弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災の不支給処分に不服がある場合、処分庁に資料の開示を請求したりせず、速やかに審査請求を

1.労働者災害補償保険法の審査請求の期間制限

 労働者災害補償保険法38条1項は、

「保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服のある者は、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる。」

と規定しています。この規定に基づいて、保険給付の申請に対して不支給決定を受けた労働者は、審査請求、再審査請求といった手続をとることができます。

 ここで注意しなければならないのは、不支給決定を裁判所で争おうとした場合、必ず審査請求を経由しておかなければならないことです。これは、労働者災害補償保険法40条が、

「第三十八条第一項に規定する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ、提起することができない。」

と規定していることに由来します。適法な審査請求を経ないまま不支給処分に対する取消訴訟を提起しても、そうした訴えは不適法却下されてしまいます。

 審査請求を行うにあたり、実務上、最も留意しなければならないのは、不服申立期間です。労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項は、

「審査請求は、審査請求人が原処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して三月を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由によりこの期間内に審査請求をすることができなかつたことを疎明したときは、この限りでない。」

と規定しています。つまり、審査請求が可能なのは、僅か3か月だけで、この3か月が経過してしまうと、審査請求もできなければ、訴訟提起もできなくなってしまいます。そのため、労災保険給付の不支給処分を争いたい方は、すぐにでも審査請求を行っておく必要があります。

 ここで一つ問題があります。

 労災の不支給決定通知書には、必ずしも不支給の理由が十分に記載されていないことです。当然のことながら、処分行政庁の判断の理由が分からなければ、不服申立の理由を的確に構成することができません。

 そうなると、不服申立の理由を十分に構成しないまま審査請求をすることになりそうですが、果たしてそれで良いのでしょうか?

 答えは「それでも構わない、すぐに審査請求を行うべき」です。

 なぜなら、審査請求手続の中で、処分行政庁の不支給処分の理由が明らかにされるからです。

 審査請求は、労働保険審査官及び労働保険審査会法という法律に基づいて行われます。この法律の運用について、厚生労働省労働基準『労災保険審査請求事務取扱手引(令和2年12月)』という資料があります。この文書の51頁に次のような記載があります。

「1 審理の進め方の概要

(1)関係者に対する通知

審査請求が受理されると、まず審査請求を受理したことを関係者に通知することにより、本案審理に入ることとなる。

(2)行政庁からの意見の提出及び関係復命書の提出

原処分庁である署長(又は局長)から意見を求めるとともに、処分の根拠となった調査復命書の提出を求める。

(3)原処分庁意見書の審査請求人等への送付

審査請求人等から審査請求の理由等を聴取するのに先立って、原処分庁意見書(写)を審査請求人等に送付する。

(4)争点整理

審査請求人の審査請求理由、原処分庁の意見及び調査復命書等から本件の全容を把握し、争点を整理する。

(5) 審査請求人等からの聴取

整理された争点を基に、審査請求人等から、審査請求の理由を確認するとともに、事前に送付した原処分庁意見書(写)に対する意見等、審査官として審査請求人に関して把握しなければならないことを聴取する。また、関係者からも争点に従って把握しなければならない事実を聴取する。

(以下略)」

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 また、ここで処分行政庁(原処分庁)から提出された調査復命書は、労働保険審査官及び労働保険審査会法16条3の規定に基づいて閲覧や写しの交付を求めることができます。

 つまり、審査請求を行う段階で処分行政庁(原処分庁)が不支給処分を行う理由が分からなかったとしても、労働保険審査官から送られてくる処分行政庁の意見書を確認し、調査復命書の写しの交付を申請すれば、処分行政庁が不支給処分を行った理由をかなりの程度具体的に把握することができます。ここから本格的に不服の理由を考えて行くことになります。

 こうした手順によらず、処分行政庁による不支給処分の理由を確認してから不服申立をしようとすると、3か月の不服申立期間が経過して元も子もないということになりかねません。

 近時公刊された判例集にも、処分行政庁からの資料の開示を待ってしまい、司法的救済を受けられなくなってしまった裁判例が掲載されていました。東京地判令5.1.26労働判例1297-136 国・むつ労基署長事件です。

2.国・むつ労基署長事件

 本件で原告になったのは、自殺(自死)した労働者の遺族です。

 自殺の原因となった精神障害が業務による疾病であるとして、むつ労働基準監督署長(本件処分庁)に遺族補償一時金を請求したところ、労働者の精神障害は業務により発症したものではないとの理由で不支給処分を受けました(本件処分)。

 不支給処分の通知を受けたのが令和2年10月26日で、令和3年4月30日で審査請求をしましたが(受付:令和3年5月6日)、労働保険審査官及び労働保険審査会法8条の期間制限を徒過していることを理由に不適法却下決定を受けました。

