弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法派遣を受けた国や地方公共団体に対する採用不作為の違法確認訴訟・採用義務付け訴訟の可否(消極例)

1.違法派遣を受けた国や地方公共団体の義務

 労働者派遣法40条の7第1項は、

「労働者派遣の役務の提供を受ける者が国又は地方公共団体の機関である場合であつて、前条第一項各号のいずれかに該当する行為を行つた場合・・・においては、当該行為が終了した日から一年を経過する日までの間に、当該労働者派遣に係る派遣労働者が、当該国又は地方公共団体の機関において当該労働者派遣に係る業務と同一の業務に従事することを求めるときは、当該国又は地方公共団体の機関は、同項の規定の趣旨を踏まえ、当該派遣労働者の雇用の安定を図る観点から、国家公務員法・・・、国会職員法・・・、自衛隊法・・・又は地方公務員法・・・その他関係法令の規定に基づく採用その他の適切な措置を講じなければならない。

と規定しています。

 上記にいう

「前条第一項各号のいずれかに該当する行為」

というのは、偽装請負など、いわゆる違法派遣を受ける行為を指しています(労働者派遣法40条の6第1項参照)。

 それでは、違法派遣が行われている場合に、労働者派遣法40条の7第1項を根拠として、派遣労働者が、国や地方公共団体に対し、

自分を採用しないことの違法性の確認を求めたり、

自分を採用することの義務付けを求めたり

する訴訟を提起することは許されるのでしょうか?

 行政事件訴訟法には、

不作為の違法確認の訴え、

義務付けの訴え、

という訴訟類型が設けられています(行政事件訴訟法3条5項6項)。

 不作為の違法確認の訴えとは、

「行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟」

をいいます(行政事件訴訟法3条5項)。

 義務付けの訴えとは、

「行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟」

を言い、申請権型(行政事件訴訟法3条5項2号)と非申請権型(行政事件訴訟法3条5項1号)の二つの類型が設けられています。

 派遣労働者からの義務付け訴訟の可否は、

「当該労働者派遣に係る派遣労働者が、当該国又は地方公共団体の機関において当該労働者派遣に係る業務と同一の業務に従事することを求めるとき」

との文言に、派遣労働者の申請権を読み込むことができないのか、

読み込むことができないにしても、採用義務の履行を求めることができないのか、

という問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令4.6.30労働判例1272-5 国・大阪医療刑務所事件です。

2.国・大阪医療刑務所事件

本件で原告になったのは、日東カストディアル・サービス株式会社(日東)との間で雇用契約を締結していた方です。大阪医療刑務所から自動車運行管理業務を請け負った日東の指示のもと、大阪医療刑務所で運転手として就労していましたが、これが偽装請負(労働者派遣法40条の6第1項5号)に該当するとして、

不作為の違法確認の訴えや、

採用の義務付けを求める訴え

を提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、労働者派遣法40条の7第1項を、派遣労働者の採用を義務付ける規定とはいえないと判示したうえ、次のとおり述べて、

不作為の違法確認の訴えや、

採用の義務付けを求める訴え、

を不適法却下しました。

(裁判所の判断)

・不作為の違法確認の訴えについて

「不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟であり(行訴法3条5項)、法令に基づく申請が行われたことは訴訟要件であると解される(最高裁昭和47年11月16日判決・民集26巻9号1573頁参照)。」

「しかるところ、原告は、労働者派遣法40条の7第1項に基づいて、派遣労働者が国等の機関に対して『当該労働者派遣に係る業務と同一の業務に従事することを求める』行為のうち、特に『採用』を求める行為が、『法令に基づく申請』に当たると主張しており、原告が労働組合を通じて平成29年6月2日に送付された本件文書2には、大阪矯正管区長及びB刑務所長に対し、法令に基づいて採用その他の適切な措置を講じることを要求する旨が記載されている・・・ところである。」

「そこで、これが法令に基づく申請に当たるかについて検討する。」

「行訴法上、『申請』の意義について特段の定義規定が置かれていないところ、行政手続法2条3号は、同法にいう『申請』について、『法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(略)を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。』と規定していることに照らすと、ある行為が行訴法上の『申請』に当たるかについても、処分を求める行為であることの他に、行政庁に諾否の応答義務が課されているかという観点から検討することが相当である。」

