弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

細菌感染による死亡-素因による免疫低下状態の影響が認められながらも公務起因性があるとされた例

1.素因の影響

 疾病に罹患したり死亡したりしても、それが業務災害/公務災害といえる場合、労働者災害補償保険法や国家公務員災害補償法、地方公務員災害補償法に基づいて手厚い補償を受けることができます。

 ある疾病に罹患したことや、ある疾病によって死亡したことが業務災害、公務災害といえるためには、その疾病が業務/公務に起因しているといえる必要があります。

 疾病が業務/公務に起因しているといえるのか否かを判断するにあたり、しばしば問題になるのが、被災者の個体要因です。被災者の側に何等かの脆弱性が認められる場合、疾病に罹患したり、疾病によって死亡したりしても、それは、公務/業務に起因して疾病に罹患したり死亡したりしたわけではなく、被災者が特別に脆弱だったから疾病に罹患したり死亡したりしたのだと扱われます。つまり、業務起因性/公務起因性が認められず、脆弱性を抱えた被災者やその遺族は補償を受けることができません。脆弱性を抱えている人やその遺族にとっては、まさに踏んだり蹴ったりですが、そのようなルールになっているため、仕方がありません。

 この個体要因との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。熊本地判令5.1.27労働判例1290-5 地公災基金熊本県支部長(農業研究センター)事件です。何が興味深いのかというと、素因による免疫低下状態の影響が認められながらも、細菌感染による死亡に公務起因性が認められているところです。

2.地公災基金熊本県支部長(農業研究センター)事件

 本件で原告になったのは、熊本県農林水産部農業研究センター(Aセンター)畜産研究所中小家畜研究室(本件研究室)の養豚エリアで働いていた県職員C(亡C)の遺族です。

 亡Cの直接死因は敗血症でしたが、死亡以前に人畜共通病原菌であるロドコッカス・エクイ菌が検出されていたことを受け、原告の方は、亡Cの死亡が

本件研究室での勤務中に生じたロドコッカス・エクイ菌への感染⇒肝膿瘍及び化膿性リンパ節炎(本件疾病)への罹患

に原因があるとして、公務災害の認定を申請しました。

 しかし、処分行政庁が本件疾病を公務外の災害であると認定する処分をしたため、原告の方は、その取消を求めて出訴しました。

 本件で問題になったのは、亡Cの素因の取扱いです。亡Cは、元々、骨髄異形成症候群(MDS)/骨髄増殖性腫瘍(MPN)又は骨髄増殖性腫瘍(MPN)と診断されていました。

 被告処分行政庁側は、

「ロドコッカス・エクイ菌は、通常の免疫力を有する健常者であれば、血液中の白血球(リンパ球)が有する病原菌等の排除機能により死滅させることができ、健常者には滅多に感染しない」

などと主張し、ロドコッカス・エクイ菌への感染⇒本件疾病の発症の公務起因性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、亡Cの死亡に公務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「職員が発症した疾病等が公務上のものと認められるためには、業務(公務)と疾病等との間に公務起因性、すなわち相当因果関係が認められることが必要であり、上記の相当因果関係を認めるためには、職員の疾病等の結果について、その業務(公務)に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることが必要である。」

・本件における検討

「亡Cの骨髄増殖性腫瘍(MPN)による免疫低下状態がロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症に一定程度の影響を及ぼしていること」

「亡Cは、入退院を繰り返しており・・・、平成25年7月2日には本件素因を有することなどの診断を受け・・・、遅くとも、平成27年1月21日までにはロドコッカス・エクイ菌に感染し・・・、本件疾病の一部を発症した後、抗菌薬が投与されたことで一定の改善が見られたものの・・・、再び状態が悪化し、敗血症を原因として死亡している・・・。このような経過や亡Cの血液検査の結果等からすると、被告が主張するとおり、亡Cの本件素因のうち、骨髄増殖性腫瘍(MPN)による免疫低下状態が、亡Cのロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症に一定程度の影響を及ぼしていること自体は否定できない・・・。

