弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

犯人かと問われて名乗り出なかったことを理由に懲戒解雇できるか?

1.尋ねられて名乗り出ないリスク

 犯罪の場合、犯人かと問われても、名乗り出る義務があるわけではありません。

 例えば、刑事訴訟法198条2項は、被疑者に

「自己の意思に反して供述をする必要がない」

権利を認めています。

 また、刑事訴訟法311条は、被告人に、

「終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる」

権利を認めています。

 更に進んで、自分は犯人ではないと嘘をついたとしても、それを理由に処罰されることはありません。誰かを身代わりに立てるなど第三者を巻き込んだ場合は別ですが、犯人自身は、犯人蔵匿罪(刑法103条)や証拠隠滅罪(刑法104条)、偽証罪(刑法169条)の主体にならないからです。

 それでは、使用者が行う懲戒処分との関係ではどうでしょうか?

 使用者から非違行為の犯人ではないかと尋ねられた時、黙っていたり、違うと嘘を言ったりすることは、それ自体を懲戒事由とすることは、法的に許容されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.3.18労働判例ジャーナル113-52 神社本庁事件は、この問題に対しても、参考になる判断を示しています。

2.神社本庁事件

 本件で被告になったのは、全国の神社を包括する宗教法人です。

 原告になったのは、P1とP2の2名です。

 このうち原告P1は被告に雇用され、本宗奉賛部長、教化広報部長を経て、参事・総合研究部長の地位にあった方です。

作成した内部告発を内容とする文書(本件文書)が出版社やマスコミに郵送されたほか、インターネットサイトにも掲載されたこと(解雇理由1に係る行為)や、

P13秘書部長が全部長を招集し、本件文書の作成に関与した者がいないかを質した菜や、P14渉外部長が原告P1に動揺の質問をした際に、本件文書への関与を否定し、平成29年4月に本件文書の作成を認めるまで、4箇月間にわたり関与を否定し続けたこと(解雇理由2に係る行為)

などを理由に、懲戒解雇されてしまいました。これに対し、懲戒解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、解雇理由2に係る行為を理由とする懲戒解雇の可否について、次のとおり判示し、これを否定しました。

(裁判所の判断)

解雇理由2に係る行為は、被告の信用を毀損する本件文書(匿名化版)への関与について、被告の部長の質問に対し、虚偽の事実を申告したものであるから、庁内の秩序保持(就業規則4条2号)に違反したものいえ、就業規則67条1号、2号、3号の懲戒事由に該当する。

「解雇理由2に係る行為は、被告の部長に対し、被告の信用を毀損する内容の本件文書(匿名化版)への関与を否定する虚偽の事実を伝えたものであり、被告の業務に支障を与えたことは否定できない。本件文書には被告の部長会の情報が記載され、被告の部長の誰かが作成に関与していることが窺えるのに、誰が関与したか分からなかったことは、被告の職員らに不安を与えたといえる。」

「他方で、本件文書は、前記したとおり、背任行為という犯罪事実に係るもので、その主要な部分について、〔1〕真実であるとは認められないが、真実と信じるについて相当な理由があり、〔2〕不正目的ではなく、〔3〕相当な手段によりされた公益通報といえるものであった。そして、P3総長が被告の代表者であり、P9会長が被告の事務所に本部をおく政治団体の長であるため、原告P1が、本件文書への関与を認めると、懲罰を受けるおそれがあったことに照らせば、公益通報者を保護して、公益通報の機会を保障し、社会の利益を守る見地においては、原告P1の虚偽申告を、重大であるとして非難することは相当ではなく、解雇に相当するとはいえない。

3.懲戒事由には該当するが、必ずしも重大であるわけではない

 以前、

会社から不正行為の調査を受ける時、どのように対応すべきか - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事の中で、使用者側の調査への不協力が業務命令違反に該当すると判断された事案を紹介しました。

 本件の裁判例も、黙っていたり、自分ではないと嘘をついたりすることが懲戒事由に該当すること自体は認めており、刑事手続と同じような感覚で使用者からの調査に対応することには、リスクのあることが窺われます。

 ただ、懲戒事由に該当することは認めても、懲戒解雇に相当する行為であることは否定しました。

 使用者に対する嘘は、往々にして、かなり激しい非難を受けがちです。嘘を言う労働者と関係を継続することはできないと主張されます。しかし、犯人かと問われて、名乗り出られなかったり、自分ではないと嘘をしたりすることは、人間の心情的に仕方のない面もあります。このことは裁判所も理解しており、少なくとも、嘘をついたからといって機械的に懲戒解雇が正当化されるわけではないことは、意識しておく必要があります。