弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

求人票の記載を鵜呑みにしないこと

1.いわゆる求人詐欺の問題

 求人票の記載と採用後の実際の労働条件が、相違しているという問題があります。

 なぜ、このような問題が生じるのかというと、募集要項等の内容は、直ちに労働契約の内容になるわけではないからです。

 一般論として、労働者の採用は、

① 使用者による求人広告、求人票などによる募集、

② 労働者の応募、

③ 使用者による労働条件の通知、

④ 意思の合致による労働契約の締結、

という段階を経て行われます。

 募集をかけた使用者と、これに応募した労働者との間で、労働条件に関する交渉が行われることは珍しくありません。また、③の労働条件の通知は、労働基準法15条1項によって使用者に義務付けられたことでもあります。

 そのため、契約で定められた労働条件がどのようなものなのかを考える場合には、求人広告や求人票の記載よりも、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書に何と書いてあるのかが重視される傾向にあります。

 しかし、こうしたルールのもとでは、求人票や求人広告で優れた労働条件を示しながら、採用間際になった異なる労働条件を示し、なし崩し的に労働契約を締結するといった弊害が生じがちです。これが俗に求人詐欺と言われる問題です。

 求人詐欺に対しては、国も決して手をこまねいているわけではありません。平成30年1月1日施行の改正職業安定法により、労働者の募集を行う者は、募集にあたって明示した労働条件を変更等する場合、変更箇所を明示しなければならないとされました(即業安定法5条の3等参照)。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000171017_1.pdf

 しかし、未だ求人詐欺の問題は解決するには至っていません。近時公刊された判例集にも、この問題が議論された裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.19労働判例ジャーナル105-56 交通機械サービス事件です。

2.交通機械サービス事件

 本件は原告に対する雇止めの可否が問題になった事件です。

 被告になったのは、東日本旅客鉄道株式会社所有の車両用機器の修繕、清掃業務等を主要業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約締結した方です。原告が被告と交わした「期間限定雇用員契約書」(本件契約書)には、契約期間について、

「期間の定めあり(平成27年4月15日~平成27年9月30日)」

と記載されており、更新の有無については、

「更新する場合がある」

となっていました。

 しかし、原告が見たハローワークの求人票には、雇用期間について、

「雇用期間の定めあり 6ケ月 契約更新の可能性あり(原則更新)」

と書かれていました。

 被告が平成27年9月30日をもって雇用契約を終了させたところ(本件雇止め)、求人票の記載等を根拠に、原告がその効力を争ったのが本件です。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、雇用契約の終了を認めました。

(裁判所の判断)

「原告と被告との間では、これまで雇用契約が更新されたことはなく、雇用継続期間は6か月であることからすると、本件雇用契約が長期にわたるものであるということはできない。また、原告は、被告との間で、本件雇用契約を締結するにあたり、本件契約書に署名押印しているが、本件契約書には、約6か月間の雇用期間が明記された上で、更新の有無について、『更新の契約をしない場合がある』、『更新する場合があり得る』、『更新の契約をしない』の3段階の定型文言が記載されているところ、本件雇用契約では、『更新の契約をしない場合がある』ではなく、『更新する場合があり得る』が選択されており、契約更新の際に考慮する事情の記載があることからすると、本件契約書の文言からは、本件雇用契約の更新が当然に予定されていたということはできない。さらに、被告は、平成27年及び平成28年の2年間で、原告以外の3人について、初回の有期雇用契約を更新せずに期間満了で雇用契約を終了しており、被告において、有期雇用契約が当然に更新されるという運用がなされていたということはできない。その他、被告において、採用面接時や雇用契約締結時、原告に雇用継続の期待を持たせる言動があったと認めることはできない(この点について、原告は、採用面接時のやりとりや本件契約書を交付する際の被告とのやり取りについて、覚えていない旨供述している。・・・)。これらの事情に鑑みると、本件雇用契約について、本件雇用契約の期間満了時に、『労働契約が更新されるものと期待することについての合理的理由がある』と認めることはできない。

「これに対し、原告は、本件求人票には、雇用期間について『原則更新』の記載があることから、雇用契約が更新されるものと期待することについての合理的理由がある旨主張する。しかしながら、本件求人票の雇用期間の欄には、単に『原則更新』と記載されているのではなく、『契約更新の可能性あり(原則更新)』と記載されていることや、原告は、本件雇用契約を締結するにあたり、上記のとおり、契約期間や更新の有無について明記された本件契約書に署名押印して被告に交付していることからすると、この点に関する原告の主張は、上記判断を左右するものではない。

3.求人票の記載を鵜呑みにしないこと

 採用間際の段階で契約更新に関する原則と例外を逆転させられても、話が違うと声を挙げることは労働者にとって、決して容易ではないと思います。

 そういう意味で、求人詐欺が問題となる事案には、

① 契約書等の記載を見過ごしたケース、

② 契約書等の記載を認識していながら異議を述べられなかったケース、

の二通りがあると思います。

 本件がどちらのケースに該当するのかは、判決文を見るだけでは分かりません。

 しかし、①のケースに関して言えば、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書の記載をよく確認することで紛争は回避できます。

 平成30年1月1日から施行されている改正法による是正が期待できるものの、本件のような裁判例もあることを踏まえると、求職者には、安易に求人票の記載を鵜呑みにせず、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書の内容を十分に確認してから労働契約を締結することが推奨されます。