弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇事件にみる組織内弁護士(インハウス)の能力や適格性

1.組織内弁護士

 組織内弁護士(インハウス)とは、

「官公署又は公私の団体・・・において職員若しくは使用人となり、又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士」

をいいます(日本組織内弁護士協会 定款4条1項)。

定款・会規 | 日本組織内弁護士協会|JILA

 組織内弁護士は、近時、その数を急速に拡大しています。

 日本組織内弁護士協会の統計資料によると、2001年には66人でしかありませんでしたが、2020年には2629人の組織内弁護士がいるとされています。

組織内弁護士の統計データ | 日本組織内弁護士協会|JILA

https://jila.jp/wp/wp-content/themes/jila/pdf/transition.pdf

 従来、数が少ないことから、組織内弁護士に対する解雇の効力が争われる裁判例を目にすることは稀でした。

 しかし、組織内で働く法曹有資格者が増えたためか、近時公刊された判例集に、能力・適格性不足、協調性不足を理由とする組織内弁護士への解雇の可否が争点となった裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.10労働判例ジャーナル105-52 パタゴニア・インターナショナル・インク事件です。

2.パタゴニア・インターナショナル・インク事件

 本件で被告になったのは、衣料品の通信販売等を目的とし、米国カリフォルニア州に本店を置く外国会社です。

 原告になったのは、本邦の大学を卒業後、米国ニューヨーク州の弁護士資格を保有していた方です。日本支社リーガルカウンセルとして、年収1600万円で、被告と雇用契約を締結していました。被告から能力・適格性不足、協調性不足を理由に普通解雇されたため、地位確認等を求めて訴訟を提起しました。

 能力・適格性不足との関係で、被告は、原告が、

「外国法人の政治活動への法的規制の問題で社外弁護士の見解を自分の意見に沿うように曲げて伝え」たこと、

「外部コンサルタントとの業務委託契約締結に関連する不正競争防止法上の問題について社外弁護士が自分の意向に沿う結論を出すようにリードし」たこと、

「酒税法について誤ったアドバイスをして被告をリスクに晒し」たこと、

「レポートライン(組織内で報告、決裁、人事評価等を行う系統)に関する業務命令に違反して被告日本支社長を自分の上司とすることを拒否し」たこと、

「税務署に提出する書類を担当部署のチェックを受けずに提出したため当該書類に不正確な数字が記載されてしまい税務署の被告への信用を損なうリスクを惹起し、また、被告日本支社の被告米国本社からの信用を毀損し」たこと、

「実務的なアドバイスを提供することを放棄し」たこと、

「在宅勤務制度がないにもかかわらず頻繁に出社しなかった」こと

を解雇事由として主張しました。

 こうした被告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の能力・適格性不足を認め、解雇を有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成28年9月、本件業務委託契約の案件について、P4から本件業務委託契約の締結作業を進めるよう指示された当初から、これが不正競争防止法に反する疑いがあるとの見解を表明していたところ、大橋弁護士から、これに反して、本件業務委託契約締結の法的リスクは相当程度限定的であるとの助言等を受けたので、既にP6からP9が本件業務委託契約における業務内容はアマゾン社の営業秘密の持ち出しに該当するものではないと回答したとの報告を受けており、その他、P9がアマゾン社に対して負う守秘義務の内容等を調査した訳でもなく、本件業務委託契約の業務内容がP9の守秘義務違反となると断定するべき客観的な根拠はなかったにもかかわらず、大橋弁護士に対し、本件業務委託契約がP9の守秘義務違反となる旨被告が知っているとの、根拠不十分な情報を断定的に提供し、その結果として大橋弁護士から得た助言をP4に報告したものである。」

「すなわち、原告は、大橋弁護士の法的見解を本件業務委託契約が不正競争防止法に違反するとの自己の見解と合致させるために、大橋弁護士に対して客観的な根拠のない事実を断定的に提供して、大橋弁護士の被告に対する助言を誤らせたものというべきであって、原告の上記行為は、被告における本件業務委託契約締結に関する法的リスクの有無の判断を誤らせる危険を生じさせたものである。

「また、前記・・・に認定のとおり、原告は、平成28年12月、被告日本支社が本件公聴会に従業員を動員して開発反対の意思を表明する方針を持っていたところに、外国法人の政治活動とされる行動は回避が無難であるとの助言をしたものであるが、この際、大橋弁護士はこれと異なる法的見解を述べていたにもかかわらず、P4に対して、大橋弁護士も原告の見解と同様の見解を示したかのような報告をしたものである。さらに、原告の上記助言の法的根拠は不明であり、その正確性自体も疑問である。

原告の上記助言は、本件公聴会の案件に係る法的リスクの判断を誤らせ、被告の志向していた環境危機に警鐘を鳴らし解決に向けて実行するとの行動を妨げるおそれを生じさせたものである。

