弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

農作業従事者の腕相撲大会での負傷が業務上の災害と認められた例

1.労災の適用要件-業務上の事由による負傷

 業務上の事由により負傷した労働者に対しては、労働者災害補償保険法に基づいて手厚い保険給付が行われます。

 「業務上の事由」により負傷したといえるのかどうかは、

当該事故が業務遂行中に起こったか否か(業務遂行性)、

業務遂行性が認められる場合、負傷が業務に起因して発生したものか否か(業務起因性)、

という二つの段階で審査されています。

 業務遂行性のレベルでは、しばしば、歓送迎会・忘年会・新年会等の宴会、運動会、社員旅行など通常の業務とは異なる行事への参加の場面で問題になります。こうした行事への参加に業務遂行性が認められるのか否かは、

「それが事業活動と密接に関連して行われ、参加が事実上強制または要請されていた場合には、当該行事への参加およびそれに付随する行為は業務行為(事業主の支配下にある行為)と認められ、業務遂行性が肯定される」

と理解されています(以上、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕790-791頁参照)。

 この業務遂行性との関係で、以前、農作業従事者の腕相撲大会での負傷について、業務上の災害であることが否定された裁判例をご紹介しました(山形地判令3.7.13労働判例ジャーナル117-44 国・山形労基署長事件)。

腕相撲大会は、従業員の腕力、俊敏さ、性格などをみて給与・人事評価をする目的であったとの説明が採用されなかった例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

  腕相撲大会の性質に関する説明に無理があったことから、この裁判例に目を通した時には、業務上の災害であることが否定されても仕方がないと思いましたが、本件は、その後、上訴されて結論が逆転したようです。控訴審判決が判例集に掲載されていました。仙台高判令3.12.2労働判例ジャーナル121-28国・法務大臣事件です。業務遂行性の肯定例として参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.国・法務大臣事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟の控訴審です。

 原告・控訴人になったのは、山形県寒河江市でさくらんぼ、桃、ラ・フランスなど果物を生産する株式会社において農作業に従事していた労働者です。

 寒河江市内のそば処で社長ほか8名の従業員全員と取引先従業員2名が参加したさくらんぼ収穫に向けた決起大会に出席しました。決起大会において、社長からの指名で腕相撲大会に参加したところ、右橈骨頭骨折等の怪我をしました。これが業務上の負傷に該当するとして、療養補償給付と休業補償給付を請求しましたが、山形労働基準監督署長は、業務上の負傷に該当しないとして、いずれの給付も支給しない処分をしました。これに対し、審査請求、再審査請求を経て取消訴訟を提起しました。一審が取消請求を棄却したことを受け、原告労働者側が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、一審とは異なり、次のとおり述べて、負傷が「業務上の事由」によっていることを認め、原告控訴人の請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「決起大会は、社長自ら企画実施し、会社が従業員の全員参加により主催したもので、その目的は、会社の主力業務であるさくらんぼ収穫の繁忙期を間近に控え、事務的な連絡のほか、通年の従業員に対し、短期労働者に対し指導的役割を果たすことへの自覚を促し、慰労として飲食を提供し、士気を高めてさくらんぼの収穫作業への積極的な取組みへの動機づけを行い、併せて繁忙期の作業分担など従業員の指揮監督の一助として、従業員の資質・特性を把握し、さくらんぼの収穫を迅速、安全に確実に行えるようにすることにあったと認められる。」

「決起大会は、社長であるDが、従業員全員が参加可能な日取りを選び、始めから酒食を提供するそば処の座敷を会場として、時刻も夕食時の午後7時からとし、日中の通常業務のなかった控訴人も、全員参加であると社長から説明されて参加が求められ、遅参が許容されつつも実際に全員が参加したものである。」

