弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

被災労働者支援事業(労働福祉事業)における特別支給金の支給決定は「処分」か?

1.被災労働者支援事業(労働福祉事業)における特別支給金

 労働者災害補償保険は、保険給付を行うほか、社会復帰促進等事業を行っています(労働者災害補償保険法2条の2参照)。

 社会復帰促進等事業には、

一 療養に関する施設及びリハビリテーションに関する施設の設置及び運営その他業務災害、複数業務要因災害及び通勤災害を被つた労働者(次号において「被災労働者」という。)の円滑な社会復帰を促進するために必要な事業

二 被災労働者の療養生活の援護、被災労働者の受ける介護の援護、その遺族の就学の援護、被災労働者及びその遺族が必要とする資金の貸付けによる援護その他被災労働者及びその遺族の援護を図るために必要な事業

三 業務災害の防止に関する活動に対する援助、健康診断に関する施設の設置及び運営その他労働者の安全及び衛生の確保、保険給付の適切な実施の確保並びに賃金の支払の確保を図るために必要な事業

の三種類があります(労働者災害補償保険法29条)。

 このうち「二」は「被災労働者等援護事業」と言われています。被災労働者等支援事業には特別支給金(休業特別支給金、障害特別支給金など)の給付が含まれ、ここから保険給付の上乗せが行われています。

労働福祉事業の種類と内容【労災補償課】

 それでは、この特別支給金の支給/不支給に係る決定は、行政事件訴訟法にいう「処分」なのでしょうか?

 行政事件訴訟法は「処分」に対する取消の訴えを中心に構成されています。「処分」とは、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」と理解されています(最一小判昭39.10.29最高裁判所民事判例集18巻8号1809頁参照)。つまり、訴訟で争うことができる行政庁の行為には一定の限定が付されていて、処分でないものに関しては司法的救済を受けられないことがあります。

 保険給付を支給しない決定が処分であることに争いはありませんが、特別支給金の支給/不支給に係る決定は処分として取消訴訟のルートに乗るのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.3.23労働判例ジャーナル138-20 地方公務員災害補償基金大阪支部長事件です。

2.地方公務員災害補償基金大阪支部長事件

 本件で原告になったのは、市立中学校で技術過程の授業等を担当していた教諭です。

 作業机を移動させる際に腰椎津看板ヘルニアを発症したとして地方公務員災害補償基金大阪支部長(処分行政庁)に障害補償給付の請求をしました。

 これに対し、処分行政庁は、障害等級14級に該当するとして、対応する傷害補償給付等の支給決定(本件処分)を行いました。

 原告はこれを不服とし、自分に残存する傷害は障害等級6級に該当すると主張して、本件処分の取消を求めるとともに、障害等級6級に対応する障害補償年金、障害特別支給金、障害特別援護金及び障害特別給付金(障害特別支給金以下を「障害特別支給金等」という)の支給の義務付けをを求める訴えを提起しました。

 原告の訴えのうち障害特別支給金等の支給の義務付けの訴えについて、被告地方公務員災害補償基金は処分性の欠如を理由に却下を求めました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、障害特別支給金等の支給決定の処分性を否定し、障害特別支給金等の支給決定の義務付けを求める訴えを不適法却下しました。

(裁判所の判断)

「行政事件訴訟法37条の2の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべきであるにもかかわらずこれがされないときに、その処分をすべき旨を命ずることを求めるものであるから、その対象となる行為は、行政庁の処分であることが必要である。そして、行政庁の処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が法令の規定に基づき行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解される(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁、昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。」

「これを本件についてみると、障害特別支給金等の支給は被告が福祉事業として行うものであり、これは、被告が、地公災法47条を受けて事業の内容を定めて行っているものである。そうすると、福祉事業は、被告がその内容を定めて実施しているものであって、法令によって定められたものではないから、国又は公共団体が法令の規定に基づき行う行為であるということはできない。

そうすると、福祉事業である障害特別支給金等の支給決定は、『処分』に当たらないから、障害特別支給金等の支給決定の義務付けを求める訴えは不適法であり、却下を免れない。

・原告の主張について

「地公災法47条の『努めなければならない』との文言に照らせば、同条は、被告に対し、努力義務として福祉事業を行うことを課したものと解されるのであり、被告に努力義務を課したからといって、その支給決定が『処分』に当たることになるものではない。」

「また、障害補償年金請求書と障害特別支給金等の申請書は1枚の用紙にまとめられているが・・・、その用紙には、障害補償年金が『請求書』、障害特別支給金等が『申請書』と記載されており、その文書の標目が異なっていることからすると、手続上の便宜のために1枚の用紙にまとめられているにすぎないことがうかがわれる。そして、被告がそのような手続上の便宜を図ったからといって、その福祉事業である支給決定が『処分』に当たることになるものではない。」

「したがって、この点に関する原告の主張は採用することができない。」

3.処分性否定

 以上のとおり、裁判所は、特別支給金等の支給決定の処分性を否定しました。

 行政事件訴訟法33条1項は、

「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する」

と規定しています。これを判決の拘束力といいます。

 判決には拘束力があるため、保険給付に係る決定が取り消されれば、行政は判決の内容を前提として処分をやり直すことになります。通常の事案では、このやり直しの過程の中で、特別支給金等に関しても、妥当な解決が図られて行くことになります。

 そのため、実務的な観点からすると、あまり考える実益がないのですが、講学的な観点からは興味深い事案といえます。