1.変形労働時間制
変形労働時間制という仕組みがあります。これは、簡単に言えば、業務の繁閑に応じて労働時間を配分する制度です。
変形労働時間制のもとでは、法定労働時間(1日8時間、1週間40時間 労働基準法32条参照)を超える所定労働時間を定めることが認められます。そして、法定労働時間を超えて働いても、それが所定労働時間を超えない限り、原則として時間外勤務をしたという扱いを受けません(ただし、一定の例外はあります)。
変形労働時間制には、単位期間を1か月とするもの(労働基準法32条の2)、1年とするもの(労働基準法32条の4)、1週間とするもの(労働基準法32条の5)の三種類があります。いずれの変形労働時間制も導入要件が複雑で、子細に分析をしてみると、その効力に疑義のあるものが少なくありません。
それでは、変形労働時間制が要件の欠缺によって無効になった場合、残業代は、どの範囲で発生するのでしょうか?
例えば、有効要件を充足しない変形労働時間制のもと、1日11時間の対価として1万1000円が支払われていたとします。
この場合、所定労働時間が1日8時間に圧縮される結果、1万1000円は8時間労働の対価として理解され、残り3時間分の時間外勤務手当は全然支払われていないことになるという考え方があります。
他方、変形労働時間制が無効でも、1万1000円が11時間分の労働の対価として合意されていることに変わりはなく、3時間分に相当する残業代の割増部分(25%部分)の追加支払が必要になるだけだという考え方もあります。
近時公刊された判例集に、この論点について判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.25労働判例ジャーナル105-48 イースタンエアポートモータース事件です。
2.イースタンエアポートモータース事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告会社では1か月単位の変形労働時間制が採用されていましたが、これは法定の要件を満たしていませんでした。本件では、法定の要件を満たさず変形労働時間制が無効になる場合に、時間外勤務手当の支払義務が、どの範囲で発生するのかが争点の一つになりました。
原告労働者は、
「1箇月単位の変形労働時間制が法の要件を満たさずその適用が許されない場合には、労基法13条、32条2項により、所定労働時間を1日8時間を超えて定めた部分は無効となるから、所定労働時間は1日8時間に短縮される。本件各契約において、被告が所定労働時間1日11時間の対価として支払った賃金は、適法な所定労働時間である1日8時間に対する賃金となり、残りの3時間の労働については全く賃金が支払われていないことになるから、1日8時間を超える労働である3時間に対する賃金として、労基法37条1項の『通常の労働時間の賃金』の1.25倍の賃金を支払う必要がある。」
と主張しました。
これに対し、被告会社は、
「被告は、本件各契約の所定労働時間である本件シフト表に定めた労働時間の対価として月ごとに定められた賃金を支払ったから、1日の所定労働時間を11時間と定めた場合は、その11時間に対する労基法37条1項の『通常の労働時間の賃金』の1倍の賃金は既に支払われているといえる。本件シフト表に定める所定労働時間の対価として月ごとに定められた賃金が支払われたことについては原告らも認めており、争いがない事実である。したがって、1日8時間を超える所定労働時間である3時間の労働に対する割増賃金としては、労基法37条1項の『通常の労働時間の賃金』の0.25倍の賃金を支払うことで足りる。」
と反論しました。
裁判所は、次のとおり述べて、被告の反論を排斥し、原告の主張に係る考え方を採用しました。
(裁判所の判断)
「本件各契約の所定労働時間のうち、1日につき8時間を超える部分の合意は、1箇月単位の変形労働時間制が法の要件を満たさずその適用が許されない場合には、労基法32条2項に違反することとなるから、労基法の直律効を定める同法13条の『この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約・・・の部分』に当たり、その部分が無効となり、所定労働時間は1日8時間に短縮され、1日8時間を超えてした労働は時間外労働となる。その場合において、賃金額の合意がどのように影響を受けるかは、労基法には定めはないから、本件各契約の合理的な解釈によることとなる。そして、労働契約は基本的には私的自治が妥当し(労働契約法1条)、労基法違反により無効となるのは労基法に違反した部分のみと解されるところ(労基法13条の第2文)、時給制や日給制においては賃金と所定労働時間数が厳密に対応・牽連しているのと比して、月給制においては国民の祝日や曜日により1箇月当たりの所定労働時間が他の月より短くても賃金減額が行われなかったり、遅刻・早退の場合において賃金減額が必ずしも行われなかったりするなど、所定労働時間と賃金とが厳密な対応・牽連関係にないことからすれば、月給制においては1箇月の所定労働時間と月ごとの賃金額とが一体の関係にあるとはいえないというべきであり、月給制においては、無効となるのは1日8時間を超える所定労働時間の部分のみであり、月ごとの賃金額のこれに対応する部分は無効とはならないと解するのが相当である。そうすると、月給制である本件各契約においては、無効となるのは1日8時間を超える所定労働時間を定めた部分のみであり、賃金を支払う合意が、本件シフト表のうち無効となる所定労働時間数が占める割合に応じて部分的に無効となることはないと解される。」
「そうすると、本件シフト表のうち無効となる所定労働時間数が占める割合に応じた賃金額の部分を、その余の賃金額から切り出して、その支払をもって、無効となる時間数の労働に対する賃金として弁済したという被告主張の解釈はとり得ないこととなる。」
3.賃金額の合意がどうなるかは契約解釈によって決まる?
変形労働時間制が要件の欠缺により無効になる場合の処理について、裁判所は、二者択一的に結論が導かれるわけではなく、契約解釈によって定まるとの見解を示しました。
ただ、月給制の場合、契約は原告が主張したように解釈されるとし、法定労働時間を超える部分の残業代は、1.25倍の割増賃金のうち、「1」の部分も含めて支払われなければならないと判示しました。
残業代を計算する係数が1.25になるのか0.25になるのかは、金額にかなりの影響を及ぼします。この論点で月給制労働者に有利な理解を示したことは、労働者側に好ましい判断だと思います。
経験上、変形労働時間制は、その効力を否定することができれば、かなりの金額の残業代を請求できることが多々あります。この変形労働時間制は何かおかしい、そうした違和感を覚えた方は、要件の充足性と残業代請求の可否について、一度、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でも、ご相談をお受けすることは可能です。