弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労災隠しの公務員版-公務上の災害の申出を実施機関に報告してくれないことの違法性

1.公務災害の申出(国家公務員)

 公務中に被災した公務員は、国家公務員災害補償法という法律に基づいて、被害の補償を受けることができます。

 そのための手続は、

被災職員からの申出⇒補償事務主任者から実施機関への報告⇒公務・通勤災害であるかどうかの認定⇒補償を受ける権利を有する旨の通知/公務上でないことの通知

と流れて行きます。

https://www.jinji.go.jp/ichiran/ichiran_saigaihoshou.html

https://www.jinji.go.jp/saigaihoshou/02_hassei-jisshi.pdf

 しかし、実務上、補償事務主任者が、公務災害にならなそうだという理由で、被災職員に翻意を促したり、実施機関への報告を渋ったりすることがあります。

 結果、公務災害であるかどうかの認定を受けられないまま、宙ぶらりんの立場に置かれている方を目にすることは少なくないのですが、このような扱いに違法性はないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。熊本地判令5.2.7労働判例ジャーナル156-38 国・法務大臣事件です。

2.国・法務大臣事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊で自衛官として勤務していた方です。幹部自衛官名簿の登載順序が示す順位と部隊編成における指揮権の行使の順位を逆転させる違法な人事により精神疾患を発症し、退職に追い込まれたほか、違法な公務災害認定手続により損害を被ったなどと主張して、国に対して損害賠償を請求したのが本件です。

 原告が問題にした「違法な公務災害認定手続」には幾つかの切り口があります。その中の一つに、

「本件業務隊長等(補償事務主任者 括弧内筆者)は、速やかに西部方面総監(実施機関 括弧内筆者)に報告すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った違法がある」

という主張がありました。

 この主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、国側の対応の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は,本件業務隊長等は、速やかに西部方面総監に報告すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った違法があるほか、西部方面総監が行った正式な最終決定ではないにもかかわらず、公務災害に該当しない旨の本件通知を行った違法がある旨主張する・・・。」

「そこで、まず、本件通知当時の陸上自衛隊における取扱い(陸自補償規則11条等)の有効性について検討する。」

「陸上自衛隊においては、本件通知当時、補償事務主任者である業務隊長等が、被災隊員等から公務災害に該当する旨の申出を受けた場合であっても、当然に実施機関である方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段の規定による報告をせず、

〔1〕業務隊長等において公務災害であると判断したとき、

又は

〔2〕公務災害ではないと判断して被災隊員等に通知し、かつ、再度公務災害に該当する旨の申出があったときに、方面総監に対して同条後段の規定による報告を行っており、

〔2〕の場合に再度公務災害に該当する旨の申出がないときは公務災害認定に係る手続を終了させる取扱いをしていたこと

が認められる(陸自補償規則9条1項・2項、11条1項・2項、6条1項4号、本件学習資料)。」

「しかし、人事院規則16-0第20条後段によれば、補償事務主任者は、被災職員等から公務上の災害に係る申出があった場合は、人事院が定める事項を記載した書面により、速やかに実施機関に報告しなければならないところ、陸上自衛隊員の公務災害に対する補償に関しても、同規定が準用される(防衛省災害補償政令1条)。」

「公務上の災害又は通勤による災害に対する補償を受ける権利は、職員がこれらの災害を受けるのと同時に発生するものであり、被災職員の請求がなくとも、国の補償義務が災害発生と同時に発生していることから、その国の義務が迅速に果たされるべく、国家公務員災害補償法8条は、実施機関が、補償を受けるべき者に対して、補償を受ける権利を有する旨を速やかに通知しなければならない旨規定しており、かかる規定の趣旨を実現するために、人事院規則16-0第20条は、補償事務主任者に対して、速やかに実施機関に対する報告義務を課すこととしているものと解される。」

「また、補償事務主任者は、同条の規定による災害の報告を行うほか、実施機関の長の指示に従い、補償の実施を円滑に進める役割を有するが、公務上の災害に該当するかどうかについての認定権限は有していない(人事院規則16-0第8条2項)。」

「これらの規定からすると、補償事務主任者は、被災職員等から公務上の災害に係る申出があった場合には、公務上の災害に該当しないと思料する場合であっても、人事院が定める事項を記載した書面により、速やかに実施機関に報告すべき義務があり、自らの判断で公務上の災害に該当しない旨の判断をすることは許されないというべきである。

「しかるに、本件通知当時の陸上自衛隊の上記・・・の取扱いによれば、補償事務主任者である業務隊長等は、公務災害に該当する旨の申出があっても、速やかに実施機関である方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段の規定による報告をせず、また、認定権限を有しないにもかかわらず、公務災害該当性について実質的な判断を行い、終局的に公務災害ではない旨を判断して、公務災害認定に係る手続を終了させる取扱いを行っていたものであり、人事院規則16-0第20条及び8条2項に反する取扱いであると言わざるを得ない。」

「陸自補償規則は、法規たる性質を有しない訓令にとどまるものであって、上位の法令である防衛省職員給与法及び防衛省災害補償政令並びにこれらが準用する国家公務員災害補償法及び人事院規則16-0等の法令の範囲内で効力を有するものにすぎず、これらの法令に違反する場合にはその限度で効力を有しないと解するのが相当である。」

「したがって、本件通知当時の陸上自衛隊の上記・・・の取扱いの根拠とされる陸自補償規則11条は、人事院規則16-0第20条及び8条2項に反し、効力を有しないというべきである。」

「これに対し、被告は、上記・・・の取扱いについて、被災隊員等が行う補償に関する手続等について行う助力及び助言として、公務上のものとして認められない可能性があると判断した場合には被災隊員等の被災隊員等の熟慮を促すために通知していた旨主張する。

しかし、上記取扱いによれば、業務隊長等が公務災害ではないと判断して被災隊員等に通知した場合には、再度、公務災害に該当する旨の申出がされない限り、方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段の規定による報告をすることなく手続を終了させているのであるから、業務隊長等が、認定権限を有しないにもかかわらず、公務災害該当性について実質的な判断を行い、終局的な判断まで行っていると評価せざるを得ない。また、このような判断が補償事務主任者による助力及び助言の範囲を超えていることは明らかである。そのため、被告の上記主張は採用することができない。

3.実施機関に報告しないのは違法

 上述したとおり、裁判所は、補償事務主任者が実施機関に報告を行わないのは違法だと判示しました。労災隠しの公務員版について、これを違法だと判示したことには、大きな意味があります。今後、実施機関への報告を渋られた方は、本裁判例を利用しながら補償事務主任者と交渉して行くことが考えられます。