「本件業務(公務)はロドコッカス・エクイ菌に感染する危険性を有していたこと並びに亡Cの免疫低下状態がロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症に及ぼした影響の程度が高いとはいえないこと」

「本件業務(公務)はロドコッカス・エクイ菌に感染する危険性を有していたこと」

「しかし、上記・・・で述べたとおり、そもそも、ロドコッカス・エクイ菌は、馬、豚及びその飼育環境や土壌に広く生息し、人が、馬、豚及びその飼育環境に存在する強毒株又は中等度毒力株を吸入することなどにより、人へと感染するものと推定されており・・・、亡Cが日常的に豚に接触しロドコッカス・エクイ菌に曝露する可能性が高い本件業務に従事していた・・・ため、本件疾病を発症していることからすると、本件疾病の発症原因となるロドコッカス・エクイ菌が、本件業務(公務)の場に相応に存在したものと強く推認される。」

「また、ロドコッカス・エクイ菌は、細胞性免疫低下状態にある患者の感染例が多いものの、その約3分の2が後天性免疫不全症候群(AIDS)患者等といわれているほか、免疫正常者への感染例も一定数の報告があり、免疫正常者であっても、畜産関係、農夫、馬飼育舎、庭師等の職種にある者は、ロドコッカス・エクイ菌に感染しやすいとされている・・・。そうすると、ロドコッカス・エクイ菌は、免疫低下状態にある患者のみが感染する細菌ではなく、免疫正常者でも、畜産関係等の職種に就いている者には感染する可能性がある細菌であるといえる。」

「以上のことからすると、本件業務は、ロドコッカス・エクイ菌に感染して本件疾病を発症する危険性を有する業務(公務)であるということができる。」

「亡Cの免疫低下状態がロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症に及ぼした影響の程度が高いとはいえないこと」

「亡Cは、平成26年2月1日からは、本件研究室に復職し、本件業務に従事しているが・・・、J医師によれば、亡Cのロドコッカス・エクイ菌の曝露量を踏まえれば、ロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症に骨髄増殖性腫瘍(MPN)が影響した程度は高いと判断することはできないとしていること・・・に加え、I医師によれば、亡Cの本件素因による免疫低下の状態としては、易感染性のために日常生活や就労の制限を必要とする状態ではなく、うがいや手洗いを励行し、インフルエンザ流行期には人込みを避けるよう指導する程度であり、感染症発症時は、基礎疾患のない患者と比較し治癒が遅延する印象がある程度であったとしており・・・、そうであるからこそ、本件研究室でも、亡Cに豚への接触の可能性がある業務を行わせないなど特段の勤務制限等は行っていなかったものと考えられること・・・からすると、ロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症との関係では、亡Cの本件素因のうち、骨髄増殖性腫瘍(MPN)による免疫低下状態が影響した程度は高いものとはいえないというべきである。

「なお、G医師は、亡Cの血液検査結果からすると、後骨髄球等の免疫正常者ではみられない異常な血球が認められ、骨髄機能の異常が進行していたことなどからすると、免疫不全の状態であったことが推測される旨の意見を述べているが、亡Cが本件業務に従事した期間中である平成26年3月11日から同年11月17日にかけて受けた血液検査の結果は、WBC(白血球数)が基準値を上回り、Hb(ヘモグロビン)が基準値以下であったほか、後骨髄球等の異常な血球も認められるものの、その異常な血球の検査結果は、MeTa(後骨髄球)について同年3月20日の2.0%及び同年9月18日の1.0%を除き概ね0~0.5%の間で推移しているほか、Myelo(骨髄球)についても同年3月11日の2.5%を除き0~2.0%の間で推移しており、Pro(前骨髄球)も0%、Blast(芽球)が0%、NRBC(有核赤血球)は同年5月12日が2.0%であったのを除き0.5~1.5%の間で推移しているというものであって・・・、免疫が良好な状態であったとはいえないとしても、その状態が悪化傾向にあったとはいえない。そして、亡Cが、平成26年2月1日に本件研究室に復職した後、平成27年1月30日まで約1年にわたって本件業務に従事しており、L医師の意見によれば、亡Cが、ロドコッカス・エクイ菌に感染したのは平成26年9月3日以後であったと考えられるところ、上記のとおり、亡Cが本件業務に従事した約1年間における異常な血球の数値がおおむね安定して推移していることも併せ考慮すると、G医師が指摘する点は、上記の認定判断を左右するものとはいえない。」

