弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことは許されない

1.家事使用人の特殊性

 家事使用人(家事一般に使用される労働者)には、労働基準法が適用されません(労働基準法116条2項)。これは「家事使用人については、その労働の態様は、各事業における労働とは相当異なったものであり、各事業に使用される場合と同一の労働条件で律するのは適当ではない」からだと理解されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕1140頁参照)。

 その帰結として、家事使用人は労働災害に被災したとしても、労働者災害補償保険法による保険給付を受給できないのが原則です。これは労働者災害補償保険法12条の8第2項が、

「保険給付・・・は、労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由・・・が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。」

と規定しているからです。家事使用人は労働基準法の適用がないため、「労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由」が生じることはなく、したがって、労働者災害補償法による保険給付も受給できないという理屈です。

 しかし、家事使用人という就労形態は、それ単体ではなく、他の就労形態と併用して使われることも少なくありません。このような場合にも労働者災害補償保険法上の保険給付を受けることは一切できないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.9.24労働判例ジャーナル129-1 国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件です。

2.国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件

 本件で原告になったのは、急性心筋梗塞又は心停止(本件疾病)で死亡した労働者亡Eの配偶者です。亡Eは、会社(本件会社)から紹介や斡旋を受けて、個人宅や障害者施設等で家政婦として勤務していました。また、本件会社との間で労働契約を締結し、非常勤の訪問介護ヘルパーとしても働いていました。

 亡Eは本件会社から紹介を受けて、F宅で家政婦として家事及び介護を行う業務(本件家事業務)に従事するとともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供する業務(本件介護業務)を行いました。業務開始後ほどなくして亡Eが本件疾病で死亡したことを受け、原告の方は、労働者災害補償保険法に基づく遺族給付及び葬祭料を請求しました。

 しかし、処分行政庁(渋谷労働基準監督署長)は、亡Eが家事使用人として介護及び家事の仕事に従事していたことを理由に、各保険給付を不支給とする処分を行いました。これに対し、原告が各不支給処分(本件各処分)の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は本件家事業務が亡EとFの息子との間で締結された雇用契約に基づいて提供されたものであることを前提としながらも、次のとおり述べて、家事使用人に該当することのみを理由に本件各処分を行たことは違法だと判示しました(ただし、業務起因性が認められないことを理由に結論として原告の請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「原告は、処分行政庁が本件各申請に対し、亡Eが労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するとして本件各処分をしたことは同規定の解釈適用を誤った違法がある旨を主張するので、以下検討する。」

「前記・・・において認定し説示したとおり、亡EがF宅において提供していた業務のうち本件家事業務に係る部分については、Fの息子との間の雇用契約に基づいて提供されていたものと認められる。」

「しかして、原告の本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、亡EのF宅における業務のうち本件家事業務に係る部分については、前示のとおり本件会社の業務とはいえず、Fの息子との間で締結された雇用契約に基づく業務であり、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであるから、当該業務との関係では、亡Eは労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するものといわざるを得ない(150号基準に照らしても『家事使用人』に該当しないとはいえない。)。」

「他方で、亡EのF宅における業務のうち訪問介護サービスに係る部分(本件介護業務)については、本件会社の業務と認められ、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであったとはいえないから、当該業務との関係では、亡Eが労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するとはいえない。しかして、前示のとおり、本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、上記のとおり、本件介護業務との関係では亡Eは本件会社と雇用契約を締結した労働者であり、労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するものとは認められないのであるから、処分行政庁が、本件各申請について、亡Eが労基法116条2項の『家事使用人』に該当することのみを理由に本件各処分を行ったことについては、同規定の適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。したがって、原告の上記主張は、その限度において理由があるというべきである

3.家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことは許されない

 上述のとおり、裁判所は、家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことを違法だと判示しました。

 当たり前であるようにも思われますが、家事使用人と兼業している労働者の救済を考えるにあたり、実務に与える影響は大きいのではないかと思います。