弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社から不正行為の調査を受ける時、どのように対応すべきか

1.不正行為の調査への対応のアドバイス

 会社から不正行為の調査を受けている労働者の方から、どのように対応すればよいのかと相談を受けることがあります。

 不正行為をしていないというのであれば、やっていないということを説明して行くだけなので、比較的話は単純です。しかし、実際に不正行為をしている場合、事実関係を解明しようとする会社に、どこまで協力するのかは、判断に迷うことも、少なくありません。

 一つの考え方は、会社に徹頭徹尾協力してしまうことです。洗いざらい会社に話してしまえば、それは、反省の情という観点から、懲戒処分の処分量定を低減させる一つの事情になります。また、調査への協力を拒否したこと自体を非違行為として構成されることも避けることができます。しかし、不正行為の態様が悪い場合、特に、懲戒解雇が視野に入ってくるようなケースでは、洗いざらい会社に話して不正行為の全貌を明らかにしてしまうことが、重たい懲戒処分を誘発してしまうことがあります。

 もう一つの考え方は、協力を拒否することです。一切合切協力を拒否してしまえば、会社は自供なしで認定できるレベルでしか非違行為を認定することはできません。そういう意味では、懲戒処分の量定を軽くすることに繋がります。しかし、不正行為の調査に協力しないこと自体を新たな非違行為として捉えられかねない危険があるほか、反省していないという悪情状が生じることを覚悟しなければなりません。

 上記の二つのモデルは極論を示したものです。実際の対応は、いずれかのモデルを基本方針としつつも、事案に応じて弊害を緩和するための調整を施しながら、対応を決めて行くことになります。大雑把に言えば、協力しても懲戒解雇まではされなそうな場合には前者の方針に傾くし、洗いざらいしゃべって協力すると非違行為のインパクトから反省の情を考慮されても懲戒解雇になりそうな場合には後者の方針に傾くことになるのではないかと思います。

 このように不正行為の調査を受ける時に、どのように対応するのかは難しい問題を孕んでいるのですが、近時公刊された判例集に、防御活動として、どこまでならやってもいいのかを知るうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.25労働判例ジャーナル105-46 まるやま事件です。

2.まるやま事件

 本件で被告になったのは、繊維品の月賦販売や卸売販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で無期雇用契約を締結していた方です。被告から懲戒解雇処分を受けたことから、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 被告が作成した懲戒処分通知書には、処分理由として、次の事実が記載されていました。

「(ア)原告は、その地位を利用して取引先(仕入先)に割増請求をさせ、当該割増分の金員を受領する行為を相当期間にわたって行ったことが、『職務上の地位を利用して、金品の供与を受け、不正の利益を得たとき』(就業規則99条2項19号)に該当する(以下、この懲戒解雇事由を『本件懲戒解雇事由〔1〕』という。)。」

「(イ)原告は、上記の行為に関して弁明の機会を与えられたにもかかわらず、事案解明に資する書面(税務代理権限証明書)への署名、捺印の指示を拒否し、弁解の命令を拒否したことが、『正当な理由がなく業務上の指示又は命令に従わないとき』(就業規則99条2項11号)に該当する(以下、この懲戒解雇事由を『本件懲戒解雇事由〔2〕』という。)。」

 注目に値するのは、「本件懲戒事由〔2〕」との関係です。

 刑事事件では、罪を犯した場合であっても、捜査機関からの任意の協力要請は拒否することができますし(その場合に強制処分を受けるリスクは計算に入れておく必要がありますが)、都合の悪いことは黙秘していて問題ありません(憲法38条、刑事訴訟法198条2項等参照)。

 それでは、労働事件の懲戒処分の効力を論じる場面でも、同様に考えることができるのでしょうか?

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、署名・捺印の拒否は問題であるものの、弁解の拒否は問題ではないとの判断を示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成30年5月30日に魚津税務署から原告に給与以外の収入がある疑いがあるとして税務調査を受けるなどし、同年6月1日に重松貿易が原告の指示によりインストラクター代等の支払をするなどしたことをP9から聴取したのであり・・・、同日の時点で被告において原告がインストラクター代等を不正に収受していた疑いを抱く根拠があったといえる。このことに照らせば、被告がその調査の一環として原告に対して税務調査に係る資料の開示を受けるのに必要な税務代理権限証明書への署名押印や事実関係の説明を求めることは、正当な業務命令又は業務指示であるというべきである。

「そして、原告は、調査に必要な税務代理権限証明書への署名、押印を拒否しており・・・、これに正当な理由があったとうかがわせる証拠がないことに照らすと、『正当な理由がなく業務上の指示又は命令に従わないとき』(就業規則99条2項11号)に該当する。他方で、原告は、上記の事情聴取の際、少なくとも平成30年5月30日の電子メールにおいて『ヨシノ東洋』やプロスパラスについて自ら言及しながら、これらを知らないと述べるなど不誠実な回答に終始して十分な説明をしなかったとはいえるが・・・、この点については、事情聴取が原告に対する本件懲戒解雇事由〔1〕の弁明の機会の付与を兼ねたものと理解されることや原告が事情聴取自体には応じたことに照らすと、直ちに業務命令等に違反したものとは断じ難い。

3.調査への不協力自体が非違事由になり得るので注意

 上述のとおり、裁判所は、税務代理権限証明書への署名押印の拒否を業務命令違反に該当するとする反面、事情聴取の時に十分な説明をしなかったことは業務命令違反にはあたらないと判示しました。自分の不正行為を黙っていることは許容できても、会社が必要な調査をすることに協力しなことは許容できないという発想なのだと思います。

 労働事件の不正調査への対応は、刑事弁護に類似する面もあります。しかし、これと全く同様に考えてしまうと、足元を掬われかねないことになります。刑事弁護としてなら完全黙秘が有効な局面でも、労働事件として懲戒処分が問題となる局面では、そうではない可能性もあります。

 会社からの調査に対し、どのような基本姿勢を打ち立てるか、協力する場合にどのような行為にどこまで協力するのかは、極めて専門性の高い問題です。しかも、将来不相当に重たい懲戒処分が下された場合の橋頭堡を構築する作業なので、弁護士の技術の巧拙が結論にも影響します。

 自力で対応するのは無謀であるため、不正行為に関しては、会社から調査を受け始めたら、できるだけ早い段階から弁護士を関与させることを推奨します。

 東京近郊にお住まいの方は、当事務所でお力になることも可能です。不正行為をした負い目があると、心情としてなかなか相談し辛いのは理解できますが、状況がシビアな時こそ、弁護士の関与が必要です。該当の方は、お気軽にご相談頂ければと思います。