弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

適性判断のための有期雇用と試用期間

1.試用期間後の本採用拒否に係る規制の潜脱手段としての有期雇用

 試用期間の定めが解約留保権付労働契約であると理解される場合、本採用拒否は解雇として理解されます。この場合、試用期間中であったとしても、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り、使用者は労働者の本採用を拒否することができません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕52頁参照)。

 こうした試用期間に係る規制を潜脱するため、有期雇用契約が用いられることがあります。試用期間を有期雇用契約に置き換え、使用者にとって好ましい場合には期間満了時に無期雇用契約を締結し、好ましくない場合には期間満了とともに契約を終了させてしまうといったようにです。

 しかし、これは法の潜脱以外の何物でもありません。こうした潜脱を防ぐため、最三小判平2.6.5労働判例564-7 神戸弘陵学園事件は、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である」

と述べ、適正評価・判断のための有期雇用契約を試用期間として理解するべきだと判示しています。

 神戸弘陵学園以降、契約期間の定めを無期労働契約の試用期間であると評価し、留保解約権行使の適法性を判断した裁判例は一定数存在します。他方、期間満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に存在しているなど「特段の事情の有無を論じた裁判例は、大阪地判平15.4.25労働判例850-27愛徳姉妹会(本採用拒否)事件がみられます(前掲『2018年 労働事件ハンドブック』57頁参照)。

 このように有期労働契約を試用期間の代わりに用いるという法潜脱手段は、最高裁判例により厳しく制限されている状態にありました。

 しかし、近時公刊された判例集に、労働者の能力や適性を判断するために有期労働契約を利用することを正面から認めたうえ、期間満了による労働契約の終了を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.23労働判例ジャーナル105-56 電通オンデマンドグラフィック事件です。

2.電通オンデマンドグラフィック事件

 本件で被告になったのは、広告・宣伝業務やセールスプロモーションに関する業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、

「平成30年4月1日から同年9月30日まで」

を契約期間として、被告と労働契約を結んだ方です。期間を平成30年10月1日から平成31年3月31日までとして、契約を一度更新された後、雇止めを受けました。これに対し、本件の契約期間は「業務内容や社風などを双方で確認する」ための試用期間であるとして、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 原告が契約期間を試用期間であると認識した背景事情として、裁判所は、次の事実を認定しています。

「P3取締役は、平成30年3月9日、原告に対し、メールを送信し、原告を採用する方針に決まったことを伝えた。」

「P3取締役は、同メールにおいて、被告の中途採用制度の概要について、『当社の中途採用では、初めの6か月間を社員試用期間として、初回の採用契約は『有期契約社員』となります。この6か月間において、業務内容や社風などを双方で確認することとし、『有期契約社員』を経て、その後に『正規社員』採用となります。』、『有期契約期間は社の業務状況や、作業に取組みスキルの過不足などを判断したうえで、最長1年間に延長する場合が有ります。(6か月間契約・2回まで)』などと説明した上で、原告に対し、上記中途採用条件を同月2日の面接での説明内容などと併せて検討した上で、最終的に被告への入社を希望するか否かを確定して欲しいと依頼した。」

「原告は、同月10日、P3取締役に対し、上記メールに対する返答として、『試用期間に関して親切にご説明頂き、ありがとうございます。内容は承知致しました。』、『こちらの入社希望は変わっておりません。』と返信した。」

「P3取締役は、原告に対し、被告への入社希望を了承した旨を伝え、同月14日に採用条件などを説明するために面談を行う旨を連絡した。」

 こうした事実関係を前提としながらも、裁判所は、次のとおり述べて、雇用期間の定めが試用期間であることを否定し、契約は終了しているとして、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件労働契約を締結するに当たり、被告が原告に対し、本件労働契約が6か月間の期間の定めのある有期契約社員としての契約であると説明し、本件労働契約の締結及び更新の際に、原告が署名して被告に提出した本件採用条件承諾書1及び同2には、いずれも『雇用形態 有期契約社員』と明記され、『契約期間』として『2018年4月1日から2018年9月30日まで(6ヵ月)』又は『2018年10月1日から2019年3月31日まで(6ヵ月)』と定められていたことからすると、本件労働契約が有期労働契約として締結されたことは明らかであり、そこで定められた期間は契約の存続期間であると認められる。

「原告は、被告のP3取締役が採用面接の際に原告に説明したように、本件労働契約の期間は『社員試用期間』であり、『業務内容や社風などを双方で確認する』ための期間であるから、その性質は試用期間であり、本件労働契約は解約権留保付きの無期労働契約であると解されるべきであると主張する。」

「しかしながら、法律上、有期労働契約の利用目的に特別な限定は設けられておらず、労働者の能力や適性を判断するために有期労働契約を利用することもできると解される。特に、本件のような中途採用の場合には、即戦力となる労働者を求めていることが少なくなく、即戦力となることを確認できた者との間でのみ正社員としての労働契約を締結するための手段として、有期労働契約を利用することには相応の合理的理由があると認められる。したがって、労働契約において期間を定めた目的が労働者の能力や適性の見極めにあったとしても、それだけでは当該期間が契約期間なのか、試用期間なのかを決めることはできないというべきである。期間の定めのある労働契約が締結された場合に、その期間が存続期間なのか、それとも試用期間であるかは、契約当事者において当該期間の満了により当該労働契約が当然に終了する旨の合意をしていたか否かにより決せられるというべきである。

「これを本件についてみるに、上記・・・のとおり、原告と被告は、本件労働契約において原告の地位を6か月間の期間の定めのある有期契約社員と定めていることや、本件有期契約社員規則2条が有期契約社員の労働契約において定められる期間は『契約期間』であると明記し、同規則3条が原則として『契約期間満了時には当然にその契約は終了する。』、例外的に契約が更新される場合であっても、その回数は1回に、その期間は6か月以内に限られ、『この場合も、継続的な雇用ではない。』と明確に定めていることに照らすと、原告と被告は、本件労働契約を締結するに当たり、期間の満了により本件労働契約が当然に終了することを明確に合意していたと認められる。

「この点に関し、原告は、本件労働契約において期間を定めた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断することにあるにもかかわらず、当該期間を契約の存続期間であると解するのは、最高裁平成元年(オ)第854号同2年6月5日第三小法廷判決・民集44巻4号668頁(神戸弘陵学園事件 括弧内筆者)に反するとも主張する。しかしながら、同判例は、契約当事者間に期間の満了により当該労働契約が当然に終了する旨の合意があったか否かが不明な事案に関するものであり、これと事案を異にする本件には当てはまらないというべきである。

3.神戸弘陵学園事件の判示に反しているのではないか

 有期労働契約は、その性質上、期間の満了とともに、当然に終了する形式をとります。

 そのため、電通オンデマンドグラフィック事件の裁判所が判示しているように、有期労働契約と試用期間とが、

「契約当事者において当該期間の満了により当該労働契約が当然に終了する旨の合意をしていたか否かにより決せられる」

のだとすれば、有期労働契約が試用期間と理解される場面は、殆どなくなってしまうのではないかと思います。

 これは、本件の原告が主張するとおり、有期雇用契約を用いた試用期間に係る規制の潜脱の抑止を図る最高裁の神戸弘陵学園事件の趣旨に反しているように思われます。

 電通オンデマンドグラフィック事件が孤立した裁判例で終わるのか、それとも同様の判断枠組を用いる裁判例が続いて従来の実務が変更を迫られるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。