このような決起大会の目的や開催方法からして、決起集会は、会社が労働者に参加を強制した業務であることは明らかである。

「そして、決起大会は、夕食時の午後7時から始まるにもかかわらず、まず初めにD社長自らが業務の説明を30分程度もしており、他方で、会場をそば処として全員の集合前から酒を飲み始める者もいたことから、飲食を伴う懇親会と社長の従業員への説明を一体のものとして企画実施されたことも明らかである。」

「そして、腕相撲は、決起大会における例年の恒例行事であって、全員参加の勝ち抜き戦で行われていたこと、今回の決起大会や懇親会も、そば処の座敷で行われ、腕相撲は懇親会の途中から座敷のテーブルで行われたこと、採用されて1月半余りにしかならない新人労働者である控訴人が、従業員8名の小規模会社の社長であるDから、決起大会の恒例行事で全員参加の勝ち抜き戦であると腕相撲を行う趣旨を説明され、初戦となる社長の対戦相手として直接指名されたという腕相撲の参加の経緯からすれば、控訴人は、会社の労働者としての立場から、社長の要請に応じて腕相撲に参加しないわけにはいかない状況に置かれたものといえる。

「そして、懇親会も腕相撲も、会社の収益の根幹にかかわるさくらんぼ収穫業務を間近に控え、とりわけ新人の労働者であった控訴人においては他の従業員との懇親を深めて知識経験を共有し、従業員の連帯感と協調性を高め、危険を伴う肉体労働でもある農作業において、安全かつ迅速に収穫作業を行うとともに、短期労働者のリーダーとしての資質も高め、労働者が事業収益の向上に一層寄与していくことを目的とするという意味で、決起大会における社長からの業務説明のみにとどまらない業務上の必要性を一体として有していたといえるのである。」

「控訴人は、社長に勝ったことから、勝ち抜き戦の恒例に従って、続いて社長に指名された取引先の従業員と対戦して右肘骨折等のけがをしたのであって、腕相撲に参加して骨折したことは、会社の業務として行われた決起大会の一環として、一連一体の行事として行われた懇親会や腕相撲において、社長の指示に従って腕相撲の対戦をしたからにほかならない。」

「このような社長の指示が、業務命令に近い義務的な性質の指示であると控訴人に受けとめられるのは当然であって、控訴人が腕相撲に参加して対戦したことは、決起大会への参加と一体となる会社の業務として、社長の指示に従って労働者が業務を遂行した行為にほかならないものと認めるのが相当である。」

控訴人が、さくらんぼ収穫に向けた会社の決起大会での腕相撲により右肘骨折等のけがをしたことは、療養補償給付及び休業補償給付の事由となる労働者が業務上負傷した場合にあたる。

「業務上負傷した場合にあたらないという理由で、控訴人の給付請求に対し支給しない旨の決定をした本件各処分は、労災保険法12条の8第2項及び同項で引用する労働基準法75条、76条により定まる『労働者が業務上負傷した場合』という各保険給付の支給要件の解釈適用を誤り、労災保険法12条の8第2項の規定に違反した違法なものであるから取り消すべきである。」

3.小規模企業における社長からの指示をどうみるのか 

 一審は、

「本件決起大会は、参加が事実上強制されていたものの、午後7時からの開始予定に遅れて参加することも許容され、さらには開始前から飲酒を始める者がいたというように・・・、参加方法や過ごし方は従業員の自由な判断に委ねられていたといえるから、その拘束性は一般の業務に比べて相当に緩やかであったといえる。」

と腕相撲大会への参加の強制性に疑義を呈しました。

 これに対し、控訴審は、従業員8名の会社において入社1か月半の新人が指示されれば参加するよりほかなかったとして、負傷が業務上の事由によると判示しました。

 一審と控訴審とで結論が分かれたのは、このように小規模会社における社長の指示の拘束力・強制性をどのように評価するのかがポイントになったのではないかと思われます。本件控訴審の判示は、小規模会社において上役から指示された行事参加への業務遂行性の判断にあたり、参考になります。