「そして、行政庁に諾否の応答義務が課されているか否かについては、求める処分の性質のほか、当該行為に関する手続的規定の有無及び内容も踏まえて決するのが相当である。」

「これを労働者派遣法40条の7第1項に基づく『求め』について検討するに、同法には『申請』という用語を用いる条文があり(労働者派遣業の許可に関する5条、調停の申請に関する47条の7)、これらはいずれも応答義務があるものとして規定が整備されている(同法7条2項、同法47条の8、労働者派遣法施行規則46条の2、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則7条参照)のに対し、労働者派遣法40条の7第1項は『求めるときは』との文言を用いている。また、国等の機関に応答義務を課すためには、応答の対象を明確化し、申請内容の特定や記録化が必要となると考えられることから、一般に、申請書等の提出義務が定められ、その記載事項が定められることが多いといいうるところ、労働者派遣法及びその関係法令は、『求め』を行う際に伝えるべき内容や方式を定めておらず、これを規定する政省令や通達・要綱も存しない。加えて、国等の機関が採用その他の適切な措置を講じなかった場合における不服申立手続についての定めも置かれていない。同法40条の7第1項の「求め」についてこれらの手続が整備されていないことは、これに対して国等の機関に応答義務を課すものではないものと考えられていることを示すものといえる。」

「さらに、前記・・・で説示したとおり、同法40条の7第1項の『求め』があった場合、同条において国等の機関が講ずべき『採用その他の適切な措置』には採用といった処分以外の様々な事実行為が含まれ、国等の機関はこれらの中からどのような措置(当該具体的な事情の下では特段の行為をしないことも含まれる。)を講ずるかを決することとなることを踏まえると、同法40条の7第1項の『求め』に対する応答義務があると解することはできない。このことは上記『求め』の中に『採用』が含まれていたとしても結論を左右するものではない(採用という処分を求めていたとしても職権発動を促すものにとどまると解される。)。」

「以上によれば、労働者派遣法40条の7第1項に基づく派遣労働者の採用の『求め』に対し、国等の機関が『採用』についての応答義務を負っていると解することはできず、原告の前記行為が法令上の申請に当たると認めることはできない。」

・義務付けの訴え(申請権型)について

「行訴法3条6項2号に基づく義務付けの訴えは、原告が申請権を有する場合に可能であり、これがない場合は訴訟要件を欠くこととなる。」

「しかるところ、上記・・・のとおり、原告は、労働者派遣法40条の7第1項に基づいて、法令上の申請権を有しているとは解されないから、行訴法3条6項2号に基づく義務付けの訴えの部分は、争点4について判断するまでもなく、訴訟要件を欠く不適法なものというべきである。」

・義務付けの訴え(非申請権型)について

「行訴法3条6項1号に基づく義務付けの訴え(いわゆる非申請型義務付け訴訟)は、一定の処分がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないこと等が訴訟要件とされているところ(行訴法37条の2第1項)、重大な損害の有無を判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)。」

「これを本件について検討するに、原告らが採用されないことによって被る損害は、給与の喪失や年金の減少といった経済的な損害であって、これらはいずれも金銭賠償によって事後的補てんが可能であることから、その損害を避けるため他に適当な方法がないとは認められない。」

「原告は、B刑務所での勤務を継続することができないことによって、キャリアアップをする機会を失われ、再就職も困難であると主張するが、B刑務所において自動車運行管理業務に従事しなければ、原告の運転技術等が失われ、就労能力が失われることや再就職が妨げられることを認めるに足りる証拠はない。」

「以上によれば、被告が原告を採用しないことによって、原告に重大な損害を生ずるおそれがあり、他に適当な方法がないとは認められない。」

「よって、行訴法3条6項1号に基づく義務付けの訴えの部分は、争点4について判断するまでもなく、訴訟要件を欠く不適法なものというべきである。」

3.不作為の違法確認訴訟、義務付け訴訟(申請権型・非申請権型)いずれも消極

 労働者派遣法40条の7第1項を根拠として、採用不作為の違法確認訴訟、採用の義務付け訴訟を提起できるかというテーマを取り扱った裁判例は、本件が初めてではないかと思います。

 結論は消極ですが、不作為の違法確認訴訟、義務付け訴訟の対象としての適格性を考えるにあたり、本件は重要な裁判例として位置付けられます。