「また、L医師は、肺病変から進展して化膿性リンパ節炎及び肺外病変を発症し、抗菌薬の投与にもかかわらず、敗血症により死亡しており、これは免疫不全患者におけるロドコッカス・エクイ菌の感染症の経過と一致していることからすると、亡Cがロドコッカス・エクイ菌に感染して本件疾病を発症したのは、亡Cの本件素因のうち、骨髄増殖性腫瘍(MPN)による免疫不全を原因とする可能性が極めて高い旨の意見を述べるところ、確かに、平成27年1月26日の血液検査ではWBC(白血球数)が319で基準値以上、Hb(ヘモグロビン)が8.9で基準値以下であるほか、MeTa(後骨髄球)が2.0%、Myelo(骨髄球)が5.5%、Pro(前骨髄球)が0.5%、NRBC(有核赤血球)が1.0%であり、貧血が進行しているほか、異常血球も増加しており、その頃には骨髄機能異常が進行していた可能性がある。しかしながら、L医師が自ら述べるとおり、亡Cがロドコッカス・エクイ菌感染したのは平成26年9月3日以後であったと考えられるところ、亡Cがそれまでの7か月間以上にわたってロドコッカス・エクイ菌に感染することなく本件業務に従事することができており、それまでの血液検査の結果もおおむね安定的に推移していたことに照らすと、亡Cにおいて本件業務の従事を契機としてロドコッカス・エクイ菌に感染したことにより、その自然的経過を超えて骨髄機能異常が進行し、平成27年1月26日の血液検査の結果のような数値の悪化を招いた可能性も少なからずあり、ロドコッカス・エクイ菌の感染によりその免疫低下状態が進行した可能性が一定程度あると考えられることからすると、亡Cが元々有していた本件素因のうち、骨髄増殖性腫瘍(MPN)による免疫低下状態自体が、ロドコッカス・エクイ菌の感染及びそれによる本件疾病の発症に対して影響した程度が高いものとはいえず、L医師の指摘する点は、上記の認定判断を左右するものとはいえない。」

・小括

「そうすると、本件業務は、ロドコッカス・エクイ菌に感染して本件疾病を発症する危険性を有する業務(公務)であるということができる一方で、ロドコッカス・エクイ菌の感染及び本件疾病の発症との関係では、亡Cの本件素因のうち、骨髄増殖性腫瘍(MPN)による免疫低下状態が影響した程度は高いものとはいえないことからすると、亡Cの本件疾病は、本件業務(公務)に内在又は通常随伴する危険が現実化して発症したものということができ、本件業務と本件疾病との間の相当因果関係を肯定できるから、本件業務と本件疾病との間には、公務起因性が認められる。これと異なる被告の主張は採用することができない。」

3.公務起因性が肯定された

 免疫低下状態をもたらす素因があって細菌感染で死亡したとなると、死亡結果は公務に内在した危険が現実化したというよりも、個体要因によるのではないかという疑義が生じます。実際、そうした疑義があるから、処分行政庁は、公務外の災害であると認定する処分をしたのだと思われます。

 しかし、裁判所は、免疫低下状態が一定の影響を及ぼしていることを認めながらも、影響の程度は高いものとはいえないと述べ、公務起因性を認める判断をしました。

 これは業務起因性/公務起因性の判断に厳格な裁判所の判断としては画期的なものです。素因があっても、影響の高低を検討することによっては、業務災害/公務災害としての認定を受けられる可能性を示唆するもので、同種事件に取り組むにあたり参考になります。