 その後、再審査請求を経て、本件処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、審査請求期間を徒過した理由について、不支給通知書に記載されていた理由が簡略であって、青森労働局に資料開示を請求したところ、資料の受領が令和3年2月19日になってしまったからだとして、期限徒過には正当な理由があると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、正当な理由を否定し、原告の訴えを不適法却下しました。

(裁判所の判断)

「労災保険法に基づく保険給付に関する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する労働者災害補償保険審査官の決定を経た後でなければ、提起することはできない(同法40条。審査請求前置。)。そして、審査請求が不適法であり、それを理由に却下された場合には、同条の決定を経たものとはいえないと解される(最高裁判所昭和30年1月28日第二小法廷判決・民集9巻1号60頁参照)。」

「本件では、青森労働者災害補償保険審査官は、本件審査請求は労審法8条1項の法定請求期間を経過した後にされたものであり不適法であると判断して却下しているから、原則として、労災保険法40条の決定を経たものとはいえない。しかし、青森労働者災害補償保険審査官の上記判断が誤りであるときは、その誤りを原告に帰責することは許されないから、同条の決定を経たと認めることができるというべきである。」

「そこで、本件審査請求の適法性について検討する。」

「原告は、本件処分の通知を受けた令和2年10月26日に本件処分のあったことを知ったと認められるところ、本件審査請求は、同日の翌日から起算して3か月を経過した後に行われたものであるから、法定請求期間を経過した後にされたものである。」

「したがって、本件審査請求は、原告が法定請求期間内に審査請求をすることができなかったことについて正当な理由を疎明しない限り(労審法8条1項ただし書)、不適法となる(同項本文)。」

「そして、労審法8条1項ただし書の『正当な理由』とは、審査請求をする者の主観的事情では足りず、その者が審査請求をしようとしてもこれが不可能と認められるような客観的な事情が存在することをいうと解される。

「原告は、上記『正当な理由』に関し、原告が現在76歳で、清掃、除草、店舗メンテナンス、電気工事などの業務に従事している者であって、法律の勉強をしたり、資格を取得したりしたことは皆無であり、法律に疎遠な素人である上、本件処分の通知を受けた当時、弁護士に相談したことはなく、適切なアドバイスを受けられる立場になかったこと、原告は、むつ労働基準監督署に対し、令和2年12月、本件処分に対する審査請求の期限についてFAXで問い合わせたが、これに対する回答は得られなかったことを主張し、これに沿う陳述をする・・・。」

「しかし、本件決定の通知書・・・には、本件処分に不服がある場合、本件処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をすることができる旨記載されており、上記通知書を見れば、原告が法律に疎遠な素人で、適切な助言を得られない立場であったとしても、本件処分に対する審査請求を上記の法定請求期間内に行う必要があることは理解できるものと認められる。また、証拠・・・によれば、むつ労働基準監督署は、原告からの問合せに対する返答として、令和2年12月23日付け文書によって、原告に対し、本件処分の法定請求期間について上記と同旨の教示を行った事実が認められる。」

「したがって、原告主張の事実をもって、審査請求が不可能と認められるような客観的な事情があったとは認められない。」

原告は、上記『正当な理由』に関し、本件処分の通知書に記載された本件処分の理由が簡略であったため、原告としては、その詳細を把握しなければ、適切な意義のある審査請求を行うことは困難であると考え、本件処分庁に対し本件処分の理由について詳細な説明を求める文書を提出し、青森労働局に本件処分に係る資料の開示を請求したところ、上記の開示は、開示期限が延長された上、延長された期限にも遅れ、原告が資料を受領したのは令和3年2月19日であった旨主張する。

しかし、審査請求を行うにつき、その理由の詳細を明らかにすることまでは求められておらず(労審法9条、労働保険審査官及び労働保険審査会法施行令4条、5条)、本件処分の理由の詳細を把握しなければ適切な意義のある審査請求を行うことは困難であるとの原告の考えは主観的な事情にすぎないものであり、審査請求を不可能とする客観的な事情であるとは認め難い。

「その他、本件全証拠によっても、原告について、本件処分の審査請求を法定請求期間内に行うことを不可能とするような客観的な事情があるとは認められない。」

「したがって、本件審査請求について、労審法8条1項ただし書の『正当な理由』があるとは認められず、本件審査請求は、法定請求期間を経過してからされたものであって、不適法である。」

「そうすると、本件訴えは、労災保険法40条の適法な決定を経た後に提起されたものとは認められないから、不適法となると解される。」

3.かなり酷であるようにも思われるが・・・

 処分理由を精査検討してから不服申立をする/相手方の言い分を確認してから法的措置に移行する、というのは事件処理の原則的な手順であり、こうした理由による期限徒過まで救済しないのは、かなり酷であるようにも思われます。

 しかし、裁判所の期間制限に関する考え方は、ドライで厳格です。

 過誤が生じやすいところなので、審査請求期間には注意が必要です。