「そして、前記・・・に認定のとおり、原告は、平成29年6月1日、P4から、他の従業員と協議をした上で問題を解決し、困難な状況の克服に必要な選択肢を提案するべく、率先して行動することが期待されているなどの旨、具体的な要望を交えての指導を受けたものであり、かつ、その指導内容は、リーガルカウンセルとして単なる法的リスクの助言をするだけでなく、助言を要する部門のニーズを把握して法的リスクを踏まえた解決策を助言することを求めるという、明確なものであった。ところが、前記・・・に認定のとおり、原告は、その後も、ストアイベントにおける本件ビールの配布が既に開始されていた状況で、これが酒税法に抵触するおそれがあるとの助言をするのみで、これを克服するための解決案を提示することもなく、しかも、食品衛生法などその他の法令による規制を考慮しての助言をするには及ばず、やはり、上記指導に沿った業務を行うことができなかったばかりか、原告の本人尋問における供述中には、同年8月15日、P4が原告に対してビジネス部門においてやりたいことを実現する手助けをしてほしいとの指摘をしたことについて、P4の話が具体的に何のことを言っているのか分からなかった、一般的な話としてそういうこともあるのかなと思ったとの供述部分があることを併せて考慮すれば、原告は、結局、P4の上記具体的かつ明確な指導の内容を理解することができず、あるいは理解して受け入れようとしなかったものと認められる。

「その他、前記・・・に認定のとおり、原告には、経理部門から入手するべき決算書を経理部門に所属しないP14から入手したにもかかわらず、決算書の入手先を問われた際、P14が経理部門に所属していた時期に決算書を入手したなどと虚偽の報告をしたり、行政書士が酒類販売事業免許の申請書類のうち一部しか送付しなかったのに対し、原告は確認のためにその全部の送付を依頼しなかったりするなど、リーガルカウンセルとしての適性を疑われてしかるべき行為があったことが認められる。」 

「原告がリーガルカウンセルとしての職務を遂行する十分な能力と適格性があることが本件雇用契約の内容となっていたことは当事者間に争いがなく、前提事実・・・のとおり、本件雇用契約におけるリーガルカウンセルの業務内容には法的アドバイス、分析を提供することのみならず、被告日本支社のビジネスゴール達成をサポートするビジネスパートナーとしての役割を果たすことも含まれていたのであるから、本件雇用契約上、原告には法的助言等を必要とする他の部門に対して法的リスクを述べるのみならず、同部門のニーズを汲み取った上で上記リスクを踏まえた解決策の提案等をすることが求められていたものであり、かつ、原告はこのことを認識してしかるべきであったというべきである。

「そして、上記・・・に説示のとおり、原告は、法的リスクを踏まえた解決策を提案することなく、自己の見解に固執して、外部の弁護士の見解が自己の見解に合致するよう誘導したり、外部の弁護士の見解が自己の見解と異なるにもかかわらず自己の見解と同じであるとの報告をしたりして、被告日本支社の法的リスクに対する判断を誤らせる危険を生じさせ、さらに、P4からこの点につき具体的かつ明確な指導を受けた後も、不十分かつ法的リスクを指摘するにとどまる助言をしたり、行政機関への申請書類の確認を怠ったりしたものであって、原告には、本件雇用契約で求められるリーガルカウンセルとしての能力と適格性が不足していたものと認められる。

「さらに、原告は、前記・・・に認定のとおり、被告日本支社におけるレポートラインがP4のみであることを否定し、P4との打合せでその旨確認した後も、表向きには理解した旨述べながら結局上記レポートラインを前提とした目標設定を行わず、前記・・・に認定のとおり、在宅勤務にこだわって書類中の法務承認欄への押印を適時に行えないとの弊害を生じさせるなど、自己の見解に固執する傾向が顕著であった。原告のこの傾向は、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、P4から上記指導等を受けた後、P10から本件公聴会の案件について法律上のリスクを把握してもらった上でどのようなことをすることが可能かのアドバイスがほしかったと申入れられたのを受けて、P10及びP7に対し、ビジネス部門に同調していてはビジネス部門が異なる意見を議論する機会がなく成長がない、リーガルの見解を検討した上でリスクをとるというビジネス判断するのは部門の力量であるなどの旨記載した電子メールを送信したことが認められ、ここに及んでもなお、自己の問題点を把握しようとしていなかったことからもうかがわれる。

「以上に述べたところによれば、原告には、被告におけるリーガルカウンセルとしての能力や適格性が不足し、その改善の可能性がなく、就業規則44条(c)号の定める解雇事由(勤務成績又は能率が不良で改善の見込みがない)に該当する事実があったものと認められる。」

3.裁判所の期待値は高く、踏み込んだ判断がなされる

 専門職の職務遂行の適否を判断するにあたっては、一定の裁量を前提にすることが少なくありません。

 しかし、裁判所は、

外部の弁護士と組織内弁護士とで、どちらの言っていることが正しいのか、

助言の内容が法的リスクの判断を誤らせていないか、

リスクの指摘に留まらない解決策の提案ができていたのか、

といった、かなり立ち入った内容にまで踏み込んだうえ、組織内弁護士の能力や適格性を判断しています。

 こうした判断の背景には、法律事務の適否について、判断できるだけの十分な知見を有しているという裁判所の自負が影響しているのかも知れません。

 本件は米国弁護士に関する事案ですが、数が急増している以上、いずれは日本弁護士が解雇の効力を争う事案も出てくる可能性があります。

 債務の本旨に添った労務提供の内容が何かは、個々の労働契約毎に異なるため、安易な一般化はできません。しかし、裁判所が組織内弁護士の能力や適格性をどのように理解しているのかを知るにあたり、本件は参考になる事案だと思います。