弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解決策を示さず自分で考えさせるような指導はパワハラか?

1.具体的な理由の示されないダメ出し

 上司や指導担当から、具体的な理由を示されないダメ出しを受けた方は、少なくないのではないかと思います。

 私自身も経験がありますが、何がダメなのかと尋ねても、自分で考えるようにと返答され、再検討の方向さえ示してくれないことがあります。

 こうした指導方法をとる方は、往々にして「自分で問題点を探し当てないと実力がつかないから」と言います。

 確かに、問題を一から再検討するだけの十分な時間的余裕があれば分からなくもないのですが、多くの仕事を抱えている時に、このような指導を受けると、業務が滞留して行き、焦りやストレスを抱えることになります。

 実際に手を動かす側の事情を無視して行われる解決の方向性さえ示さない指導の在り方については、常々疑問に思っていたのですが、近時公刊された判例集に、こうした指導方法の適否が問題になった裁判例が掲載されていました。大津地判令5.2.21労働判例ジャーナル136-28 国・陸上自衛隊事件です。

2.国・陸上自衛隊事件

 本件は自殺した自衛隊員(C)の相続人(父母)が原告となって、国を相手に損害賠償を請求した事件です。原告らの主張の骨子は、

子Cが自殺したのは、長時間勤務や上司の限度を超えた指導等によってうつ病を発症したからだ、

という点にあります。

 より具体的に言うと、原告らは、

「亡Cは、第14特科隊の部隊の中核を担う第3科に所属して、新隊員の教育を含む広範な業務を担当し、前提事実・・・のとおり、過重な超過勤務を行っていた。」

「また、E元隊長は、日常的に、具体的な理由を示さずに決裁を通さないなど、主観的な好悪による感情的で厳しい指導をしていた。このことは、自衛隊という上下関係が強固な組織でありながら、前提事実・・・のアンケートにおいて58名もの隊員が、E元隊長の指導方法に否定的な意見を回答したことからも明らかである。そして、亡Cは、前提事実・・・のように、E元隊長から射撃審査の再報告を求められたが、その求めは、他の隊員の前で叱責された上、高度にして過大な業務量を伴うというものであった。」

「亡Cは、過重な超過勤務と、E元隊長によりされた社会通念上許容される限度を超えたパワーハラスメントというべき指導の相互相乗作用によって生じた強い心理的負荷により本件自殺に至った。」

と主張しました。

 これに対し、被告国側は、

本件自殺が長時間勤務と上司の指導上の問題に起因すること、

安全配慮義務違反があること

を争わないとしつつ、

「原告らは、E元隊長がした指導が限度を超えたものであったと主張するが、ある上司がしたある指導をどのように評価するかは、人によって様々な受け止めがあり、変わり得るものである。前提事実・・・のアンケートにおいて、原告らが指摘するような回答があった一方で、39名の隊員がE元隊長に指導方法に肯定的な意見を述べ、11名の隊員が肯定と否定のどちらでもないとの意見を述べていることや、アンケートにおける賛否の数をもって評価が決まるものではないことからすれば、その指導が、社会通念上、限度を超えたものであったとまでいえない。」

と指導方法に関して問題はなかったとの認識を示しました。

 裁判所は、結論として国側の損害賠償責任を認めましたが、解決策を示さない指導方法については、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、原告らの主張・・・のとおり、本件自殺は、過重な超過勤務に加え、E元隊長による社会通念上許容される限度を超えたパワーハラスメントというべき指導があったことが原因である旨の主張をする。そして、証拠・・・によれば、前提事実・・・の経緯でされたアンケートにおいて、E元隊長を除く232名中58名といった少なくない人数の隊員が、同隊長の指導が高圧的であるとか、解決策を示さず、自分で考えるような指導で、対応が難しいといった意見を述べていたことや、前提事実・・・の経緯でされた同僚隊員らへの調査でも同様の意見が述べられていたことが認められるし、結果的に、E元隊長がした射撃審査の再報告の指示が、元々多かった亡Cの業務量を一層増加させたことは容易に認められるところである。

「しかし、E元隊長は、第14特科隊全体の隊長であって亡Cの直属の上司ではなく、日常的に亡Cを指導等する関係にあったとは認められないし、そもそも上記・・・で認定した野営訓練の成果報告会議における射撃審査の報告を巡るやり取り以外に、E元隊長が亡Cに対して直接の指導等をしていたという事実を認めるに足りる証拠がない。また、成果報告会議は、その会議自体が第3科長によって開催されたものであり、亡Cは、第3科の業務として当該報告をしたものであるから、当該報告に対してされたE元隊長の指示は、亡C個人に向けてではなく、当該報告の主体というべき第3科の隊員らに向けて行われたものであったと推認されるところ、その推認を覆し、E元隊長が亡Cを個人的に非難したり、亡C個人に対して過重な業務遂行を強いたりしたといった事情があったと認める証拠もない。かえって、上記・・・で認定したように、射撃審査において、実射練成訓練で成果が出せなかった経緯があり、その問題点の分析が不十分であったとすれば、速やかな再検討と再報告を指示すること自体は合理的な対応であったといわざるを得ないし、そもそも亡Cに負担が集中している状況があり、亡Cが長時間の超過勤務を続け、統一代休期間も出勤するなどして疲弊している状況を上司らが把握し得た状況にありながら、亡Cの業務を分担したり、負担軽減策を講じたりするなどの組織的な支援や対応がされなかったことは、上記・・・で認定したとおりである。」

もとより、職務上の地位の優位性などを背景に、適正な業務の範囲を超えて、容易にできない業務遂行を部下職員らに強いるなどして、精神的、身体的苦痛を与えることが許されないことは明らかである。しかし、以上に認定説示した本件における事情からすると、亡Cの本件自殺の原因として、長時間にわたる超過勤務と、そのような亡Cの状況を認識し得える状況にありながら適切な支援や対応をしなかった上司らの指導ないし労務管理上の問題があったことを超えて、E元隊長が射撃審査においてした指示が、亡Cに対してされた社会通念上許容される限度を超えたパワーハラスメントというべき指導であったとまで認めることはできないといえ、本件自殺の経緯については、上記・・・のとおり認定評価するのが相当というべきである。」

3.直属の上司ではなかったなどの多角的観点からパワハラではないとされたが・・・

 以上のとおり、裁判所は多角的な検討を行ったうえ、解決策を示さず自分で考えさせるような指導がパワハラに該当することを否定しました。

 しかし、アンケートで肯定的な見解よりも否定的な見解が多く寄せられていることからも分かるとおり、このような指導方法は、受ける側の状況を十分に理解したうえで行わなければ、かなりのストレスを生じさせます。パワハラが成立するかどうかは措くとして、不幸な事故を無くすためには、推奨されない指導方法だと考えた方がよいのではないかと思います。