弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災(公務災害)の認定申請の放置への対応(国家賠償よりも行政訴訟)

1.労災認定の標準処理期間

 労災の請求を行うと、労基署が調査を行い、労基署長が支給・不支給の決定を行います。請求を行ってから支給・不支給が判断されるまでの標準処理期間は、災害や給付の種類によって1か月から8か月の範囲で定められています(平成25年10月1日 基労管発1001第2号/基労補発1001第2号/基労保発1001第1号 『労働基準法施行規則の一部を改正する省令の施行に伴う事務連絡の改正について』参照)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc0176&dataType=1&pageNo=1

 標準処理期間が最も長いのは、精神障害に係るもので、8か月と定められています。ただ、これも、平成25年2月26日 基労0226第1号『労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について』という文書で、6か月以内に短縮することが求められているなど、迅速な判断に努めることが求められています。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb9032&dataType=1&pageNo=1

 このように、労災には、請求者を長期間に渡って不安定な状態に置き続けない工夫が設けられています。

 しかし、実務上、労災の支給・不支給の判断に長い期間を要することは、まま見られます。こうした場合、不安定な状態に置かれた労働者が、国に対して慰謝料等の損害賠償を求める余地はないのでしょうか?

 このことが問題になった事案が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高知地判令2.6.17労働判例ジャーナル105-56 国・法務大臣事件です。

2.国・法務大臣事件

  本件は自衛官候補生に任命された方が原告となって提起した、国家賠償請求事件です。

 この方は平成24年8月6日に、

「TFCC損傷及び両膝タナ障害であるため、手術が必要」

との診断を受けました。

 TFCC損傷とは

「手関節尺側の手根骨と尺骨末端に介在する軟部組織で三角繊維軟骨とその周囲の靭帯構造からなる三角繊維軟骨複合体(TFCC)が損傷して生ずる外傷」

をいいます。

 また、タナ障害とは、

「タナ障害とは、膝関節包の中にあるタナと呼ばれる骨膜ヒダが、膝蓋骨と大腿骨の間に挟まれて炎症を起こす症状」

をいいます。

 原告の方は、これら損傷・傷害が訓練に起因する公務災害であるとして、平成25年11月5日に公務災害申請を行いました。

 しかし、この申請には、かなりの時間がかかりました。

 結論が出ないことから、原告の方は、平成29年9月14日、

「自衛官が公務災害の申請をした場合、相当期間内に応答処分されることによって焦燥や不安の気持ちを抱かされない利益は、内心の静謐な感情を害されない利益として、不法行為法上保護される利益と解され、被告は、かかる相当期間内に当該申請に対し応答処分すべき条理上の作為義務を負うと解される(最高裁判所昭和61年(オ)第329号,第330号平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653頁(以下『平成3年判決』という。))。」

(中略)

「被告は,平成24年10月18日の相談から起算すれば約5年2か月間、平成25年11月5日の公務災害申請から起算しても約4年1か月間、公務災害申請を放置されたのであり、被告が公務災害の認定業務を徒に放置したものであるから、かような被告の不作為は、国賠法上違法というべきである。」

などと主張し、不作為の違法性を問題にする訴訟を提起しました。

 本件は、その後、ようやく

平成29年12月21日付けで両膝タナ障害が、

平成30年4月26日付けで左手首TFCC損傷が

公務災害であると認定され、

平成31年2月4日付けで右手首TFCC損傷が

公務外災害であると認定されるという経過が辿られています。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり判示し、原告の請求を認めない判断をしました。

(裁判所の判断)

「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解される(平成3年判決)。

「原告は、平成25年11月5日、本件公務災害申請を行ったが、両膝タナ障害については平成29年12月21日まで、左手首TFCC損傷については平成30年4月26日まで、右手首TFCC損傷については平成31年2月4日まで、それぞれ本件公務災害申請に対する公務災害認定の結果が通知されなかったため・・・、両膝タナ障害については約4年1か月間、左手首TFCC損傷については約4年5か月間、右手首TFCC損傷については約5年3か月間、公務災害申請に対する結果が通知されなかったといえる。そうすると、原告が、本件公務災害申請に係る認定手続において、上記期間中に不安や焦燥の気持ちを抱いたということはできる。

「しかしながら、原告は、本件公務災害申請時において、既に両手首及び両膝の痛みの原因を認識しており、その原因であるTFCC傷及びタナ障害は奇病難病とはいい難く、日常生活に重大な支障をもたらす傷害とはいえないといった事情を考慮すれば、原告が抱いたかかる不安や焦燥は、本件公務災害申請に対する処分がなされることによって解消する性質のものといわざるを得ない。それゆえ、かかる不安や焦燥を抱かされないという利益は、国賠法上保護された権利又は利益と認めることはできない。

仮に、上記の利益が国賠法上保護された権利又は利益であるとすれば、これに対する侵害の有無が問題となるものの、本件公務災害申請からこれに対する処分がなされた期間を考慮したとしても、原告が抱いた不安や焦燥は、上記の事情からして、なお社会通念上受忍すべき限度に留まるものといわざるを得ないから、国賠法1条1項の要件である権利侵害があるとはいえない。

「したがって、いずれにせよ、原告の主張には理由がない。」

3.国家賠償よりも行政訴訟

 上述のとおり、裁判所は、不作為の国家賠償法上の違法性を否定しました。不安や焦燥を抱かされない利益が権利性を否定されたことや、4年以上待たされてなお受忍限度内とされたことを考えると、申請の放置が違法とされるケースは、極めて限定的になるのではないかと思います。

 行政庁が申請に対していつまで経っても処分をしてくれない場合、不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法37条)、義務付けの訴え(行政事件訴訟法37条の3)といった救済手段をとることができます。

 国家賠償による事後的な救済を得られる余地が乏しい以上、ある程度待ってみても処分をしてもらえない場合には、こうした手続を検討してみてもよいのではないかと思います。国家賠償法上の違法性と、不作為の違法確認の訴えの中で判断される違法性とはイコールではないため、国家賠償法上の違法性がなくても、不作為の違法確認の訴えが認められることは十分にありえます。

 処理の遅延にお困りで、手続を検討してみたいという方がおられましたら、ぜひ、一度、ご相談頂ければと思います。