性の程度が高いものといえ、これは労働者性を補強する。」

(ウ)その他の要素について

原告は、社会保険に加入していない・・・が、これは、原告が将来的に海外で薬剤師をすることを希望し、日本の社会保険に加入する必要がないと考えており、本件会社で業務に従事する以前にも社会保険に加入していなかったこと・・・に照らすと、原告が社会保険に加入していないことをもって、労働者性を弱める事情とまではいうことができない。

エ まとめ

「以上のとおり、原告は、P5店及びP6店での業務に関して本件会社から指揮監督を受けており・・・、労務提供に代替性がなく・・・、報酬に労務対償性に欠けるところはなく・・・、専属性の程度が高いという労働者性を補強する要素があること・・・を考慮すると、原告には使用従属性を認めることができる。」

「したがって、原告は、労災保険法上の『労働者』に該当する。」

3.自分で委託契約の締結を望んだ場合でも争うことを躊躇しなくていい

 法律相談をしていると、自分でも委託契約を希望していたという経緯がある場合、労働者性を争うことに躊躇する方を見ることがあります。

 しかし、上述の判断からも分かるとおり、労働者であるのか否かを判断するに際し、原告が自身の希望で社会保険に加入していなかったことは、殆ど考慮されていません。これは労働法が当事者の意思如何に関わらず強行的に適用される法律だということが関係しています。

 この事件は労災の労働者性に関する事案ですが、判決が指摘するとおり、労災の「労働者」概念は労働基準法上の「労働者」概念と同一であると理解されています。自分から望んで委託契約を締結していた場合でも、労働者性を主張することが妨げられないことは労基法との関係でも同じです。

 こうした裁判例もあるため、契約締結の端緒の部分で、自分から委託契約を希望していたとしても、労働者性を争うことに躊躇する必要はありません。